第2話 鉱石掘りのラピス

 北の山岳地帯に追放されて、早くも二か月が過ぎた。


 貴族の三男だった俺が、粗末な革手袋をはめてツルハシを振るう。

 故郷では決してやることのなかった重労働だが、今は誰よりも真面目に岩盤を叩き続けている。


 兄たちに笑われた【石ころテイム】は、鉱石を柔らかくも、形を変えることもできなかった。

 採掘にはまったく役立つものではない。それでも、ここで生き残るしかない。

 いつか故郷を見返す力を得るために、毎日俺は、岩と向き合った。


「ラピスさん、今日はもう上がってええじゃないですかい? そんなに働き続けたら倒れますよ」


 そう言うのは、ベテラン鉱夫のドレイクだ。彼を筆頭に、この鉱山で働く男たちは、見かけは荒っぽいが、皆優しかった。


「ドレイクさんこそ、少し休んでください。俺はまだ大して掘れていません」


 手のマメは何度もつぶれて、手袋には血がにじんでいた。

 だが、それでも、鉱山でずっと働いてきた彼らほど、うまく掘れない。

 うまく掘れないなら、その分時間をかけるしかない。


「そんな焦って掘っても鉱石なんかすぐ出やしませんよ」


 この鉱山も最初は多くの鉄鉱石がでたと聞く。

 だが、今ではわずかばかりの鉄と、アクアマリンやアメジストなどの宝石がたまに出る程度だった。

 だから、ここへ届く本国からの物資も、鉱夫の腹を満たすほど送られてこないのだ。


「足手まといには、なりたくないんです」


 本国からなにかを持って来たわけじゃない。

 ただ、鉱夫たちの食い扶持ぶちを減らしただけ。現実はそんなものだった。


――――――


「がはははは。ニールはまだまだ子供だな」


 休憩時間、皆で水筒を回し飲みしながら、雑談をする。


「ちぇ、そう言うオヤジだって母ちゃんに頭が上がらないじゃないか」


 ニールはドレイクさんの息子だ。

 父親と同じ鉱石掘りの仕事についている。そういった世帯がいくつもあり、この山岳地帯には小さな集落ができていた。


「ちくしょう、レスター家はいつまで俺たちに鉱石掘りをやらすんだ。鉱石なんてもう、とうに掘り尽くしているってのに」


 鉱夫のひとりが不満を漏らした。彼らは最初こそは俺のことを、サボってないか見張りに来たレスター家の監視ではないかと疑っていたが、まったく逆の立場だと知ると、こうしてたびたびグチを言うようになった。


「仕方があんめえ。本国からの帰還命令がない限りは、掘らなきゃいけねえんだ」


 そう答えたのはドレイクさんだ。彼の言葉は正しい。

 レスター家の領地では、仕事を自由に選べない。

 鉱夫の子供はたいてい鉱夫だ。まあ、どこの領地でも大体そんなもんだと聞くが。


「なあラピス。おまえが本国に掛け合ってくれよ。ここではもう鉱石はあんまり掘れないって」

「オイ! ニール、ラピスさんに何だその口のきき方は」


 ニールは父親のドレイクさんにたしなめられていた。

 ニールは俺の二つ年上。年齢が近いこともあって、友達のような関係になっていた。

 もしかしたら、いや、間違いなく俺にできた初めての友達だ。


「ドレイクさん、いいんですよ。今の俺はただの新米鉱夫です」


 新米どころか半人前だ。年も若く、威張れるような立場じゃない。

 それはレスター家に対してもそうだ。

 ここで働く皆には申し訳ないが、何の力もない俺にはどうすることもできない。

 ――今はまだ。


「じゃあさ、ラピス。せめて、もうちょっとメシをたくさん食えるよう言ってくれよ」

「あ、うん。そうだな」


 ここでは本国からの配給物資に頼っている。

 採掘する鉱石が減るにしたがい、その量も減ってきた。

 その改善ぐらいなら、俺にもできるだろうか?

 今度、手紙を書いてみよう。いくら疎まれていとはいえ、俺はレスター家の一員だ。

 俺と一族との関係性を知らない配送責任者には、レスター家の肩書が通用するかもしれない。


「なあ、リリーだって食材が多いほど喜ぶって」


 俺の返事が曖昧だったからか、ニールはなおも催促してきた。

 分かってるよ。俺だってもっと腹いっぱい食べたいしな。空腹でこの重労働はキツイのは確かだ。

 なんとか改善できるように手を打ちたいと思う。


 ちなみに、リリーとは俺たち鉱夫のまかないメシを作ってくれる女性だ。

 ハッキリした年齢は分からないが、たぶんニールと同じか少し上ぐらい。

 明るい笑顔がとても印象に残っている。

 俺自身、あの笑顔に何度も勇気づけられていた。


「なんだよ、ニール。リリーにいいかっこしたいだけかよ」


 鉱夫の一人にツッコまれていた。

 そうなのだ。ニールはリリーに間違いなく気がある。

 それは来たばっかりの俺の目にも明らかだった。


「そ、そんなんじゃねえよ」


 すぐさま否定するニールだったが、みなに笑われて耳まで真っ赤になっていた。



――――――



 日が傾き、採掘を終えて集落へ戻る。一日の疲れが溜まった体には、温かい食事がなにより嬉しい。

 大きな寸胴鍋の前で、俺たち鉱夫は列になり順番を待つ。


「ラピスさん、どうぞ」


 やがて俺の順番が回ってきた。

 どうやら今日はシチューのようで、リリーが俺の持つ皿に一杯よそってくれた。


「ありがとう。とってもおいしそうだ」


 シチューの具は少なめだけれど、とてもいい匂いがした。

 

「あれ? ラピスのだけ、なんか量が多くねえか?」


 そう言ったのはニールだ。

 後ろに並んでいた彼は、俺の肩越しに文句を言ってきたのだ。


「そんなことないわ。みんな同じよ」


 リリーがツンと横を向いた。

 ニールがあわててつくろうも、彼女は無言でニールの皿にシチューをよそう。その量は明らかに皆より少ない。


「ちょ」


 慌てるニール。

 その姿を見て、俺は笑った。

 そう言えば笑うのなんて久しぶりだな。などと、ちょっとした幸せを感じるようになっていた。


 食事も終え、自室へ帰る。

 自室と言っても、ただ、布でしきった小さい空間でしかない。

 大部屋にそまつなベッドをいくつか並べ、互いの視線が交わらないように間仕切りを作っただけ。

 それでも、俺のプライベートスペースだ。


 ベッドに腰を落とすと、手の平サイズの石を握る。

 日課となった、スキルの確認だ。もうクタクタで眠くて仕方がなかったが、これだけは欠かさず毎日やっている。


【石ころテイム】


 石はぼんやり光ると、俺の所有物となった。

 だが、動いたりしない。何も変わらない。――分かってる。

 もう何度も試したことだ。

 どんなに念じようが、石は石のまま。ただ、俺のものになるだけだ。


「クソッ! だめか」


 手にした石を放り投げると、次の石を取る。

 採掘場だけあって、石に不自由しないのがせめてもの救いか。


 こうしていくつか石を投げたとき、ふと妙なことに気づいた。


「あれ?」


 投げた石同士が、ちょうど重なっており、その触れ合う部分が薄く光っていたのだ。

 それは昼間であったら気づかないほどの小さな光。暗い部屋だからこそ気づいた程度のものだった。


「なんだろう?」


 ベッドから降りて石を手にとった。

 なぜか、石同士はピタリとくっついていた。


「これは……」


 引っ張ってみたがビクともしなかった。さっきまで別々の石だったことが信じられないぐらいくっついている。

 だが、不思議なことに、石同士をねじることができた。

 それだけじゃない。接合部分で曲げることができた。


「なんだこれ?」


 曲げると言うか、横に力を加えると接合部分がずれていくというか。

 それが結果的に接合部分で曲がるように見えるのだ。


 この動きは何かに似ている。

 ――そうだ、関節だ。

 離れないけど、ねじったり曲げたりできる。

 まさに、人の関節そのものだった。


「これはもしかして……」


 動け、動け、動け。

 強く念じてみた。

 すると石は、接続部分でクルリと回転した。俺が力を加えていないのにも関わらずだ。


「まさか、石を組み合わせるスキルなのか?」


 【石ころテイム】のスキルには続きがある。

 その事実に、俺の胸は高鳴るのだった。

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