第13話 限界超えの一太刀と、意外な弱点。

「……理由、か」


 月夜の下。


 静かにつぶやき、ゴルドガルドはその巨体の首をゆっくりと横に振る。


「それなら、あとでじっくり時間をかけて聞いてやる。そこにうずくまってるヒキール・コーモリックの言い分も、あるなら、な。

 プリアデ・ペディントン。あのノーブレナさんの娘、そして俺が認めた未来の英雄候補とはいえ、いまはたかがB級なりたてのおまえが。

 引退したとはいえ、元A級の俺に勝てると思うのか?」


 ーー確かに、そうだ。


 B級どころか、あのスタンピードを超えたとはいえ今朝までD級だったプリアデに。


 あの【俺の家】の最大出力の魔力障壁に拮抗するバケモノみたいに強いゴルドガルドに、勝てるわけがない。


「ぷ、プリアデ……!」


 うずくまり、痛む胸をペンダントを抑えながら見上げ、なんとか絞り出した声で、俺は必死に呼びかける。


「ええ。もちろん無理だわ。いまのあたしなら、ね。だから、言ったわ。あたしは、お母さまから受け継いだこの剣で──覚悟をしめす、と!」


 プリアデが剣を、振り上げる。


 瞬間。確かに空気が一瞬静止し。


「はああああぁぁっ!」


 裂帛の一閃とともに、斬り裂かれる。


 うずくまる俺の黒髪を風が薙ぎ、そして。


「プリ……アデ……?」


 見上げるその金色のポニーテールをたなびかせる少女がまとう魔力は、あきらかに輝きを増していた。


 月夜の下。青い燐光をまとう少女。


 その幻想的な光景に、対峙するゴルドガルドが驚愕する。


「まさ、か……! 取り込んだ、だと? 

 約三百体ものオークを討伐して、おまえの表層に漂い続けていた未吸収の魔力を……! 

 過酷な訓練を経てそれに足る器をその身に形成しなければ取り込めない膨大な魔力、そのほとんどを、たったの一太刀で……!?」


「いいえ。ただの一太刀じゃないわ。いまのあたしにできる最高の、全身全霊の一太刀よ……! そして、これが……!」


 青い燐光をまとうプリアデが、その身を引き絞られた矢弓のように屈めた。


「いま、この瞬間からの! あたしにできる最高全身全霊! おまけで限界超えの一太刀よ! はああああぁぁぁっ!」


「ぐうぅっ!?」


 刹那。跳び、刃が振り下ろされる。


 つんざくような光と、金属が激しく打ちつけ合うような轟音。


 そしてーー


「くっ……! はぁっ、はぁっ、ぜぇっ……!」


 限界を超えて、全身全霊を使い尽くしたプリアデが荒く息を吐き、がっくりと膝をついた。


 カランッ。


「まさか……ほんのわずかとはいえ、斬られるとは、な。B級成り立ての小娘に、俺を二つ名持ちの英雄に押し上げた、この特注魔法金属製の〈黄金剛腕〉が」


 【俺の家】の魔力障壁との激突で血の滴る右腕とは逆の、顔の前に掲げた左腕。


 ゴルドガルドの二つ名の由来となった〈黄金剛腕〉。

 その左拳部分がわずかに断ち切られ、その端二本の指を微かな切り傷とともに、露出している。


「どう……! マスター……ゴルドガルド……! あたしは、しめしたわよ……! あたしの剣で、あたしの覚悟を……!

 免じて、話くらい、聞いてくれても、いいんじゃない……!

 あなたの初恋の女性の、娘が、ここまで、がんばったんだから……!」


「なっ!? お、おまっ……!?」


 わずかな時間に、二度の全身全霊、おまけに限界超えまで果たしたプリアデの声や吐く息は、いかにも弱々しかった。


 それでも茶目っけたっぷりに弱々しくも上目遣いに片目をつぶってみせるプリアデに。


 ──そして初恋の女性、その言葉に。


 プリアデに〈黄金剛腕〉を斬られたとき以上に、ゴルドガルドは大きく狼狽え、仰け反った。


 そしてやがて、夜空を仰いでから大きく息を吐くと。


「……いいだろう。たったいま、おまえのしめした覚悟に免じて聞いてやる。プリアデ。おまえがさっき言っていた、ヒキールに自由にさせるべきだという理由を」


 厳格なギルドマスターの顔で首を縦に振ったゴルドガルドは、「それと」とそこでわざとらしく咳払いをする。


「さっきのは、め、メイジーには、言うなよ? 泣くし、あ、あとが怖……いや! う、うるさいからなっ!」


「ふふ! ええ、いいわよ? マスター・ゴルドガルド! ここにいるあたしたち三人だけの秘密にしてあげるっ!」


 息を整えすっくと立ったプリアデが、今度こそバッチリと綺麗に片目をつぶって、とびっきり茶目っけたっぷりの最高の顔で微笑んでみせた。


 ーーそこに、何かを見たのか。


 ほんの一瞬、息を詰まらせたゴルドガルドを俺は見つめながら。


 ようやく胸の痛みがおさまってきた俺は、限界許容量ギリギリ。

 いまやタイマーのように激しく赤く明滅するペンダントを握りしめながら、それでもこう思った。


 ……なあ、ゴルドガルドのオッサン。


 たぶんメイジーのヤツ、とっくの昔にそれ、気づいてるんじゃねえ?


 そして、月夜の下。


 ──ようやくのひとまずの安堵に、俺は深々と息を吐いた。

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