第8話 精霊

 この世界にもまだ精霊のような超自然的存在が生きているのだろうか。

 殆どの人にそんなことを聞こうものなら即病院行きか、良くて疲労や寝不足を心配されておしまいだろうな。

 俺の学校の友達を除いて。

 あいつはその超自然的存在を信じているちょっと変わった奴だ。

 良い奴でもあるが、そのうち変な宗教勧誘に言い包められないか心配している。


「おい、あまり入れ込み過ぎるなよ。何だっけ、神隠しとか怖いのがあるだろ」

「ふっふっふ、その時は君が覚えていてくれたまえよ」

「何のキャラだよ、それ。ってか、そうなっても必ず帰って来いよ! お前と遊ぶの結構楽しいからな」


 不貞腐れている俺の心配など気にも止めず、あいつはふわふわと呑気な事を口走った。


「うんうん、それは嬉しいね。じゃあ絶対僕のこと忘れないでくれよ。それが目印になるのだから」


 そんなものが役に立つとは思えない。

 むしろそっちこそ向こうに行ったら、俺のこと忘れるんじゃないのか。俺だけじゃなく、こっちでのこと全部。

 それからどのくらいしてだろうか、あいつが家族と一緒に夏休みを使って田舎へ里帰りした時、帰ってきたのはあいつ以外の家族だけだった。

 親の聞いた話では向こうであいつは行方不明になり、今も警察が捜してくれているらしい。

 俺はその話を聴いて、直感した。


(なんだ。あいつ、最初からそのつもりだったのかよ)


 あいつの望んだ事が叶った。だが、素直に喜んでやれない。俺は言った。


 ――必ず帰って来い、と。


 いつまでとは言っていないが、俺が生きている間に帰ってくるだろう。何故なら、向こうに俺やあいつの家族は居ないからだ。

 あいつの身を案じて、必死になる人がいない。心配する者もいない。そんな場所、どう考えてもつまんないだろう。



 さらに何年が経過しただろう。

 俺はなかなか戻らないあいつに剛を煮やして捜しに来てやった。

 場所は当時あいつの家族から聞いてメモしたから判っている。

 もしかしたら俺もこれでこの世界と別れるかもしれない。だけど、これ以上我慢するのも限界だった。あいつの事を忘れる日が多くなっていると気付いた時、恐怖を感じた。

 このままではマズイ! こっちから捜し出さないと危険だ!

 俺は有給休暇を全部使って田舎の山奥に来ていた。麓にある神社でお参りをして、無事にあいつが見つかる事を祈った。

 手入れをされていない山道は体力を削られ、持参した水分や食料はまだあるが、それでも暗くなれば野性動物に襲われる可能性がある。


「こんなに必死に捜してんだから、出てこないと承知しないからな!」


 怒りを含んだ声を上げた瞬間、視界の端で何かが淡く光った。

 一瞬目眩でも起こしたかと思ったが、同時に他者の気配を感じて視線をゆっくりとそちらへ向ける。

 そこには当時のままの姿をしたあいつがニコニコと笑っていた。


「んなっ、なぁあ!」


 いろんな意味で驚いた俺は、尻餅をついた。


「お、お前! え、まさか幽霊?」


 俺はあいつの足が地面についていない事を知り、血の気がひく思いをした。

 しかしあいつは否定するように頭を横に振り、今度は嬉しそうな顔になる。


『違うよ。まだ死んでいない。僕はこの山の神様の恩恵で、山の精霊になったんだ』

「せい……れい?」

『うん。でも良かった〜君が来てくれて。頼みがあるんだ!』


 久々に再会できたのに、相変わらずマイペースな奴だ。

 精霊になっても変わらない性格に、少しだけ安心したのは言わないでおこう。


『僕の代わりに麓まで行ってお供え物を買ってきてくれないか?』

「………………なんだって?」


 たっぷり間を置いて聞き返した俺に、詳しい説明をされた。

 当時、こいつはとても腹が減っていた。悪いとは思いつつ、神社の前にお供えされていた饅頭を食べてしまい、山の神に身体を奪われて更に精霊にされてしまった。と。


「おい、俺でもやらない事をお前がするなよ」

『えへ。体を返す条件は麓で新しいお供え物を買ってくる事だったんだけど、ここに来る人が全員話にならなくてね。見えなかったり、逃げ出したり』


 やれやれという風に言っているが、俺もお前じゃなければ同じ反応をしたと思うぞ。


『頼むよ! もう本当に飽きたんだ!』

「ほらみろ。俺と身内を粗末に扱うからそうなんだぞ、反省したか?」

『したした! 凄くしたから!』


 何度も頷いて頼み込んでくるこいつがなんだか、可哀想に思えてきた。

 昔馴染みだし、一度くらいなら助けてやるか。


「次はないからな」


 念の為に釘は刺しておく。

 いや次があっては、それこそ心臓が幾つあっても足らない。


『ありがとう! 頼んだよ〜!』


 嬉しそうにはしゃぐこいつの様子を見て、一抹の不安を感じながら、俺は一度麓まで引き返した。

 その後は勿論、走って神社まで行き、お供え物を置いて誠心誠意あいつの代わりに謝った。

 

 

 

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