第3話
夜が来た。
ここは昼固定のマップ――《デザートステージ》。
(なのに、どうして夜になっている?)
E.O.S.のステータスはHPの他にスタミナが存在する。スタミナがないと様々なアクションに支障がでる仕様だ。
このスタミナを回復するには、飲料や食事をしなければならないが。
腹が減ったし、喉も渇いた。そんな感覚はE.O.S.には当然存在しない。
「……おかしい。こんな仕様じゃないはずだ」
俺が呟くと、セラが青い瞳を細めた。
「体は現実の感覚に近いわね。それと環境エフェクトが書き換えられてる。
誰かが“このゲーム”のルールを操作してるのよ」
ロウガがショットガンを肩に担ぎながら、低く笑う。
「誰かって……運営か? だったら、今すぐ助けに来てくれりゃいいのによ」
冗談めかして言ったその声も、誰も笑わなかった。
「各自スタミナを回復させておこう」
携帯食料を食べる。
「……怖いですよ」
突然メイがかすれた声で言った。
「誰かを撃たなきゃ生きられないなんて……無理です」
その手は震えたままだ。
「無理でも撃たなきゃ自分が死ぬわよ」
セラの声は冷静だったが、その指先が小さく震えているのを俺は見逃さなかった。
「……メイ」
「……はい」
「みんな怖いんだよ。俺だって。セラも…」
「当然よ。でも、怖くても撃たなきゃ死ぬ。それが“ここ”のルール」
セラは受け入れるのが早いな。
その言葉の正しさが、余計に胸を締めつけた。
「でも…きっときっときっと……だっ大丈夫ですよね…カイさんとセラさんがいれば…きっと……」
メイは自分に言い聞かせるように言った。
ロウガはため息をついた。
◇ ◇ ◇
砂嵐の中を進んでいると、突然、視界にホログラムが浮かんだ。
【新ミッション:北方丘陵地帯を確保せよ】
全員が同時に息をのむ。
「……なんだ、これ?」
「ミッション? そんなのE.O.S.にはなかったはずだ」
俺の言葉に、セラが険しい顔をする。
「そうね。E.O.S.はソロか4人チームのサバイバルルールだけ。
拠点確保なんて、実装されたことがない」
ロウガが眉をひそめた。
「やっぱりこのゲーム。手が加えられてるようだな」
「なんですか?ミッション…ってどういうことですか?」
メイはパニックだ。
嫌な予感が、背筋を這い上がる。
だが、考えている暇はなかった。
遠くで、爆音。
砂を巻き上げ、銃声が夜を裂く。
「……来た」
俺とセラは即座に遮蔽物に飛び込む。
ロウガが前線に出る。
「敵チーム、五百メートル先。
……さっきの奴らだ!」
「まだくるのかよ!」
普通、有利ポジションでもない限り人数不利な状況では攻めない。
(…相手のチームもパニックなのだろうか)
――パンッ。
銃声。
俺のすぐ横を弾丸が掠めた。
「っ、伏せろ!!」
砂が爆ぜる。メイが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
その肩を俺が引き寄せると、彼女の瞳が涙で揺れていた。
「無理……撃てません、私……」
「撃たなくていい。今は隠れてろ!」
俺は叫びながら近くの岩陰にメイを追いやった。
やるしかない。
「セラ!ロウガ!前線頼んだ」
「「了解」」
セラとロウガが前に出る。
敵は正面。右側の岩裏に1人と左側の岩裏に2人。
俺は右側の敵が岩陰から出てこれないように撃つが、命中。
敵の一人が崩れ落ちた。
「ロウガ!グレネードだ!」
「まかせろ!」
左の岩陰にロウガがグレネードを投げる。
「セラ!」「私が右」
敵がグレネードを回避しようと岩陰から左右に出てきた。
銃口を合わせる。
――ドン。
「敵三人を無力化。第三部隊に注意。周囲を警戒して。」
セラが冷静に告げる。
これは…血の匂い。
本当に死んでいる。
「……やっぱり、本当に死ぬんだな」
ロウガの声が低く漏れる。
一人目はセラの遠距離狙撃で実感がなかった。
今回は血の匂いがわかるほどに近い。
俺は…人を殺してしまったのか?
まずい。急に気持ち悪くて吐きそうだ。
皆は…セラはやはり震えていた。
ロウガは大丈夫そうだな。
メイは……まずいな。
俺が吐くわけにいかない。
セラが息を吐くように言った。
「……行きましょう。ミッションエリアへ。
ここに留まれば、他のチームが集まる」
「けどよ、あのミッション……罠かもしれねぇぞ」
「罠でも行くしかない。ミッションが失敗したら
どうなるかわからない」
目的は一つ――“生き残る”こと。
行かないのはまずい気がする。
メイはまだ震える手で銃を握りしめていた。
先の戦闘で自身を守ろうと引き金に指がかかるけれど、決して引こうとしなかった。
彼女のその迷い。
正しい事だと思う。
だから、そっと言った。
「……いいんだ、メイ。
今は撃てなくても、生きてりゃそれでいい」
その言葉に、彼女は小さく頷いた。
涙の跡をぬぐい、前を向く。
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