第12話 夢と兵器と、覚悟。

 バヂヂヂヂヂヂッ!


 夜の闇を裂く、雷鳴に似た轟音と雷光のような青白い光。


 都市テファス冒険者ギルドマスター、ゴルドガルドが振るった右の〈黄金剛腕〉と。

 【俺の家】がその脅威に対し自動、瞬間的に最大出力で形成した魔力障壁との激突。


「っ……! ちっ……! 硬え、な……! 引退して鈍った、いまの俺の力じゃ貫けねえか……!」


「お、おい! ふざけんなよ! ゴルドガルドのオッサン! 無事だったからいいものの、いきなり何しやがーー」


「なら、やはりーー本体か」


「え?」


 瞬撃。


 つぶやいたその瞬間には、すでに目の前に移動し、左の〈黄金剛腕〉が俺の真上から振り下ろされーー


「ヒキールっ!」


 バヂャッ!


 寸でのところで、剛風が薙ぐ。


 間一髪、腕に抱えられた俺は、跳躍するプリアデとともにゴルドガルドから大きく距離をとった。


「ちっ……! 防ぎ、避けたか。どちらか片方ならば、これで終わっていたものを。だが」


 嫌に激しく、心臓が鳴っていた。全身の冷や汗が止まらない。


 形成した外套の魔力防御障壁。確かにそれが一瞬で割られ、プリアデがぎりぎりで引っ張ってくれなかったら、俺はいまごろ、あの巨大な左拳の下敷きにーー


 なんで、なんでなんだよ……! ゴルドガルドのオッサン……!


「俺の邪魔をする気か。B級冒険者、プリアデ・ペディントン」


「その質問に答える前に、説明しなさい。ヒキールに。もう奇襲は失敗したわ、マスター・ゴルドガルド。ここからは互いに全力よ。

 なら、どうして突然攻撃したか、その理由くらい教えておくべきだわ。

 混乱と葛藤のままに、わけもわからず死にもの狂いでヒキールに反撃させる前に」


「ぷ、プリアデ……? わかるのか、あんたには? ゴルドガルドのオッサンが、どうして突然【俺の家】を、俺、を……攻撃、こ、壊そうと、してきたのか」


「ええ。だいたいは、ね。でも、それは本人から聞くべきだわ。覚悟を決めるためにも」


 緩く首を振りながら、「立てる? さあ、下りて」とプリアデに促され、俺は再び大地に足を踏み締める。


 震えそうになる脚を叱咤して、なんとか倒れずに。

 まっすぐに赤い瞳でゴルドガルドをーーいまや、俺の敵になった男を見すえた。


 〈黄金剛腕〉。その二つ名のもととなったであろう巨大な魔法金属製の黄金色の手甲。

 その右拳からは血が滴っていた。

 ついさっき、【俺の家】の全力の魔力障壁との激突で負った傷。


 一度瞑目したゴルドガルドが、カッとその緑の瞳で俺を睨みつける。


「ヒキール・コーモリック。さっきおまえは俺に言ったな。『ふざけんなよ、オッサン』

 その言葉、そっくりそのまま返そう。……ふざけてんのか、おまえ」


「え?」


 ドォンッ!


 彼方から振るわれた3メートルの巨人の左の剛腕。


 剛風を伴い放たれたそれが、俺の外套の魔力障壁を発動させ、軋ませる。


 同時にプリアデが「くっ!」と横に跳び、俺からも少し距離をとった。


「ちっ。遠当てのほうはそっちでも防ぎやがるか」とゴルドガルドが拳を引き、再び俺を憎々しげに睨みつけた。


 そして、一つずつ俺に鋭利な刃物を突きつけるように語りだす。


「なぜ、だと? スタンピードを単騎で殲滅できる圧倒的なまでの戦闘力。

 こうして目と鼻の先にありながら、姿を現すまで都市の人間が誰一人として気づかない異常な隠蔽性能。

 いまおまえ自身が自慢げに口にした、大気中や討伐した魔物の魔力を吸収することで、補給やメンテナンスすらロクに必要としない、超長期継続的な活動性能 」


 ゴルドガルドが"一歩"を踏みだす。


 その度に、静音なのに、ズゥンと大地が沈み、鳴動するような錯覚を覚えた。


「ともすれば、国さえも相手どり、戦争の勝敗さえも左右しかねない。

 そんなとんでもない代物を造っておいて、家族と旅だと? 冒険だと?」


 ドォォンッ!


「っ……!?」


 今度は、実際に大地が鳴動する。


 憤怒のままに地にひびが入るほどに強烈に踏みつけられた、3メートルの巨人の右脚で。


「もう一度言う。ーーふざけてんのか、おまえ」


「ぐっ……!?」


 さらに、ゴルドガルドが一歩踏みだす。俺は、気圧されるように一歩下がっていた。


「ヒキール・コーモリック。わかっていないようだから、はっきりと言ってやる。これはーー兵器だ。魔導兵器。

 それも、何千何万、いやそれ以上の生命を軽々と左右し得る、最凶最悪の部類の、忌むべき、な」


 巨人の指が、まっすぐに俺に突きつけられる。


 それは、針のように、刃のように、言葉とともに俺を突き刺した。


「そう。おまえの先代。異端と凶気の天才魔導技師ディザウス・コーモリックがいまから約10年前。当時の未踏領域の一つ〈星落ちたる樹海〉。

 その中心への到達のためだけに樹海そのものを枯らし、10年経っても再生せず、魔物すら生存できない見る陰もない死の大地に変貌させたあの忌々しい【地枯らしの魔毒】のように」


 ーーディザウス。


 病気がちな母さんを顧みず、亡くなってからは家族を、俺を捨て、そして家を去った俺の父。


 【俺の家】の動力になった、その〈星落ちたる樹海〉で見つけた【黒星の欠片】だけを残してーー


「ぐっ……!?」


 その名とともに、巨人の指が握りこぶしの形に握られた。

 俺はまるで心臓を鷲掴みされたように、息ができなくなり、膝をつく。


 思わず握りしめた胸の赤いペンダントは、限界寸前をしめし、激しく明滅していた。


「接収する。この魔導兵器は、てめえのようなまだ成人したてで本当の意味では大人にもなりきれていない15のガキが持っていていいものじゃねえんだよ」


 脂汗が止まらない。

 もう動くことさえも言葉を発することすらもできず。

 ただ俺は、一歩ずつ近づいてくる巨人を、見上げるしかなかった。


「なら、大人代表として、あたしが異議を唱えるわ。この【俺の家】がヒキールの夢の結晶で、ヒキールが自由に使うべきだって」


「……プリアデ・ペディントン。わかっているのか? 冒険者ギルドマスターとしての俺の職務を妨げる意味を」


「ええ。もちろん。だから、覚悟をしめすわ。マスター・ゴルドガルド。

 その理由を聞いてもらうために、お母さまから受け継いだ、あたしの──この剣で」


 月夜の下。


 ポニーテールに結った輝く金色の長い髪がたなびく。


 うずくまる俺の前で盾となって立ち塞がったプリアデは、まっすぐにゴルドガルドにその刃を突きつけた。


 ──戦意と決意に燃える、青く輝く瞳とともに。

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