第10話 マルガリータ
龍二さんに話を聞いてもらったら、少し元気が出てきた。もしかするとテキーラパワーもあるのかもしれない。母を寝かしつけて、幸太郎に電話をかける。
「もしもし」
「心愛です。少しお話しできる?」
「ああ」
「この前の話だけど、電話が切れちゃったみたいだから、続きを話したくて」
「……」
また切られたら、またかければいい。
「ローンの返済が無ければ、母を施設に入れることができるから……」
「俺に家を手放せと?」
まあ、早い話、そうなんだけど、言い方……
「私たちには分不相応だったかなって思うの。子どもがいないのに子ども部屋を確保したりして」
「子どもができないのは俺のせいじゃないだろう?」
「私のせいだって言いたいの?」
「だってお前が家に帰って来ないんだから、俺にはどうしようもないだろう?」
ああ、また、このループに入ってしまった。
「だから、母を施設に預けられたら、また一緒に生活できるかなって」
「だけど、その時にはこの家は無いわけだろう?」
「もう少し小さなマンションを借りればいいじゃない?」
幸太郎がこの家に越してくるのが嫌なら、それはそれで構わない。
「どうせ売ったところで、ローンの残債返せなくって借金が残るだけだよ」
王手をかけられた。手詰まり……か?
「じゃあ、本当にそうか、不動産屋に聞いてみるね」
「……」
プツ
あ、切られた。
こんなに子どもっぽい人だったろうか?知り合った時は生徒に人気がある、はつらつとした人だったのに。って、自分もか、と思い、笑ってしまった。
また、龍二さんのカクテル飲みたいな……と思ったけど、明日もテスト期間中だから、夜遊びはできない。
インターネットで不動産屋を検索する。
『60秒で分かる!超簡単!あなたのご自宅を無料査定!』
こんなのあるのね……入力を開始する。住所や平米数などを入れてゆく、NEXTと押すと次の質問をされる、現在お住まいですか?「はい」NEXT、理由は?「住み替え」NEXT……
「どこが60秒なのよ」
ちっとも簡単じゃないし、最後には「訪問査定を希望されますか?」だって。結局、金額出てこないじゃん。ムカつく。
仕方がないから、同じマンションの売り物件価格を見る。
私たちは新築で5000万で買った。ローンの内訳は幸太郎が3000万、私が2000万。築10年になった今、3400万円になって売りに出ていた。階や間取りが違うから、全く同じ金額とはならないだろうが、参考にはなった。
不動産屋の手数料込みの販売価格だから、売主の手元に残るであろうお金とローンの残高を比べれば、私たちに借金が残るという幸太郎の読みは当たっていそうだ。
「参ったな」
***
心愛さんが帰ってしまった後、会社帰りの常連方がいらしてくれた。
「龍二君、二人でテーブルいいかな」
「はい」
「今日は、取引先との打ち合わせがあってね、連れて来たよ」
「いらっしゃいませ」
こうしてお知り合いを連れてきていただけるのが一番有り難い。
「私はいつものね」
常連客はほとんどの方がウィスキーのボトルをキープしてくださっている。
「すみません。実は私はお酒が苦手でして……」
「では、ノンアルのカクテルをお作りします」
「そんなのあるんですか……」
メニューの一部にある、ノンアルコールカクテルの一覧を指さす。
「見ても分かんないな……」
「お好みはございますか?甘いのは苦手ですとか?」
「甘いのは好きです。暑かったので、この、フローズン・ヴァージン・チチ……ココナッツとパイナップル……これがいいな。これをいただこう」
「承知いたしました」
メニューを持って下がる。
今度、心愛さんにフローズンのチチを作ってあげようと思いながら、準備を始める。
心愛さんとの会話を思い出す。幸せそう……には見えなかったが、離婚とか深刻な雰囲気でも無かった。中学教師で、夫とローンを組んで家を購入か、俺には想像もつかない世界だ。
この近くの実家に母と住んで4,5年って言ってたな。その間も、ローンを払い続けているのか。あの様子だと、子どもはいそうにない。……って俺は一体何を期待してるんだ。
「お待たせいたしました」
テーブルにオーダーを運ぶ。
もう少ししたら、バイトの中田君が来る。そうしたら、心愛さんにメールでもしてみようかと思う。だが……一体、何て?明日もお待ちしてますとか?やめとけ、嫌われるぞ。そんなことないだろ?自問自答は続く。
ああ、むず痒い。新たに彫り進めた背中のタトゥーが僅かに疼く。掻きむしりたくなるほどでもなく、痛いというわけでもない。くすぐったいような、じれったさが、心愛さんへの気持ちと重なる。
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