第17話 最終査定結果・前。(月夜の二組)

 月夜の下。


 【俺の家】から新たに出した白いテーブルセット二組に、俺たちは腰を落ち着けていた。


「ふぅ。さっきの出来合いのも美味しかったけど、やっぱりシルキアに新しく淹れてもらうと、よりもっと美味しいわね。ヒキール」


「ああ、そうだな。プリアデ」


 ──まったりと湯気の立つ温かいコーヒーを楽しむ俺とプリアデと、そして。


「だああぁぁっ! おい、そんなにガシガシ拭かなくてももう乾、っておいこらメイジー! どさくさ紛れに妙な場所に触ろうとしてんじゃねえ! ああもう! 服くらい自分で整える!」


「うふふ、だめですよぅ。ゴルガルおじちゃん。これからしっかりギルドマスターとしてのお仕事してもらわなきゃなんですからぁ。

 ほらほら、わたしにまかせてぇ。これも予行演習ですぅ」


「予行演習って、何のだよ!? ああ、もういい! 好きにしろ!」


 相も変わらず夫婦漫才めいたやりとりを繰り広げる、同じく【家】から出したの上に座るゴルドガルドと甲斐甲斐しく世話をするメイジー。


 ーーよかった。ゴルドガルドのオッサンの傷、完全に治ったみたいだな。


 どうやら、ゴルドガルドをずぶ濡れにしたあのメイジーの回復ポーション(特大)大量ぶっかけの効果は、しっかりとあったらしい。


 シルキアが隠し手(脚)でつけた頬の傷も。【俺の家】の障壁を殴ったときに負った右手の火傷の爛れも、プリアデが覚悟とともにつけた左手の切り傷も。

 回復が間に合ったようで、綺麗さっぱりなくなっている。


 いま残っているのは、歴戦の冒険者としての古傷だけだ。


 ーーいろんな意味で、メイジーのおかげだな。マジで超感謝しねえと。


 ずず、と淹れたての温かいコーヒーで暖をとりながら、俺はその平和そのものな光景を眺める。


 さすがに、ゴルドガルドのオッサンの巨体が座れるような大きさの椅子は【俺の家】の中にもなかったから、代用としてテーブルを椅子がわりにした。


 もちろんそれだけじゃ強度が足りないから、魔石から魔力を抽出して一時的に強化して。


『武器や防具なら普通だが、まさか家具を魔石消費してまで強化する奴なんて、初めて見たぜ。

 どう考えても素材的に耐久性も低いし魔力との親和性も高くねえから、すぐに魔力が抜けちまって、永続強化分もほとんど残らねえだろうに、魔石がもったいねえ』


 と、ゴルドガルドのオッサンは言っていたが、俺が手に入れたものなんだから、使いたいときに使いたいように使うだけだ。


 まあ、そもそもオークの魔石なら、いま二千個ギルドに売っても、まだ千個あるから、ケチケチする理由はまったくないけどな。【家】の緊急動力源にしても、おつりがくる。


「ただいま戻りました。ヒキールさま。プリアデさま」


「シルキア!」


「シルキア。おかえりなさい」


 ぼうっと、見るともなくゴルドガルドとメイジーたちのやりとりを眺めていたら、一度【家】に戻っていたシルキアが帰ってきた。


「お待たせして申し訳ありません。ヒキールさま。こちらを」


 それから、溜まった魔力を【俺の家】に吸収させ容量が空になった赤いペンダントを再び俺の首にかけてくれる。


 俺が身体強化して無理やりにちぎった鎖も、すでに継ぎ目もなく綺麗に補修済みだ。さすがすぎる。


 そして、その瞬間。


 やはりペンダントなしでは調子が悪く、過剰な魔力を吸収された途端。

 靄のかかったような頭の中が完全にクリアになって、俺は思わずその場に立ち上がった。


「よし! ヒキール・コーモリック、完全復活だぜ!」


 グッとこぶしを握りしめて、ポーズなどキメてみる。


 ……も、特に気合いを入れていますぐにやることもないので、「ま、それはともかく」と、再び席に座ってコーヒーをずずず、と美味しく口に運んだ。


 ──なぜなら、俺は、もう十二分にしめしたからだ。


『この【家】は、俺の、すべてだ……! 頼む……! ゴルドガルドの、オッサン……! 

 俺から、【家】を、俺の夢を、俺の自由、を、奪わないで、くれ……!』


 体を、生命を張って。俺の魂の底からの、叫びを。


 いま俺にできる、しめせるだけの最大の覚悟を。


 あとは、もうそれをゴルドガルドのオッサンがギルドマスターとして、どう判断するか、それだけだ。


 ──ただ。


 夫婦漫才めいたやりとりを繰り広げる、俺が提供したテーブルに座るゴルドガルドのオッサンとメイジーをじっと見つめる。


 【家】のコーヒーもマットも頑なに固辞していたさっきまでといまでは、ゴルドガルドのオッサンの中で何かが変わったのだと、そう俺は信じたい。


「ヒキールさま。この度は、誠に申し訳ありませんでした」


 そんなことを考えていると、シルキアが突然深々と俺に頭を下げた。


「冒険者ギルドを出ていく際の不穏な空気には気づいてはいたのですが……まさかギルドマスターの立場にあるものがそう滅多なことは起こすまいと、ヒキールさまをみすみす危険にさらしてしまいました。

 ヒキールさまを幼い頃より見守り続けてきた従者として、家族として、姉代わりとして、あるまじき失態です」


「いや、シルキアのせいじゃねえよ。むしろ俺なんて、その不穏な空気(え? マジでそんなものあったの?)には、少しも気づかずにゴルドガルドのオッサンに【家】を思う存分自慢できるって、浮かれっぱなしだったし」


「そうね。それに、それを言うなら、あたしのほうこそ、ごめんなさい。シルキア。

 ギルドを出る前に、あたしがついていくから安心しなさい、ってあなたに言ったのに。

 マスター・ゴルドガルドの決断、行動が早すぎて、結局は後手にまわってしまったわ。あたしもギルマスのまとう不穏な空気には気づいていたのに」


 ……そっかぁ。プリアデも気づいてたのかぁ。


 そうとは知らず、あのとき一人浮かれまくってた俺、いま考えると、マジのマジで迂闊すぎねえ?


 顔を上げたシルキアは、ゆるゆると首を振る。


「いえ。先ほどお話を伺いましたが、プリアデさまは、よくしてくださいました。さすがはヒキールさまがお見初めになられた方です」


「へ、み、見初めって……!? ちょ、ちょっと、ヒキール!?」


 頬を染め慌てたように顔を向けるプリアデに、俺はグッと親指を立てた。


「ああ! シルキアの言うとおりだな!」


「えっ……!? そそ、それって……! やっぱり、あたしを」


「おう! 初めて見たときから、俺は超おもしれえヤツだなって思ってたぜ!」


 俺が本心からそう告げると、プリアデと、そしてシルキアはなぜか半目になった。


「……まあ、そうよね。そういうやつよね。ヒキールは」


「申し訳ありません。プリアデさま。15歳を迎え成人なされたとはいえ、ヒキールさまはまだまだ子どもで。

 もちろんそこが、とても可愛らしくもあるのですが」


「あはは! そうね」


 今度は、何やら意気投合した二人から、手のかかる弟を見るような、微笑ましいというか生暖かい瞳で見つめられ、イマイチ釈然としない。


「ヒキール・コーモリック!」


 そのとき。穏やかな空気を塗り替えるように、厳かな声が響く。


「これより、スタンピードにおけるおまえの最終査定結果を! いまのギルドマスター直々のの結果を踏まえて伝える! 心して聞け!」


 メイジーの手で身なりをすっかりと整えなおしたゴルドガルドは、


 ──冒険者ギルドマスターとしての厳粛な顔で、そう口を開いた。

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