第2裸

部屋に戻ったアスナは、ベッドの布団の潜り込んだ。



とりあえず制服を脱いで、パジャマ姿に戻る。



時計を見ると、午前8時――登校時間が刻一刻と近づいてくる。



「学校……行かなきゃいけないの? 本当に?」



世界がおかしい。



いや、自分がおかしくなったのか?



少なくとも、この家の中では、服を着るのが非常識とされている。


両親も、弟も、全裸で日常を送っていた。



(でも、だからって……脱げるわけないじゃん!)



アスナはボフボフと枕に頭を叩きつける。



「で、でも……いっそ…………ちょっとだけ……」



ふと、覚悟を決めたように、アスカはベッドら飛び起きた。


そしてドレッサーの前に立つ。



ゆっくりとパジャマのボタンに指をかける。


一つ、また一つと外し、上着を取り去る。


そしてパジャマの下も脱ぎ去った。


ブラも外して、そして残るは――下着。


アスナはゆっくりと、彼女の大事な部分を隠す、最後の砦に指をかけた。



「……っ!」



ふと顔を上げると、ドレッサーに、自分自身の姿が写っていた。


顔を真っ赤にしてストリップ・ショーをしている可憐な美少女(自分でいうな)。


細い足首、胸のふくらみ、腰のライン、小ぶりのヒップ――


そこには、これまで服という殻に包まれていた〝自分〟が、すべて晒されていた。



「い、い、いやいやいやいやいやいやいやいや!!」



思わず、両手で顔を覆ってうずくまった。


羞恥心が、ムクムクと肥大して体温を上昇させる。



「ムリ! 絶対、ムリ……!」



そのとき、ドアの外から母の声が聞こえた。



「アスナー? リン君が迎えに来たわよー。早く脱いで、降りてらっしゃーい!」



(えっ? リン……君!?)



あわてて脱ぎ散らかしたシャツだけを羽織る。


そして扉の隙間から、階下の玄関先を見下ろすと――



「~~~~~~~~~~~!!!」



そこには、輝くような美少年が立っていた。


凛々しい目元、ちょっと無造作な前髪。背は高く、大人びた肩幅――



そして当然――だ。




幼なじみの真野まの凛太郎りんたろう


通称、リン君。


お隣さんで、同級生。


昔からずっと一緒に育ち、いつしか〝特別な気持ち〟を抱くようになった相手。


彼は今、何の衣服も身に着けず、玄関先に立っている。


玄関と二階のアスナの部屋は、階段が真っすぐに通じていて、彼の姿は丸見えだ。



(だ、だめ……見ちゃ……だめ……!)



恥じらうアスナの意志に反して、ついつい目があそこに吸い寄せられてしまう。



白昼堂々、視界の中心に、それはあった。



自然体で、無防備で、でも確かに〝彼の一部〟として。



昔、彼とは一緒にお風呂に入ったこともある。



と言っても、三、四歳くらいのときだが。



だから記憶は朧げだが、そのときのそれを見た印象は――



小さくて、かわいいかんじ。



だが、今、目の当たりにするそれは、そのときの印象とはまるで違う。



そう、それはまるで――



「もう……ムリ……!!!!!」



アスナはバタンと勢いよく扉を閉じ、再びベッド潜りこんだ。



「お母さん! 体調悪いから学校休む!!」



「えぇ~? あらまあ、どうしちゃったのかしら」



母の声が階下で聞こえたかと思うと、玄関から凛太郎の声が届く。



「え、アスナ、具合悪いの?」



はっきりとした不安そうな声。


そして、トントンと気味良く階段を上がる足音――



まさか――!



(こっちに来る!? リン君が…………!!?)



アスナの妄想がフラッシュバックする



(〇〇〇を丸出しにした――リン君が――!!!?)



間を置かず、ドアの向こうから、控えめなノック音が響いた。



「アスナ、大丈夫? 俺、何か持ってこようか?」



「な、な、なんでもない! 来なくていい!」



必死で声を上げる。ドア越しに気配が止まり、少しの沈黙。



「……そっか。お大事にね」



凛太郎の声が、少しだけさびしそうに聞こえた。



階下では、母の声がまた響く。



「ごめんなさいねえ、リン君。今日のアスナ、なんだかちょっと変なのよ~」



そして、ドアが閉まる音。



アスナは布団の中で、ぎゅっと膝を抱えた。



(なんで、こんなことに……)



スマホを手に取り、SNSを開いてみる。


タイムラインには、〝今日も元気に登校中~〟という友達の投稿がずらり。



みんな、



通勤ラッシュの駅構内の様子が撮られた画像も――みんな、



さらにテレビをつければ、朝の情報番組。



ニュースキャスターも、女子アナも、バラエティタレントも――みんな、



「それでは今朝の天気です」


「今日は晴れ!  洗濯日和ですね~……って、なに服着てんねん!」


「すみません、冷房が強くてついカーディガンを……」


「アカンアカン! コンプライアンス違反やでそれは!


 それ以上着たらアカンて! テレビ映せへんやろ!」



スタジオが笑いに包まれる。



(本当に、……〝……!)



〝服を着る〟という行為が、性的で、不謹慎で、社会常識から逸脱してるとされる世界。


そんな世界の常識に、自分だけが、ついていけていない。



(どうしよう……どうすれば……)



このままじゃ、学校にも行けない。誰とも会えない。



「私……このまま一生……部屋から出られないかも……」



アスナの視界が、涙と絶望でぼやけていった。



        (つづく)

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