眠るが勝ち

@yutatamaru

社会人になってもカーストはある・・

俺は夢を操れるようになっていた。証拠に俺は今日も仕事に行ける。たとえ大嫌いなアイツがいようとも。奏太は話しかけられると緊張してパニックになってしまう極度の上がり症だった。ようやく入れた会社でも緊張のあまり大事な場面で何度かミスをしてきた。そんな立場の人間は大抵すぐに目をつけられてしまう。特に同期の石井は奏太の上がり症をネタに笑いを誘うようなタイプでなにかと馬鹿にしてくるのだ。実のところ普段の仕事ではとても優秀で確実に成果をだしているのだが。そういう部類とは関わらぬよう目立たず生きていこう、そう決めているのだがイジメる人間は寄ってくるのだ、まるで磁石のように。 


ある夜、奏太は度重なる石井の態度に仕返しを考えていた。どうにかして言い返してやりたい、でないと自分が壊れそうな気持ちだった。しかし面と向かって言い返す事など出来るはずない、かといって悔しくてたまらない、そんな堂々巡りをしているうちにいつのまにか眠りについていた。そして夢を見た。石井に面と向かって言い返し、雑務を押し付けた そんな夢だった。朝、目覚ましの音で起きると倦怠感はあるものの心はスッキリしていてその日は自分でも驚くほど仕事が捗った。さらにその日の夜も「次はアイツが失敗して悔し泣きしている夢でもみないかな」そう思い眠りにつくと、またも思い通りの夢になった!そして朝は昨日と同じく倦怠感はあるが心が軽くなっている。「俺は夢でも操れるようになったのか?」そんな馬鹿げた事あるはすがない。そう思いつつも仕事が終わると足早に帰宅して早々に眠りにつくと、やっぱり期待通りの夢だった。 

いつもの倦怠感を味わいながら奏太は確信した。俺は夢を操れる、と。 


こうなると眠ることが楽しみになっていった。ただ夢を操る事は相当な体力を使うようで、奏太は日に日にやつれていった。操って5日も過ぎると夢の中の奏太は別人のようになっていて、石井を顎で使い、時には昼食さえも奢らせていた。その痛快感がクセになり体力が消耗すると分かっていても辞められなくなっていった。 


しかしある朝起きると今までに感じた事のない程の疲労感で全身が鉛のように重く感じた。それでもなんとか職場に行き暖かい缶コーヒーを買うとパソコンの前に座り仕事を始めた。 

画面を見ているうちに奏太は意識が朦朧としはじめていた。そんな姿を見てうたた寝をしているとでも思ったのだろう、石井は急に奏太の椅子を軽く蹴ったかと思うと「仕事中に居眠りですか?こないだのあれ、お前がきちんと説明しないからやり方わかんねーんだわ!」周りにも聞こえるような声で話しかけてきた。その時の奏太はそこが夢なのか現実なのか分からなくなっていた。まさしく朦朧だった。そして意識は「夢」と判断した、その瞬間

「うっせぇな!何年この仕事やってんだよ!そもそも教えて欲しいならその態度改めろ!明日なら時間あるから、資料Nをコピーしておけ!」

そう言い返していた。

石井は心底びっくりしたと同時に確信をついた奏太のセリフにそれ以上言い返すこともできなくなっていた。そしてこれ以上にないくらい顔を真っ赤にし慌てて資料室へと向かっていった。一方、奏太は意識が現実に戻っていて一人青ざめていた。が、唐突に血の気が引いてその場で倒れてしまった。その後は医務室に運ばれそのまま早退することになった。 

家に帰って着替えると布団に入りすぐに眠りについた。深く、深く、ぐっすりと。夢など一つも見ないままに。 


次の日、奏太は朝早く起きると久しぶりに朝食を食べた。味噌汁を啜ると旨みと温かさが全身に広がっていく。はー、とため息をつくと、まるで長い悪夢から目覚めたような、そんな感覚がした。 

「極度の睡眠不足」そう判断された。

「そうか、俺は眠らず妄想していただけだったのか。あたりまえか、夢を操れるはずがない。そういえば最後にぐっすり眠ったのはいつだったろう」しばらくぼーっと考えた後、急にこれまでの自分の行動がバカらしく思えて可笑しくなった。加えて石井のあの驚いた顔!慌てふためいた顔!奏太は思い出しては吹き出しを繰り返した。そうしてるうちに自分があがり症である事がどうでも良く思えてきた。パニックになるのは自分だけだと思っていだが石井を思い出すと、人は皆そういう時がある、そう思ったのだ。俺はこれからも緊張したり慌てたりするだろう。だけどそれが俺だ。初めてそこに向き合えた気がした。克服は出来ずとも自分自身を受け入れる事ができた。 

ふと海外のことわざを思い出した。

「sleep is better than medicine--睡眠は薬に勝る」



奏太は意を決して出社した。石井が何か言ってくるのではないかとドキドキしていたが以前のような臆病な気持ちはない。

石井は奏太を見つけると、気まずそうに近寄ってきて、いつものとおなじ缶コーヒーを差し出してきた 

「き、昨日は悪かったな、後であれ、教えてくれよ」 

話しかけられてドキっとしたが黙って頷くと

「お、俺も、ど、怒鳴ってごめん、コ、コーヒーありがとう」

少し上擦ったが確かにそう声にした。 

「おう、じゃ後で!」 

そう言うと石井は自分のデスクに戻っていった。


彼が去った後も奏太の心音はしばらく鳴り響いていた。

それでも今までに感じたことのない爽快感がそこにはあった。 

「今夜もぐっすり眠れそうだ。睡眠不足は大敵だからな・・・なんだ、操られているのは俺の方か」

軽く失笑して貰ったコーヒーを飲むといつもよりも少しだけ美味しく感じていた。

 

              


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