第2話 「役立ず」の烙印

「では、勇者様方お一人ずつ、授かりし御力(スキル)を拝見いたします」

神官長らしき白髭の老人が、恭しく頭を下げ、水晶玉の載った台座を俺たちの前に押し出してきた。

「手を、この水晶におかざしください。さすれば、勇者様の魂に刻まれたスキルが判明いたします」

なんとも非科学的な、と俺が思う間もなく、最初の男――体育会系の彼が「おう!」と威勢よく前に出た。

彼が水晶玉に手をかざすと、水晶は眩い黄金の光を放った。

「おおっ!sこの輝きは! 【聖剣術(マスター・ソード)】! なんと、伝説の剣技スキルでございます!」

神官長が声を張り上げる。

「【聖剣術】だと!?」

「素晴らしい!」

王も騎士たちも、興奮を隠せない様子だ。男は「よくわかんねーけど、すげえ力みたいだな!」と得意げに笑っている。

次に、ポニーテールの女性が進み出た。彼女がおずおずと手をかざすと、水晶は優しく、しかし力強い緑色の光を放った。

「これは……! 【上級治癒魔法(ハイ・ヒール)】! 失われた四肢さえも再生すると言われる、聖女様の御業! なんと慈悲深い!」

「おお……これで多くの兵が救われる……」

王が感涙にむせぶ。女性は「私、看護師なんです。人助けができるなら……」と、戸惑いながらも決意を秘めた表情で頷いた。

三番目。銀縁眼鏡の男だ。彼は冷静な様子で水晶に触れる。水晶は、脳髄を直接刺激するような、複雑な紫色の光を放った。

「……信じられん。【大賢者(グレート・ワイズマン)】……! あらゆる魔法の理を解き明かし、古代の魔術さえも行使可能とする、失われたスキル……!」

神官長の声が震えている。

「賢者様まで……! これで勝利は確実だ!」

「魔王軍の魔法など恐るるに足らず!」

騎士たちの士気が最高潮に達している。三人の勇者たちは、まさにこの世界を救うために召喚されたかのような、完璧なスキル構成だった。

広間の誰もが、最後の四人目――俺にも、彼らに匹敵する、あるいはそれ以上の強力なスキルが与えられていると信じて疑っていなかった。

その期待の視線が、痛い。

「……さて、と」

俺は観念して、白衣の袖をまくり、無機質な水晶玉に手をかざした。

ジ……、と微かな音がした。

水晶玉は、光らなかった。

いや、正確には、光らなかったわけではない。黄金でも、緑でも、紫でもない。それは、まるで深海の水のように、どこまでも深く、静かな蒼色に、ほんの一瞬だけ、淡く点滅しただけだった。

「……え?」

神官長が、水晶玉を覗き込み、怪訝な顔で眉をひそめた。

「……ふむ。これは……」

「どうした、神官長。四人目の勇者様のスキルは?」

王が焦れたように身を乗り出す。

神官長は、他の神官たちと顔を見合わせ、答えにくそうに、しかし事実を告げるしかなかった。

「はぁ……スキル名は、【観察者の眼(オブザーバーズ・アイ)】……と、ありますな」

「オブザーバーズ・アイ?」

王が聞き返す。聞いたこともないスキル名に、広間がざわめき始めた。

「効果は? どのような魔法なのだ?」

「それが……」

神官長は、再び水晶玉に刻まれたテキストを読み上げる。

「『万物の構成要素や物理法則、化学反応などを視覚情報として認識できる』 ……と。……ただ、それだけでございます」

シン――……。

あれほど熱狂に包まれていた広間が、まるで真空になったかのように、無音になった。

騎士たちも、大臣たちも、そして王も。全員が、俺のスキル説明の意味を理解しようと努め、そして、理解した上で、同じ結論に至ったようだった。

「……ただ、『見える』だけ、か」

最初に沈黙を破ったのは、王の冷ややかな呟きだった。

「戦闘には、一切不向きですな」

別の神官が、侮蔑を隠そうともせずに言い放つ。

「なんということだ……三人の勇者様方は、あれほど素晴らしい力をお持ちだというのに……」

「なぜ一人だけ、このような『役立ず』が混じってしまったのか……」

王は、あからさまに顔を歪め、玉座に深く沈み込んだ。もはや俺のことなど視界に入れる価値もない、とでも言うように。

【聖剣術】の男は「チッ、ハズレかよ」と舌打ちし、【大賢者】の男は「フン、無駄なリソースを割いたものだ」と眼鏡のブリッジを押し上げた。【上級治癒魔法】の女性だけが、憐れむような、申し訳なさそうな視線を俺に向けていた。

「役立ず」。

その烙印は、俺の異世界での第一印象として、あまりにも鮮烈に刻み付けられた。

だが、俺は――相良 聡は、内心でこう思っていた。

(……役立ず? 冗談じゃない)

万物の構成要素や物理法則が「視覚情報」として認識できる?

それは、この世界の「理(ことわり)」そのものを読み解く力じゃないのか?

鉄がなぜ鉄なのか、水がなぜ水なのか、魔法がなぜ発動するのか。その「原理」がわかるなら、応用次第で何だってできるはずだ。それこそ、聖剣や魔法なんかよりも、よほど根本的で、強力な力になり得る。

例えば、鉄鉱石の純度がわかれば、製鉄の効率は飛躍的に上がる。土壌の成分がわかれば、不毛の地でも作物は育てられる。

(こいつら……わかってないな。科学(俺のスキル)の本当の価値を)

だが、この熱狂と失望が渦巻く中世然とした広間で、俺一人が科学の有用性を説いたところで、誰が耳を貸すだろうか。

結局、俺は「魔王と戦う力を持たない、ただの一般人以下の存在」として扱われ、他の三人が丁重に王宮の客室へと案内されていくのを横目に、早々に城から厄介払いされることが決定したのだった。

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