第32話 憧れを諦めない少年と戦友



「こんのクソメイドがぁ! 小賢しいマネしてんじゃねぇぞぉっ!!」


 必殺の一撃を予想外の存在によって避けられたクラッドは、血走った目で怒声を上げる。


 だが怒りの矛先であるクナイは涼しい顔で無視すると、胸元で子猫のように丸くなっているジンへと微笑を向けた。


「ジンさん、お怪我はありませんか?」

「うん、怪我はしてないし、助けてもらっておいてなんだけどさ……とりあえず降ろしてよ! この格好は恥ずかしすぎるよ!」


 具合を尋ねられたジンは、頬を朱に染めて足をジタバタさせる。


 窮地を脱したとはいえ、お姫様抱っこをされるのは男の子として耐えられないようだった。


 しかし、クナイは困ったように眉を下げると、


「お怪我が無くてなによりです。ですが、あの略奪者から守っていただいた身としては、恩義を報いなければなりません」


 そう言って目を瞑る。思い起こすのは、先ほどのクラッドの猛攻シーンだ。


 返り討ちにあって気を失った後、意識を取り戻した彼女の視界に映り込んだのは、狂ったように剣を振り下ろすクラッドと、その攻撃から守ってくれていたジンの姿だった。


 そしてジンと【鉄檻】のお陰で僅かに身体を休めることが出来たクナイは、回復と状況把握に努め、気絶したままのフリをして機をうかがっていたのだった。


 クナイは目を開くと、ジンに謝意を込めた眼差しを向ける。 


「それに元を正せば、この状況は略奪者の事を報告しなかった私に責があります。この場を離脱するまでは、私が貴方の足となります。またあの技を繰り出されては、ジンさんでは避けられないでしょうから」

「確かにそうかもしれないけどさ! でも、せめて攻撃が来てない時は降ろしてよ!」


 至って真面目な理由でジンを抱え続けるクナイだったが、それでもジンは抵抗する。


 これはそういう問題ではないのだ。男の子の矜持ココロの問題なのだ。


「ちょっとちょっと、ズルいよクナイ! 僕だってまだ高い高いしかしたことないのに!!」

「うるさいよアフィン! っていうかオレのことなんだと思ってるのさ!」


 押し問答をしているところへ駆け寄るアフィンにジンは両手を上げて怒るが、そのアピールは逆効果だった。


「可愛い先輩」

「やかましいっ!!」


 案の定マスコット扱いされて怒鳴るジンだったが、アフィンは不意に表情を引き締める。


 そして、碧の双眸で金色の瞳を確りと見つめながら続けた。


「そして、今は大事な『戦友』だと思っているよ」

「アフィン……」


 不意を突かれたジンが言葉を詰まらせていると、琥珀色の双眸もまた、金色の瞳を見つめていた。


「ええ。私たちにとって、貴方は大事な『戦友』です」

「クナイ……」


 時にはふざけつつも、大事な時にはいつだって真剣な人生の先輩たち。


 そんな彼らに『戦友』だと言われたジンは、二人の言葉を噛み締めながら落ち着きを取り戻す。


 そうだ。経緯はどうあれ、今は共通の目的を持った『戦友』なのだと。


 ジンは自らの足で立つと、数々の危機を乗り越えてきた『戦友』たちと一緒に、改めて立ちはだかる強敵クラッドへと対峙する。


「……おい、三人揃ったからってよぉ、気ぃ抜きずぎじゃねぇかぁ? ザコが三人揃ったところでよぉ、ザコには変わりねぇって自覚が足りねぇんじゃねぇかぁ?」


 戦況が3対1となってもクラッドの余裕は揺るがない。


 金色の歯を剥き出しにして嗤いながら、全身をリラックスさせて両手剣を肩に乗せる。


「ザコはザコらしくよぉ、逃げ出したってぇ構わねぇんだぜぇ? もっともぉ、逃げられたらの話だがなぁ?」


 部屋の出入り口を指しながら肩を揺らすクラッドだったが、ジンたちに怯む様子はない。


 実力で勝てない相手だとわかっていても、彼らは逃げ出そうとしなかった。


 仮にこの場から逃げ出したところで、ダンジョンの入り口に【クラッドバスターズ】が待ち受けているのは分かっている。


 そして彼が単身で乗り込んでいる以上、残りのメンバーが逃げ道を塞ぐのは当然の帰結だ。


 そんなことは百も承知で乗り込んでいるジンたちに、始めから逃走の二文字はない。


 前進あるのみ────ジンは一歩躍り出ると、クラッドのマネをするように彼を指差した。


「逃げるつもりなんかないよ。それに、力に溺れて驕り高ぶった冒険者は、ダンジョンに呑まれるのが定めなんだ。それを忘れてしまったあんたの冒険は……憧れを忘れてしまったあんたは、ここで終わるんだ」


 若輩者の駆け出し冒険者に二度も冒険者失格の烙印を押されたクラッドは、頬を引き攣らせながら青筋を浮かべる。


「弱い犬ほどよく吠えるってなぁ、よく言ったもんだぁ。今からその生意気な減らず口でぇ、どぉんな命乞いを聞かせてくれるのかぁ、愉しみだなぁっ!!」


 そして我慢の限界だと言わんばかりに両手剣を振り上げると、再び禍々しいオーラを纏わせる。


 それを見たジンは瞳を細めると、両脇に控えるアフィンとクナイの手を掴む。


「アフィン、クナイ……今から何が起こっても、最後までオレを信じて欲しい」

「もちろんだとも、ジン先輩」

「はい。命を預けましたから」


 二人がそう言って手を力強く握り返すと、ジンは大きく息を吸って、そして意を決するように声を張り上げた。


「よし────可愛い先輩の言う事はっ!?」

『喜んで従いますっ!!』


 ジンの号令に、アフィンとクナイが覇気の籠もった声で応じる。


 Aランク冒険者としての勘が警鐘を鳴らしたのか、クラッドは三人の行動に対して警戒するような眼差しで注視した。


 そして場の空気が張り詰め緊張感が高まる中、ジンはクラッドを睨みつけながら行動に移る。


「二人ともしゃがんで! ────【ルームトラップ・圧し潰れる部屋デッドプレスルーム】!!」


 三人が手を繋いだまま床に膝を突き、ジンが叫んだ瞬間だった────


 ジンを中心にして赤く輝く魔法陣が床にあらわれると、床一面を染め上げながら水面に広がる波紋のように拡散してゆく。


 そして唯一の出入り口である扉が音を立てて閉まり、部屋全体が地鳴りのような音を立てながら揺れ始めた。


「な、なんだぁ!? 部屋の全域に罠反応だとぉ!? 小僧ぉっ!! 手前ぇ、なにしやがったぁっ!!」


 クラッドだけの視野である【索敵スフィアサーチ】を以てしても、何が起こっているのか理解の域を超えたようだった。


 たたらを踏みながらも異変を把握するために周囲を見渡すクラッドに対して、ジンは体勢を低くしたまま天を仰ぎ見る。


「Aランクの冒険者だったら、この手のトラップとの遭遇は一度や二度じゃないでしょ?」


 ジンの視線に促されて頭上を見上げたクラッドは、迫りくる危機に気付き、両目を皿のように見開いた。


「な────て、天井がぁっ!?」


 彼の目に映ったのは、徐々に降りてくる『天井』だった。


 部屋全体がトラップと化すタイプとしてはポピュラーな罠ではあるが、ギミックを解除しない限り部屋の扉が開くことはなく、最後には圧死するという残酷なトラップの一つだ。


「ふ、ふざけるなぁっ!! 小僧ぉっ、戦闘じゃ敵わねぇからってぇ、全員で心中するとか正気かぁっ!?」


 気狂いを見るような目で口角泡を飛ばすクラッドだったが、ジンの金色の瞳は至って冷静で、否、むしろ冷徹な光が宿っていた。


「オレは正気だし、あんたと心中する気もないよ。オレたちは弱いから、卑怯で姑息な不意を突く方法であんたを攻略する、ただそれだけだよ。……それじゃあ、目を閉じて息を大きく吸ってぇ……止めて!」

「なにを言って────」


 まだ何かあるのか? と、クラッドは奇異な行動を指示するジンと、素直に従うアフィンとクナイの三人に対して身構える。


 だが、彼の目に飛び込んだのは、想像もしなかった展開だった。

 


 ────【フロアトラップ・泥沼】。



 ジンが心の中で唱えた瞬間、彼の足元が突如泥沼と化す。


 どぽんっ────と、沼に引きずり込まれたジンは、アフィンとクナイの手を強く握りしめて道連れにした。


 アフィンとクナイもジンの手を強く握り返し、彼の導きに身を委ねて泥沼へと沈んでゆく。


「な、いきなり泥沼が────」


 目の前の光景に唖然とするクラッドだったが、彼はさらに驚愕することとなる。



 ────【解除】。



 ジンが再び心の中で唱えると、泥沼は消失し、床は元の状態に戻り、そしてジンたちは生き埋めになった


 クラッドはジンの行動が暫し理解出来ない様子だったが、やがてハッと目を見開く。


「ま、まさか……!?」


 彼は思い至ったように駆け出すと、先程までジンたちがいた場所で立ち止まるが、当然そこはだだのダンジョンの床でしかない。


 その場で飛び跳ねたりするが、ただの床が泥沼になる様子もなく、ジンたちが床から飛び出すような奇襲を仕掛ける気配もない。


 そして、立ち尽くしたクラッドに向かって、ゆっくりと、ゆっくりと、天井は迫り続けていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 暗い、ただひたすらに暗い地中で、ジンは静かにその時を待っていた。


『どこに行きやがっ……いや、下にいるだと!? ふざけんなっ!! 出て来やがれ!! 【音速の刃ソニックブレイド】ぉ!! 【音速の刃】おおぉぉ!! 【音速の刃】おおおおぉぉぉぉッ!!!!』


 クラッドのくぐもった絶叫と、両手剣を振り回して暴れ狂う地響きだけが地中へと伝わってくる。


 あの傲慢なかおが怒りと焦燥に染まり、やがて成す術もなく絶望に彩られてゆく様子がまざまざと伝わってくる。


『ああああぁっ!! クソがぁっ!! クソがぁっ!! ふざけんなっ!! やめろぉっ!! 止まれこのクソがぁっ!!』


 ジンが初めて耳にする、理性をかなぐり捨ててただただ生へ固執して狂ってゆく絶叫が、とめどなく伝わってくる。


 たとえ狂う様を網膜で捉えなくとも、耳を塞ぐ事ができないジンは怨嗟の声に恐怖し震える。


 だが、震えるジンを支える存在がいた。


 彼の両手を握り続ける、暖かい手の存在。


 怯えないように、狂気に染まらないように、安心できるように。


 ジンが震える手で強く握る度に、励まそうと強く強く握り返してくれた。


 その暖かな掌の温もりは、確かに伝えている。


 大丈夫だ、何も心配はいらない。『戦友』を信じろと。


 そして、その瞬間が訪れる。


『あああっ、あああっ、ああああああああぎいいぃぃぃぃ────────っ────────』


 クラッドの断末魔が響き渡り、重低音を伴う一際大きな地響きが、完全に部屋が潰れたことを伝えた。


 それは同時に、クラッド=ティヴァーの死を伝えるものでもあった。


 これがジンに出来る、唯一の勝利の手段だった。


 クラッドの死を確認したジンは嗚咽をもらしそうになりながらも、自身を信じてくれた『戦友』のために、そして勝利へと導くために、その言葉を心の中で唱える。



 ────【フロアトラップ・強制転移】。


 

 その瞬間、暗闇の中で淡い光を帯びたジンは、両手に掴んだ温もりと共に浮遊感に包まれる。


 そして、視界の全てが真っ白に染まった────


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