神様、ありがとう

見鳥望/greed green

 すみません、突然で。こういう所で話すのは初めてなんですけど、よろしくお願いします。

 うわ、すごいですね。この閲覧数って、今聞いている人の数ですよね?


 あまり話すのもうまくないですし、まとめるのも下手なので、色々と至らない所もあるかと思いますが、よろしくお願いします。


 最初に一つ言っておきますが、決して気分の良い話ではありません。

 ……怖い、って言っていいのかも分かりませんが。

 うまく話せるか分かりませんが、話させて頂きます。





 これは僕の友人でもあったK君の話です。

 そんな話していいのか、そう思われるような内容かとは思いますが、本人の許可は得ています。むしろ、本人に話してくれと言われているので、その点はご了承下さい。


 Kとは小学校からの付き合いで、社会人になってからも度々会うような間柄でした。今では綺麗な奥さんと娘を授かって幸せですが、決して彼の人生は恵まれたものではありませんでした。


 Kは父親と母親の三人暮らしでした。贅沢は出来ませんでしたが、貧乏というほどではない。普通の暮らしをしていました。

 しかし不幸が始まったのは彼が小学四年の頃。父親が家から出て行ってしまいました。原因は父親の浮気です。母親にその事がバレてしまった事、また父親が浮気相手に入れ込んでいた事もあってか、二人を捨てて家を出てしまったのです。これが一つ目の不幸。

 次の不幸は母親。息子と二人暮らしになり、収入が激減してしまった事で母親は昼も夜も働き詰めになります。もともと身体が強い人ではなかったようです。中学に上がった頃、とうとう母親は身体を壊してしまいました。病院に行きましたが、亡くなるのはあっという間だったそうです。


「私の人生なんだったの?」


 それが母親が残した最期の言葉でした。


 不幸が続いたKでしたが、母親の親戚筋で彼の事を心配し引き取ってくれた老夫婦が現れました。彼らのおかげでKは普通の生活を送る事が出来るようになりました。

 しかし、不幸ではなくても幸せと呼べるものではなかったそうです。当時彼はこう口にしていました。


「暮らしているんじゃない。生きているだけだ」


 そのセリフが今でも深く私の心の中に残っています。

 食べ物はある。衣服もある。寝る場所もある。ただ圧倒的に足りなかったもの。それは愛情でした。老夫婦は必要以上のものをKに与える事はしてくれなかったそうです。それでも、これまでの不幸を考えれば状況は改善したと言えます。


 しかし、愛情を十分に受けてこなかった彼の素行は乱れ始めました。高校に入ってからは警察の厄介になる事も増え、その度に老夫婦に迷惑をかけ続けました。心労がたたったのか、奥さんの方が亡くなってしまい、後を追いかけるように旦那さんも亡くなってしまいました。


 ようやくそこでKは今までの自分の行いを反省し、「更生する」と言葉にしました。

 何度も世話になった警察の方からの伝手で警備員として働くようになりました。自分で得た金でこの頃には彼は一人暮らしを始めていました。


 まともに戻って行く彼の姿に私も少し安心しました。けれど度々Kは、


「ずっと胸にぽっかり穴が空いている感じがするんだ」


 そう口にしました。おそらくそれは愛情なのだろうと私はどこかで思いながら、「いずれ埋まるよ」と、何とも頼りない言葉しか言ってやれませんでした。


 そんな彼に転機が訪れました。夜の道を歩いていた時、変質者に襲われそうになっている女性を見つけました。腕っぷしには自信のある男でしたから、一殴りしたらあっさり変質者は夜の闇に消えていったそうです。


「こんな綺麗な人がいるんだなって思ったよ」


 それは出会った日の頃、そして彼女と付き合ってからもKは変わらない口調で言っていました。

 仮に美紀さんとでもしておきましょう。私も彼女と会った事があります。本当に綺麗な女性でびっくりしました。でもこれまた不思議なのが、極端な美人ってどこか近寄りがたいオーラというか空気があるじゃないですか。それが全くなくて、むしろそこにいるだけで落ち着くようなそんな空気感を持った女性でした。Kを羨ましく思ったりもしましたが、彼女と顔を向ける度に笑顔を浮かべるKを見て、ようやくこの男にも幸せがやってきたんだな、そんなふうに感慨深く思っていました。


 だからこそ、神様を恨みましたよ。

 どうしてこんな事が起きるんだって。


 Kが美紀さんと付き合い始めて二か月が過ぎた頃、Kから電話がかかってきました。

 向こうから掛けてきたくせにずっと無言なもんだから、最初はイタズラかと思いました。

 

「おい、どうした?」


 そう声を掛けても尚無言でした。

 なんだかひどく嫌な予感がしました。そもそも、イタズラなんて人に仕掛けるような男ではないのです。


「美紀が死んだ」


 最初何を言っているのか分かりませんでした。


「殺された、美紀が」


 思い返しても、胃がせりあがるような気持ち悪さと、脳天が割れんばかりの怒りを覚えます。

 美紀さんは、いつだったか出くわした変質者に再び夜中襲われ、散々弄ばれた挙句無残に殺されたというのです。

 後日、その変質者が少し離れた森の中で首を吊っているのが発見されました。遺書も何もなかったようですが、自殺との事でした。


 これだけでも胸糞の悪い話です。ですが、これだけではありませんでした。

 この変質者、昔浮気をして家を出た、Kの父親だったのです。

 

 あれからKの父親は浮気相手と数年暮らした後、結果捨てられ路頭に迷い、ずっとホームレス同然の暮らしをしていたそうです。

 あの日、美紀さんを助けた夜、Kは気付かぬ内に父親と再会を果たしていたのです。

 しかし、変わり果てた父親の姿に気付く事もなく、最終的に最愛の相手を肉親に奪われるという悪夢のような結末を迎えてしまったのです。


「俺は、何の為に生きているんだろうな」


 希望を失ったKは心を病み、精神病院に入院しました。私は度々面会に行きましたが、その頃の彼は感情を失ってまるで壊れた人形のようでした。


 私は、ただ生きろと伝え続けました。

 これだけ不幸が続いたんだ。もうこれ以上の不幸はない。君は幸せになるしかない人間なんだ。

 根拠なんてありません。でもあまりにこんなの、ひどすぎるじゃないですか?

 神様にも見捨てられた彼を、私は見捨てたくなかった。


 私の言葉が効いたのかは分かりません。

 ですが、彼は次第に良くなっていきました。


 一年程入院した後、彼は無事退院し日常に戻りました。

 驚いた事に、彼は入院の最中、運命の相手を見つけていました。それは病院の職員で、彼の面倒を見てくれた女性でした。

 そう、この方が後の彼の奥さんになる方です。


 神様、ありがとう。


 私は初めて神に礼を言いました。

 でも、当たり前だとも思いました。これだけ辛い思いをしてきた彼を、このまま不幸にしたままだなんて、神の所業ではないと思ったからです。

 ようやくこれでスタート地点に戻ったに過ぎない。これからが本当の彼の幸せの始まりだと、私は思いました。


 一か月前、私はKと居酒屋に行きました。

 いきつけの場所です。彼とはよくそこで飲んで、他愛もない話をしてきました。

 その時に、彼こう言ったんですよ。


「神様、ありがとう」


 ああ、同じように思ってたんだなって。


「良かったな、K。でもこれからだぞ」


 私は心底嬉しかったです。

 幸せになっていくだろう彼が。


「ああ、そうだな」


 ぐいっと一口ビールをあおって、彼は続けて言いました。


「まだまだ不幸になれるもんな」


 言っている意味が分かりませんでした。

 くくく、と彼は笑いを堪えきれないように顔を伏せ、


「あーはっはっははは!」


 店内に響き渡るぐらい大声で笑い声をあげました。

 私も周りにいたお客さんもびっくりするぐらいに大きな声でした。


「おい、迷惑だろ」


 そう言うとすっと表情を消したKが私の方を向きました。

 見た事もない顔でした。死人のように温度のない表情でした。


「人生って、なんでこんなにうまくいくんだろうな」


 それからKは語り始めました。

 これまでの不幸を、人生を。



 彼の家から父親が出ていった事。原因は浮気でした。

 そしてそれにいち早く気付いたのはKでした。

 Kはその事を母親に告げました。結果、父親は家を去る事になりました。

 Kはそうなる事が分かっていました。父親が、母親よりその女の方が大事だという事を。

 これを使えば、家族が壊せると。


 Kの中ではこの時点で、母親を壊す事も想定内でした。

 二人になれば、母は必死になって自分を育てようとする。彼女はそういう人間だと。

 そして予想通り母親は壊れました。


“私の人生なんだったの?”


 それは、死に近づく自分の姿を見て満面の笑みを浮かべた、息子の姿を見ての言葉だったのです。


 そしてKは心優しい親戚に引き取られます。

 当時のKの話では、愛情がなかったと言っていましたが、これも本当は違ったのです。

 Kは引き取られた数日後に、彼らに向かってこう言ったのです。


「とんだハズレくじですね。僕は子供なのでやりたい事をします。そしてあなた達に迷惑をかけます。でもあなた達がもし耐えきれなくなって僕を捨てたりなんかしたら、あなた達は周りからひどく責められるでしょう。どうか頑張って僕を育ててください」


 そして彼はただただ二人を困らせる為だけに非行に走ります。

 結果として、二人はKの思惑通り壊れてしまいました。


 信じたくない話が続きました。

 この先を聞きたくないと耳を塞ぎたい思いでした。

 でも、抵抗出来なかった。

 目の前にいる男が、あまりにも怖すぎて。


 その後彼は美紀さんと出会い、付き合うようになります。

 本当に二人とも幸せそうでした。でもKの中にある感情は、美紀さんの感覚にある幸せとは全く異なるものでした。


「奇跡だよ、ほんとに」


 美紀さんを襲った変質者が、自分の父親だった事。

 全くの偶然、奇跡であった出来事が、後に起こる最悪の導火線となってしまったのです。


 Kは、本当は気付いていたのです。

 あの夜、彼女を襲ったのが自分の父親である事を。


 ――使える。


 そう思って彼はずっと父親の動向を見ていました。

 そして、呼びかけたのです。


「父さん、殴ってごめんね。お詫びがしたいんだ」


 Kは美紀さんを呼び出しました。

 渡したいものがある。そんな意味深なメッセージで。


 夜、何も知らずに呼び出された美紀さんは、きっとKからサプライズのプレゼントでももらえると思っていたでしょう。ひょっとしたらプロポーズでもされるのかとも、思っていたかもしれません。

 しかしそこで待っていたものは最悪のサプライズでした。

 

「どうしようもない男だよ。最初から最後まで性欲に弄ばれるだけの人生だなんて」


 そう言いながら私の横でケタケタ笑うKは愉快そうでした。

 自分の彼女を父親に凌辱させる息子。

 頭がおかしくなりそうな構図です。

 Kと父親が出会わなければ、こんな最悪は起き得なかったのに。


 そして彼はしっかりと父親にもケリをつけました。

 美紀さんが凌辱される様子をKは動画に残していたのです。


「クズにもプライドがあるなら、きっちりケジメをつけてくれよ。父親らしく」


 そして彼は自分の父親に目の前で首を吊らせたのです。


 Kはその後精神病院に入ります。

 彼は確かに病んでいた。でもそれは、最悪の人を失ったからではない。

 もっともっと深い闇。闇より暗い深淵のような精神世界。

 彼は、演技をしてまで精神病院に入ったのです。


「ここならもっと、不幸を見つけられるかもしれない」


 ひょっとしたら、彼は病院内で誰にも悟られないように不幸をバラまいていたのかもしれない。

 そしてそこで彼は人生のパートナーを見つけました。


 何の為に。

 もう、何も考えたくありませんでした。


「親友に裏切られる顔ってこんな程度なんだな」


 Kはおもしろくなさそうに私の顔を見ながら言いました。


「まあいいや、奥さんと子供がいるし」


 何の変哲もない言葉です。でも、全てを聞いてしまった私にとっては、あまりに恐ろしい言葉でした。



 私の話はここまでです。


「人に話したければ話せばいい。この話を聞いて不幸に思うやつが一人でも多くいるなら俺は嬉しい」


 決して皆さんを不幸にしたいわけではないです。

 ただ、私には吐き出せる場所がどこにもなかった。

 抱えきれなくて、少しでも荷物を減らしたくて、話してしまいました。

 本当に、すみませんでした。


 ここで落ちさせて頂きます。

 ありがとうございました。

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