第2話
裏格闘技?あれかよくある東京ドームの地下に闘技場があったり、企業の代理戦争とかそういうやつだろ?
そんなフィクションの世界が今、俺の目の前で起きていた。
「さぁお待たせしました。これより2回戦を開始します!!」
ステージ中央の司会の声と共に、会場が沸き立つ。
「それでは選手入場を行います!!」
司会が右腕を入口へ向けると追従するようにスポットライトの光が入口に照射される。
「今日もこのステージはこの男の戦場と化してしまうのか!?」
「中東紛争!第二次サルバドール宗教戦争!対テロ戦争!この男は数多の戦場を練り歩き!そして生き残ってきた!」
スモークの海をゆったりと歩くのは一人の男。
「公式戦績19戦17勝2敗!!”戦争屋”!!!アルマンド・ミハイル!!!」
締まった筋肉に覆われ背中には十字架のタトゥーが刻まれている。
髪型はスキンヘッドでその眼は虚ろ、生気がないというより余計な感情という物を排除したような機械的な目だ……ある程度格闘技をやってきたからわかるこの男は怪物だとそう感じさせられる。
さらにその顔は火傷や切り傷で当時の戦場の凄惨さを物語っていた。
「おーいきなり大物だな!!」
田上社長が腕を組みまじまじと選手を見る。
「社長!!これは一体!?」
「何って裏格闘技だよ。ガチの殺し合いの」
社長がどこからか持ってきたカクテルを口に含む。
「まぁ殺し合いといっても、死ぬまでやるわけではない。危なくなったらレフェリーが止めてくれるさ」
「ほら次がメインだ」
社長は俺にグラスを渡し試合を見るように促した。
「さてそんな狂気の兵士を迎え撃つのはこの男だ!!!」
「対するはかつて日本の格闘技界を盛り上げた期待の
司会の声がヒートアップし握り拳を作る。
スポットライトが反対の入場口に向く。
「彼は若くして国内最大の格闘技団体『ZERO』のフェザー級チャンピオンの座に君臨しあらゆる強豪を退けた!その防衛戦績脅威の14回!」
「今宵、”サムライ”が帰ってくる!」
司会の声に思わず心臓が飛び跳ねるような気分がした。
(待てよ!ZERO……フェザー級……防衛戦績14回)
この情報で俺はある選手が紐づいた。だがそれはあり得ないあの人はとっくに引退したはずなんだ。
それを答え合わせをするかのようにスモークの向こうでシルエットが浮かび上がる。
「あっ……あっ……あぁぁ……」
喉の奥から声が漏れる。
手が震える。
全身から汗が湧きだし、今にも腰を抜かしそうに足に力が入らない。
ツーブロックのショートに、あの頃の……待ち受けの写真と変わらない顔立ち、彼は俺に夢を与えてくれた男
「公式戦績9勝0敗!”帰ってきたサムライ”神影レイジ!!!」
◆ ◆ ◆
「なん……で」
「うん?どうしたぁ?」
社長が俯きプルプルと肩を震わせる俺に耳を傾ける。
「なんで神影レイジがいるんですか!!??」
あまりの衝撃に声を張り上げてしまう。
そんな俺を見て社長は少しびっくりしたようにびくりとさせる。
「あの人は確かとっくの昔に引退したんですよ!?それなのになんでこんなところにいるんですか!?というか脳の損傷で格闘技を引退したはずじゃ……」
とにかく言いたいことを吐き出そうと、頭に列挙した言葉を口に出していると、社長が俺の手を覆う。
「まぁまぁお前の言いたいこともわかる」
社長が観客席に肘を置き前のめりになる。
「だが今、なぜここに神影レイジがいるか?それは些細なことだ。本命はこの試合を見てお前が何を思うか……だ」
しばらくすると、レフェリーと思われる男が司会と交代する。
両者が互いを見つめ合う。
アルマンドという男は神影を子供でも見るかのように見下ろしている。
その身長差は誰が見ても一目瞭然だった。
「構えてぇぇぇぇ!」
レフェリーが腕を掲げる。
お互いが拳を構える。
会場全体が暫しの沈黙に包まれる。誰かの喉を鳴らす音が聞こえてしまうほどに
そして――
「始めぇぇぇぇぇぇぇ!」
試合開始と同時に動いたのは神影だ。
神影は身を屈めると見事なステップインで縦拳を繰り出す。
その速さは素人でも見切るのは不可能、現役時代でもこの空手仕込みの突きで勝ち上がってきたようなものだ
アルマンドは右手で防御するが拳をすり抜け、鼻を打ち付ける。
横拳と縦拳では面積も速度も違う。威力は腕を捻るよりも劣るがそれでも先手を打つには効果的だ。
「ぬぅぅ!」
鼻から血が流れるがアルマンドは自分の掌から落ちる血を見てにまりとほほ笑んだ。
「さて一馬、お前はどっちが勝つと思う?」
「え?」
社長の急な問いかけに少しドキリとする
「あのアルマンドという男は軍隊の格闘術を使うらしいが神影は勝てるか?」
しばらく考える。
「わかりませんが、おれは神影レイジが優勢だと思います」
SNSで総合格闘技と軍用格闘使いが戦う動画を見たが結局後者の使い手はMMAのような戦いになっており軍用格闘の技は出せず倒されていた。
それを見るに正面からの戦いではMMAが有利なのは確か……だが別の要素では。
「階級差……」
神影の体重は約70㎏に対してあのアルマンドは90㎏は優に越している。
20㎏の体重差は軽い選手側はあらゆる面で不利になる。
神影の鋭く重いローキックやカーフキックが炸裂する。
本来ならば膝を外側へ向けて防御するのだが、
まともに喰らえば、三日は立てなくなるそんな蹴りをアルマンドは物ともせず前へ詰めていく。
(いくら何でもプロの蹴りだぞ!?)
再び距離を離そうと前蹴りを放つが、それを見越したようにアルマンドが前蹴りをキャッチ。そして身を翻すと足を引っかけ軸足を払う。
アルマンドがサイドポジションへ移行しようとするが、そうはさせまいと神影は膝でガードし、足を抜き咄嗟に立ち上がる。
もし、抑え込みでもされれば、体重差で不利な神影は抜け出すのが不可能だ。
両者がにらみ合う中、先にアルマンドの肩がわずかに動く。
繰り出したのは拳の一撃、神影はそれを難なく防ぐ。
2発目3発目と直線的な打撃を放つ。そろそろカウンターが来てもおかしくない
4発目、アルマンドの握り拳が開き、神影の手首を捻り上げようとする。
(小手返し!このままだと倒される!!)
「シッ!」
神影の鋭い上段蹴りがアルマンドの首へと深く突き刺さる。パァンと乾いた音が会場全体に響き渡る。
首に蹴りを喰らってもなお止まることはなかった。
そのまま手首を捻り上げられたまま神影の姿勢が大きく崩れる。
そこに待ち受けたかのようにアルマンドの人差し指と中指が神影の右目を抉らんと襲う。
咄嗟に頭をずらし目突きをかわす。
が目尻を切ったのか神影の瞼付近に出血が見られる。
「ほぉーやっぱりやったかー」
社長はショーでも見ているように感心した様子を見せる。
「いいんですか!?目を狙うなんて!?」
目を狙う……それは格闘技においての禁忌だ。
「当たり前だ、裏格闘技だからな!」
社長がカクテルグラスをくるくると回す。
「噛みつき、頭突き、髪を掴む、指折りetc.表では禁止なことはここでは何でもありだ」
淡々と言葉を続ける。
「その代名詞がアルマンド・ミハイルだ、あいつは闘技者を5人再起不能にしている」
「そんな危険な奴をあの人は……」
言葉が出ない。
あの人は現役を引退した今でもこんな奴と戦っている……
何のために戦い?誰のために戦う?
何だろう……この鼓動の高鳴りは?
俺の空っぽのエンジンにオイルが注がれ、錆びついた歯車がゆっくりとかみ合う。
誰かが、エンジンにオイルを流し、俺の心にキーを差し込み、エンジンを回した。
「……レイジさん」
口の中で名前を呟く。
あのリングで立つ背中が、俺の心を大きく揺らしていた。
そんな感覚が今俺の中で渦巻いていた。
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