第48話 引っ掛け




 一回の表、シーグルズの攻撃は無得点に終わる。

 マウンドからゆっくりと降りるのはライガースの先発、ガント。


 最近のシーグルズにしては珍しく初回の攻撃を三者凡退に終える。智久は待ってましたと言わんばかりにベンチを飛び出す。


 慌てて追いかけてきた中川に座らせて、投球練習を始める。一番から始まる初回の攻撃は三番の中浜にも回る。率も残せる中浜をライガースは三番に置いたのだ。


 一番、と神戸スタジアムからコールが流れる。

 爆発的な音がライトスタンドから流れ込む。


(ふぅ、とにかく打者集中)


 火照った体に反して智久の心は冷静そのものだった。

 交流戦前に与えられた一週間ほどのオフ、それをすべてライガース戦に備えてきた。とにかく疲れを抜いて、されども力は抜かないように。本当にすべてを賭けるつもりで。


 初球、カーブを打者の胸元からドロンと落とす。

 意表を突かれたように打者は体を引いて見逃した。


 これも伏線だ。

 四月いっぱいの試合、智久は試合の初球にほとんどストレートを投げてきた。投げてもスプリットやカットボールの速球系。たったこの一球のために演じていたのだ。


(これ、引っ掛けてくれ)


 ゴロを目的としたスプリットに打者は食いついた。

 ストレートのタイミングに合わせたフルスイング、いや肘を抜く。

 反応だけでフォームを途中で変化させたスイングは芯に当たるが......


 外野へのフライ。

 少しひやっとする打球だが失速してセンターが補球した。


(あれを、か)


 智久には知らないことだがこの打者は鳴り物入りでプロに入団したが、あまり期待通りの活躍はできていなかった。だが、時々見せる天才的な打撃にファンは魅せられていた。


 久しぶりにプロの理不尽さを痛感する智久。

 油断をしていた訳では無いが、智久は兜の緒を締めた。


 二番に入るはアイトン、来年で日本人扱いになる助っ人だ。

 コンスタントに安打を積み上げるドミニカの長身選手のアイトン、今では好みがお茶漬けと日本人よりも日本人だった。


 そのアイトンは智久のストライクに食いつき、フルカウントまで持ち込む。三振には倒れたが智久はアイトンに九球も使ってしまった。


 打席に入るは中浜。

 彼のテーマである、重厚な威圧感のある音楽が鳴り響く。

 智久は打ち震えていた。


 なぜなら

 一年越しの対決、やられっぱなしでは終われない。


 初球、内角の高めへと放られたストレートを直衝突で弾き飛ばす中浜。打球は鋭くレフトに飛ぶがファールフェンスに激突する。


 フェアゾーンに飛べばヒットが必須だろう。

 だが結果はファール。

 智久は満足していた。


 いくら当たりが良くてもファール。

 これで智久はストライクを一つ取った。


 次はボール一個分外れるスプリット。

 それを中浜は手を出すが、バクネットにガシャンとぶつかった。


(それに手を出してくるのか......)


 中川サインと交えるが何度も首を横に振る。

 ようやく頷いたのはボールゾーンへのカットボール。


 ノーツー。

 完全に投手有利のカウントにも智久は冷静だ。

 ゆっくりと足を上げて投げ込む。


 中浜は左腕から投げられたカットボールに反応する。

 外角から曲げられた球に振り出されたバットは――


 ブンッ


 ストライクゾーンまで届かなかったボールに中浜のバットは豪快に空振り。球場からはため息が漏れた。


 一打席目、投手有利の対決は智久の勝利。

 だが、野球は最低でも三番勝負。

 まだ終わらない。

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