【石ころテイム】外れスキルだと追い出された俺、帰って来いと言われたのでゴーレム軍団で押し寄せてみた。

ウツロ

第1話 一族が期待に見守る中、得たスキルは【石ころテイム】

「ラピス、恐れることはない。お前の血には、レスター家の誇りが流れている。必ずや、兄たちに劣らぬ大スキルをもたらしてくれるだろう」


 祠へ向かう直前、父は珍しく優しい声をかけてくれた。

 こんな態度は普段全く見せない。それほど神託に期待を寄せているのだ。

 その父の眼差しが、俺の胃を激しく締め付けた。


 レスター家は、代々武家の血筋だ。

 十五歳になった時、家の敷地内にある古びた祠で神託を受けるしきたりとなっている。

 このスキルこそが、レスター家を子爵まで上り詰めさせた要因だ。

 まさに俺にとっても、人生を決定づける瞬間になる。


「行ってきます」


 ゴクリとツバを飲むと、祠へ向け一歩踏み出す。

 もし、役に立たないスキルだったらどうしよう。そんな不安で俺の頭の中は一杯だった。


 レスター子爵家の三男として生まれた俺――ラピスは、常に二人の兄の影に隠れていた。

 長兄のゲオルドが得たスキルは【剣豪】。祠から戻るなり、剣術指南役を圧倒的な力で打ち破った。

 【剣豪】のスキルは、剣に無限の才能と補正を与え、いかなる刃も真の業物へと昇華させる。

 他国とのイザコザが絶えないレスター家の領地では、万金に値するスキルだ。

 父は歓喜し、ゲオルドを次期当主として宣言するほどだった。

 兄の名前は領内中に響き、領内で大きなパレードまで行う興奮ぶりだ。


 次に神託を得たのは次兄のシグルだ。スキル【神速】。文字通り、神がかった速さを手にする。城から国境まで、わずか半日で駆け抜けたという武勇伝は、瞬く間に貴族社会の話題となった。

 斥候、情報収集、緊急時の伝令として、シグルの存在はレスター家の軍事力を劇的に向上させた。


 そして、ついに俺の番がきた。

 一族の期待は天井知らずに高まっていた。長兄が最強の「矛」なら、次兄は戦況を見渡す「目」だ。

 ならば、三男である俺は、領地を守る「盾」となるのではないかと、ささやかれるようになった。


 怖い……。

 皆の期待を考えると、胃からスッパイものがこみ上げてきた。



 ――ピチョン。

 昨日降った雨が、天井の隙間を通って地面へと落ちた。


 祠はひんやりとしていて、厳粛な空気が漂っていた。

 中央には小さな祭壇。軍神、アーディアが初めてこの地に降りたった場所とされている。

 あそこで神託を受ける。

 その方法は簡素だ。祭壇に手を置き、意識を集中させるだけ。すると、天から直接、脳内に啓示が流れ込んでくるのだ。


「たのむ、いいスキルを俺に……」


 祈るような気持ちで祭壇に向かっていく。一歩一歩がやけに重く感じられた。


 やがて祭壇に到着する。そっと、手を置き意識を集中させる。

 それから二呼吸したぐらいだった。強い光が脳裏を突き抜けた後、一つの言葉が頭に強く浮かんだ。


【石ころテイム】


 ……石ころ?

 意味が分からなかった。

 もたらされた言葉はあまりに陳腐で、弱弱しい。


「……なんだこれ?」


 思わず声に出していた。

 外れスキル。そんな思いが頭をよぎる。


「ウソだろ? 変わっているのは名前だけで、ちゃんと使い道があるんだよな」


 祈るような気持ちで、祭壇の周りに落ちていた何の変哲もない小さな石ころを手に取る。そして、得たばかりのスキルを試してみた。


【石ころテイム】、発動。


 手に持つ石が、ふわりと淡く光った。

 だが、光はすぐに消えた。それ以外に変化はない。

 見た目も、重さも、手触りも、まったく変わらない。ただ、この石ころが、「俺の所有物」だと強く認識される感覚だけがあった。


「たった、これだけ……?」


 動かせないし、形も変わらない。いったい何の役に立つのか見当もつかなかった。


 どうしよう……。

 祠から出る俺の足取りは、来るとき以上に重くなっていた。


 

 外ではみなが固唾かたずを飲んで待っていた。

 父、二人の兄、そして母や多くの使用人が、出てきた俺を取り囲んだ。


「ラピス! お前のスキルは何だった?」


 父の声は興奮で震えていた。

 対する俺の喉はカラカラだ。それでも、わずかに残った唾を飲み込み、言葉を発した。


「父上、私のスキルは……【石ころテイム】です」


 その声は、自分でも驚くくらい小さく、かすれていた。


 一瞬の静寂。みなが予想もしない言葉だからに違いない。


 最初に均衡を破ったのは、父だった。

 眉をひそめ、俺に問いただしてきたのだ。


「石ころ……テイム? それにはどんな力があるんだ?」


 『石ころ』。この響きで、父の期待は失望に変わっていることを理解した。

 だが、それでも、続けた言葉はわずかな期待を残しているからだと思う。


「父上……私は……、石を自分のものに……できます」


 地面に埋まる石に触れた。

 それは、祠で触れたものよりはるかに大きく、岩と表現して差し支えない大きさだったが、問題なく俺の所有物となった。


「うむ、たしかにその石はお前のものだ。そう印象づけられたのを私も感じる」

「はい、父上」


「で、それから?」


 そう父に問いただされて、俺は言葉に詰まった。


「他には……ありません。動かすことも、形を変えることもできないようです」

「……そうか」


 父は目を閉じて天を仰いだ。


「それが、いったい何の役に立つんだ?」


 続いて発した父の言葉に、足元がぐらついた感覚に襲われた。

 真っすぐ立っていられない。心臓の鼓動は激しく打ち、滲み出した汗が背中をつたう。


「分かりません」


 荒くなる息でなんとかそう答えた。

 もう立っているのがやっとだった。


「ふむ、いや……待てよ」


 父はそう言うと母に目配せした。


「なら金属はどうだ? 金や宝石、それを自分のものにできるのならば、価値はあるのではないか?」


 父の言葉にハッとした。

 たしかに、金や宝石を触れただけで自分のものにできれば、レスター家に巨万の富をもたらすことができる。


 カチャ。

 地面にネックレスが投げられた。

 それは母が首から外したもので、金のクサリの先には大きなルビーがあしらわれていた。


「それなら自分のものにしてもいいわよ」


 捨てるように投げられたネックレス、そして母の言葉を聞いて心臓がギュっと締め付けられた。

 ――この女は俺の本当の母親じゃない。

 二人の兄と違って、俺とは血のつながりがないんだ。


 俺の本当の母はいわゆるめかけというやつで、北の異民族の血を引いていた。

 だからこそ、母も兄弟も俺にはツラく当たった。味方だと思えるのは母とその周辺にいるわずかな人たちだけだった。

 だが、母は三年前病気で亡くなった。

 それ以来、ずっと孤独を味わっていた。今回の神託が、自分の立場を変えるキッカケだと期待していたのに……。


 グっと唇を噛むと、母の形見のネックレスを拾った。

 母が死んでから、あの女に取り上げられ、これ見よがしに首に着けていた姿を見るたびに心が張り裂けそうになっていたあのネックレスを。


 スキル【石ころテイム】。


 強く念じた。だが、ネックレスが光ることも、自分の所有物だと強く感じることもなかった。


「なにも、ならないようだな」


 父は心底見下したような目で俺を見た。


「ハハハハハ! 石ころ、だってよ! ちょ、おい、冗談だろ、ラピス! 剣豪と神速の弟が、ただの石拾いかよ!」


 次兄のシグルだった。彼は顔を手で覆い、まるで腹筋がよじれるかのように激しく笑い出した。


「【石ころテイム】? お前はレスター家の恥だ。そのスキルで何をする? 道端の石を集めて、石工職人にでもなるつもりか?」


 長兄のゲオルドも笑った。彼の顔には、純粋な軽蔑の色が浮かんでいた。


「ラピス。お前に辞令だす。レスター領の最北端で他国の監視と、鉱石掘りに従事せよ」

「父上! それは!」


 最終的に父の口から放たれたのは、僻地への厄介払い。

 北の山岳地帯は作物は育たず、ただ岩と雪が広がる荒廃した大地。

 あるのは古い鉱山と、隣接する他国を監視するための小さな砦。

 危険な鉱石掘りに従事して亡くなってもかまわないという意思の表れだった。


「ハハハハハ! オマエにピッタリじゃないか!」


 次兄のシグルは大きな声で笑った。


「よかったな。お前のスキル、石ころなんとかが役立つ場所が見つかって」


 長兄のゲオルドの憐れむような目は、一生忘れられそうにない。


「それ、あげるわ。大事な息子の一人立ちですもの」


 義母はハンカチで口をおさえながらそう言うと、興味がなくなったようにこの場から去った。


 ……こうして俺は、北の山岳地帯へと追放された。

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