第9話 クラン勧誘

「レオン様でしょうか?」

「はい……レオンですが、何か?」


 俺は戸惑いながら答える。

 様づけでなんて呼ばれたのは、生まれてはじめてだ。


「私、こういうものでして……よければ、あちらのテーブルでお話させていただいてもよろしいですか?」


 小太りの男は額の汗をハンカチで拭いながらお願いする。

 その身なりは探索者というよりは商人のように見えた。

 渡された名刺には「探索ギルド公認エージェント マモン」とある。

 この世界のエージェントとは、つまりはリクルーターだ。


「あ……はい、大丈夫です」

「単刀直入に申し上げますと、王都最大手クランの【夢幻むげん誓約せいやく】に加入いただきたく、本日参上いたしました」

 

 マモンは恭しく頭を下げる。

 

 C級ダンジョンのソロ攻略が噂になっていることは知っていた。

 だがまさか、まだF級で昇級試験も受けていない俺にスカウトが来るとは予想外だった。

 

「俺、まだF級ですよ?」

「面倒だといって昇級試験を後回しにされる方も多いので、それは問題ありません。それにご存知かとは思いますが、契約の方はしっかりとさせていただきますので」


 クランに加盟するには魂の契約ソウルバインドと呼ばれる契約を結ぶ必要があった。

 魂の契約ソウルバインドには、その契約内容に対して嘘をつくことができないというのと、一人につき一つのクランのみ契約が可能という縛りがある。


「まずは座ってじっくりとお話しましょう」

「あ、はい」


 俺はマモンの対面に座る。

 ん? この人……強いな。

 相当だ、今の俺では敵わないだろう。

 B級……いや、A級くらいあるんじゃないか?

 ぶくぶく太ってで冴えないサラリーマンみたいな風貌なのに、人は見かけによらない。

 

「へへへ。では、早速ですが草案としてご用意させていただいた契約書はこちらになります」

「はい」


 契約書を受け取り確認する。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━  

 【専属探索者契約書(草案)】


 甲: クラン『夢幻むげん誓約せいやく』  乙: レオン・ラインハート


 第1条(契約報酬)  甲は乙に対し、年俸として以下の金額を支払うものとする。  

 ・基本年俸:白金貨 100枚 (プラス出来高払い)

 ・契約一時金:白金貨 10枚(契約締結時に即時支払い)


 第2条(福利厚生)  

 ・王都第一地区(貴族街)における最上級レジデンスの無償貸与

 ・二親等以内の親族に対する最高位医療の無償提供


 第3条(義務)  

 ・甲が指定するS級およびA級ダンジョン攻略への優先参加。  

 ・……  

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「は……?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 目をこすって、もう一度数字を確認する。  

 見間違いじゃない、白金貨100枚だ。

 

 白金貨1枚で金貨100枚、つまり1千万だ。

 よって白金貨100枚だと10億になる。

 年収10億? いくら見込みがあるといっても現段階でF級に? 

 正気じゃない……。


 詐欺じゃないのか?

 俺は前世で大きく三回騙されていた。

 

 一回目はアンケートだと言われてついて行ったら壺を売りつけられそうになった。

 二回目は「友達になろうよ!」と誘われて、ノコノコと指定された場所に行ったら、そこは新興宗教の集会所だった。

 三回目は「いい話があんねん!」と関西の友達に呼び出されて行ったら、マルチの勧誘だった。

 

 いずれも大きな金銭的な損失までは被っていないが、どうやら俺は人が良さそうに見えるらしく、それからは何事も疑ってかかるようになった。


「条件面等如何でしょう? 何か折り合いがつきそうにないものがありましたら、なんなりと言っていただけますと」

「…………」


 十中八九詐欺だろう。

 だが大手クランの夢幻むげん誓約せいやくの名を騙って詐欺など働けば、下手すれば死刑だ。

 俺はそんなにお金を持っているわけでもないから、そこまでのリスクを負って詐欺などするだろうか。

 詐欺だとしても一体何が目的なのか分からない。


「契約期間はいつまでになりますか?」

「まずは最低3年と考えております。それ以降は双方の合意の元で継続なりなんなりを決めるということで」

「一時金はすぐにいただけるとして、年俸の支払いはいつになりますか?」

「年俸は分割月払いとなります」

「前払いは無理ですよね」

「それは流石に……」


 であれば、いずれにしてもリリイの為に星煌せいこう霊薬れいやくをすぐに手に入れることはできないだろう。

 あれは買うにしても1や2億じゃきかないからな。

 だとしたら、こんな話にすぐに乗る必要はない。

 もし、相手が本気なら待ってくれるだろうし。

 詐欺ではなければ。


「提案ありがとうございます。一旦、持ち帰って検討させてください」

「ぜひぜひご検討いただいて。もし不明点や、ご要望などありましたらなんなりと言っていただけますと。私、しばらくはこちらのギルド近辺に滞在いたしますので」

「いえ、お構いなく。手紙などのやり取りでもよければ、そちらでもこちらは全然構いませんので」

「いえいえ、私が好きに滞在するだけですから。こうやっていろんな所に遠征して、その地の美食を楽しむのが趣味でして。へへへへ」


 マモンは額の汗を拭いながら言う。

 美食を楽しむというのはおそらく嘘はないのだろう。

 契約云々はどこまで本気は分からないが、一旦保留にして泳がすか。


「では、また」


 そう挨拶して席を立ち、ギルドを出ようとした時。


「ちょっと待って欲しいっす!」


 振り返ると、そこには俺と同い年くらいのショートカットで短パン姿の可愛らしい少女の姿があった。

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