第3話 猫探し
「せ……千里眼堂」
その仰々しい名前を叫ぶサツキに、少女は少しだけ店の出口の方へと後ずさる。
「ちょっと……ちょっと待て、サツキ。俺はやるとは一言も――」
「自己紹介をしよう。僕の名前は、
「誰の目つきが悪いだって、コラ? それにさんを付けろ」
「そして、彼女がこの写真店、レインボーアイズの店長でもあり、我々千里眼堂の
「どーも……っていうか、私、
「えっと……ボクも自己紹介するべきなのかな? ボクの名は、MF二三型独立支援露出補正機構、またはPhantom Model Operatorユニット……みんなからピーモとも呼ばれているよ」
「カメラが喋った?」
「喋るだけじゃないぞ。こう見えてボクには、千以上の対カイ――」
「そんな事よりも……この子……君……名前は?」
「ミチル……
「ミチルちゃんは、どうして、わざわざ……こんな秋葉原の場末へ……こんな得体の知れない店に来たんだ?」
「場末……かあ」
「得体の知れない……ねえ」
俺の言葉が刺さったのだろうか、サツキとハジメさんが、枯れたヒマワリのように、へなへなと小さくなっていく。
「そこ、勝手に傷つくな」
「……探して欲しいもの……いや、ものというか、子というか……」
「子?」
ミチルは上着のポケットから子供用の
「この子です。わたしたちがいる町内で世話をしている地域猫で名前はチビと呼んでいます」
「猫……猫ね……はあ……おい、サツキこっちに来い。あと、このチラシちょっと借りるよ」
俺はサツキの手を掴み、店の奥の方にあるトイレに連れ込む。このビルの構造上の都合なのか、妙に横幅が狭く細長いトイレだった。
「なに、なに? 痛いじゃないか、オワゾウ君!」
「君じゃなくてさん、な。お前に聞きたいことは色々あるがな、まずはなんだこのチラシは?」
「チラシって……もちろんそれは、僕たち千里眼堂の広告さ!」
チラシに描かれたイラストは、そこら辺のAIかキカイか何かに描いてもらったのだろうか、妙に誇張され美化された探偵姿(ホームズじゃなく、神津恭介風なのがサツキらしい)と、助手っぽい格好をした俺と思しき人物らが、ステレオタイプで薄幸そうな美女を誘拐している謎の白塗り怪人を追いかけている、フィルム全盛期の活劇映画みたいな表紙のチラシだ。「どんな困り事、立ち所に解決します! 千里眼堂」というキャッチコピーと共に、ワープの連絡先が載っているそのチラシは、探偵、便利屋稼業というより、下北沢でやっているアングラ劇団の公演チラシのようだった。
「前にも言ったと思うが……このトンチキな表紙を使って、妙な探偵ごっこは御免だと言った筈だよな」
「探偵じゃなくて、何でも屋!」
「どっちも一緒だし、だったら何でこのチラシ絵のお前は探偵の格好をしているんだよ! どこでコレを置いている?」
「今のところ……このお店と、えれくとりっくだけで……それに……」
「それに?」
「手渡し! やっぱり、宣伝といったら草の根活動だよね。三百枚ぐらいあったけど、お店の仲間と協力したらあっという間に、配りきったよ!」
「……」
段々と頭が痛くなってきた。あの小学生もきっと、サツキらによって配られたチラシを受け取り、ココにやってきたのだろう。メイドカフェなどに置いてあるチラシは後で回収するとして、肝心なのは……。
「俺は猫探しなんてやらねえぞ」
「どうして?」
「どうしてじゃねえよ、時間の無駄だからだ。野良猫がいなくなるなんてよくある事だし、同じような顔のサビトラ猫なんてこの秋葉原にも、ごまんといるだろ。探すのは困難だ。第一、サツキ……お前は猫探しをして、子供から金を巻き上げるっていうのかよ?」
「ぼ、僕がそんな事をする訳がないじゃないか!」
「だったら、この件はナシだ。さっさと帰ってもらおう……しかも、あの子供……もしかしたら――」
コンコンとトイレのドアが小さくノックされた。サツキと俺は向き合い、小さく頷きながら鍵を開ける。
「あの……隠れて話しているつもりかもしれませんが、話は全部こっちに聞こえていましたよ?」
「ごめんね、ミチルちゃん……このビル古くてボロいから、トイレの扉も薄いんだよね」
「古くてボロくて悪かったなー」と、店の奥からやる気のないハジメさんの声が聞こえてくる。
「……話を聞いていたのなら、もう分かっただろ、他を当たれ」
「ちょっと、オワゾウ君!」
「黙れ、それにさんを付けろ」
ムッとした表情をしたミチルが再びスマブラを操作し、また別の画面を俺たちに見せつける。その画面が……。
「これはチビに埋め込まれたGPSの座標です。チビは……チビは今、秋葉原の地下にいるんです! だから力がいるんですよ。陰陽師と念写師であるあなたたちの力が!」
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