第19話 街へ帰るもの、【家】へ帰るもの。

「ついに……! ついに、やりましたね! ヒキールさま!」


「うわっぷ!? シルキア!?」


 俺とマスター・ゴルドガルドとの握手が終わった直後。


 タッ! と地を蹴った音がしたと思うと、いてもたってもいられなくなったように、シルキアが俺に跳びつき、抱きついてきた。


「ぐすっ……! ずっと、お一人でがんばってこられたヒキールさまの努力が、想いが報われて……!

 シルキアは従者として、家族として、姉として、とてもとても嬉しいです……!」


 強く、俺を支えるように抱きしめるシルキアの背中を俺は手を添えるように抱き返す。


「一人だなんて、そんなことねえよ。ずっと俺を支え続けてきてくれたシルキアのおかげさ」


「ヒキールさま……!」


 涙ぐむシルキアの銀色の後ろ髪を撫でていると、少し離れたところにいたプリアデが、そっと近づいてきた。


「ふふ、おめでとう。ヒキール、シルキア。いきなりA級だなんて、ついにB級になった、と思ったら、あたしはあっという間に追い抜かされちゃったわね。まあ戦功を考えれば、あたりまえだけど。

 でも、あたしだってヒキールたちには負けないわよ! すぐにA級になって、そしていずれは、歴史上でも数えるほどしかいない、伝説のS級冒険者にだって、とどかせてみせるわ!」


 そう言って笑顔でグッとこぶしを握りしめたプリアデは、ふっと指の力と表情を弱々しく緩める。


「まあ、そのためにはそもそも借金を綺麗さっぱり返済して、お父さまやラグリッチ男爵から、まずは自由にならないとだけど」


 ーー借金。


「なあ、プリアデ。それなんだけど」


「おい。若い男女で仲睦まじく話が盛り上がっているところ悪いが、俺たちはそろそろお暇するぞ」


 俺が口を開きかけたちょうどそのとき。上から野太い声が降ってきた。


 シルキアも体を離し、三人そろって見上げれば、肩にちょこんとメイジーを乗せたゴルドガルドの巨躯が威風堂々と腕を組んで立っている。


「帰るって……! ちょ、ちょっと待ってくれよ! ゴルドガルドのオッサン! まだあんた、【俺の家】の外しか見て……! なあ、中もすげえから見ていってくれよ! 

 そうだ! いろいろあって、夜メシだってまだだろ! ご馳走するし、歓迎するぜ! なあ、メイジーもさ、ほら!」


 差し出した俺の手を一瞥してから、ゴルドガルドとその肩の上のメイジーは、そろってゆるゆると首を横に振った。


「くく、悪いな。ヒキール。いまさら言うのもなんだが、こう見えて俺にもギルドマスターとしての立場ってものがある。

 一人の冒険者にあまり肩入れしや、深入りしすぎるわけにはいかねえんだよ。まあ仲よくするのは、冒険者同士でやってくれや。たとえば隣にいる英雄候補とか、な」


「ですですぅ。わたしも未来のギルドマスター夫人として、ギルマスと右に同じですぅ」


 もういちいち突っ込むのも疲れたのか、ゴルドガルドは肩の上のメイジーを見ることなく、深々と息を吐くにとどめる。


「そういうわけで、じゃあな。ヒキール。プリアデ。それに、シルキア。

 まあ何かあったら、おまえの父親にしては随分とマシな発明の、ギルド間を繋ぐ通信魔導具で連絡しろ。話ぐらいは聞いてやる」


「それではみなさん、さようならですぅ! ゴルガルおじちゃんとの結婚式の日取りが決まったら、お知らせするですぅ! そのときは盛大に祝ってほしいですぅ!」


 ーーそうして、メイジーは左右の三つ編みを揺らし、左手薬指のガラス玉の指輪を光らせながら、ぶんぶんと両手を。


 ゴルドガルドは軽く片手を上げてから、背を向けて、テファスの街へと向けてそろって去っていった。



「いや、なんつーか……よくも悪くも、最後までブレない二人だったな」


「ふふ、そうね。メイジーも。マスター・ゴルドガルドも」


 その背中が豆粒みたいに小さくなって、夜の闇に紛れて見えなくなってから、深々と息を吐くように、俺はつぶやいた。


 短い時間に、本当にいろいろあったさっきまでの騒がしさが嘘みたいに、何もない辺りはすっかり夜の静寂に包まれている。


「さて。それでは、ヒキールさま。プリアデさま」


 そのどこかしんみりとした空気を振り払うように、シルキアはパンと手をたたいて俺とプリアデの注目を集める。


「もうすっかり夜も更けました。早く【家】に入りましょう。お二人とも夕食もまだのはず。さぞお腹が減っておいででしょう。

 あまりお待たせしては申し訳ないので、簡単なものにはなりますが、すぐにご用意いたします。

 本当はヒキールさま、プリアデさまの昇級をそろって盛大に祝いたいところですが、それはまた後日、このシルキアがあらためて腕によりをかけさせていただきたいと」


「……あ、でも、シルキア。あたしは」


「プリアデさま。ぜひ泊まっていってください。これから街に戻るのも大変ですし、ささやかですが、私が不在の間にヒキールさまがお世話になったお礼をさせていただかなくては。

 従者としても、ヒキールさまの家族としても、失格です」


 一歩下がりかけたプリアデがそれ以上何かを告げる前に、シルキアは被せるようにそう言った。

 さらにプリアデの手に、そっとやわらかなその両手を重ねる。


「そ、そうだぜ! プリアデ! 遠慮するなよな! なあ、いいだろ! ゴルドガルドのオッサンやメイジーの分まで、【俺の家】自慢の超絶快適客室の超絶快適ベッドの寝心地、堪能してってくれよ!」


 さらに、被せるように俺が慌ててそう言い募ると。

 プリアデは思わず、というようにぷっ、と小さく吹き出した。


「ふふ、なによ、それ! もう、何回超絶快適って言うのよ。そんなに言われたら、あたしも気になっちゃうじゃない。

 そうね。なら、せっかくだし、今日はヒキールとシルキアのお誘いに、甘えちゃおうかしら!」


「へへっ、おう! そうこなくっちゃな! プリアデ!」


「はい。では、行きましょう。プリアデさま。ご案内いたします」


 シルキアに手を引かれ、楽しそうに微笑みあいながら、プリアデが俺の前を歩いていく。


 ーーはあっ、とひとまずは安堵の息を吐きながら、俺は星空を見上げた。


『なあ、プリアデ。それなんだけど』


 さっき言いかけた続く言葉をーー"いや、それは違う"と一度ぐしゃぐしゃにして、胸の奥深くに飲み込んで。


 "今日は"、を、"明日も"、に変えるには、いったいどうすればいいのかわからないまま。


 輝く金色のポニーテールを揺らすその背中を、俺はいまは急いで追った。


『仲よくするのは、冒険者同士でやってくれや。隣にいる英雄候補とか、な』


 ーーゴルドガルドのオッサンに言われるまでもなく、


『ヒキールにとってのこの【家】が、あたしにとってのこの剣と同じだからよ』


 ーー絶対に手を離したくない、大切な"仲間"の背を。

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