インフルエンサーの卵

 クリスマスから早くも2か月が経った――


 俺は今、とあるインフルエンサーの家にいる。いや、まだインフルエンサーになり切れていない、インフルエンサーの卵だ。




「こんにちは。インフルエンサーの卵の企画委員をやっております、奏です。本日はよろしくお願いいたします」


 俺は深々と頭を下げた。




「はい! おねがいしまーす」


 今回担当するのは19歳、女性、動画配信サイトにて生配信をやっているチピチャッピーさんだ。大学を即中退して、今は配信一本でやっているようだ。だが、なかなか伸びずに困っているみたいだ。


 そこで今回、チピチャッピーさんにこちらから連絡して、取材を撮らせてもらうことになった。俺は初めてこういった取材の担当を任された。今までは担当者のサポートだけだったのが、ついに担当者になれて心が躍っている。




「ていうか、なんで私なんかを取材するんですかー? 登録者3000人の底辺配信者なのに」




「だからですよ。今回、色々な候補者がいたのですが、その中でもチピチャッピーさんは勢いがあって、将来うまくいく人材だと思ったので、声をおかけしました」




「ふーん、こんなひねくれものを撮っても、何も面白くないと思いますけど……」


 自信なさげにうつむいている。19歳には思えない幼い見た目に、髪は派手な金髪。服装は――おそらくパジャマだろう。俺はこの人に可能性を感じている。




「いえ、あなたには魅力があります。それに私が必ず面白いものにしますし、あなたを売れるインフルエンサーにしてみせます」




 チピチャッピーさんは怪訝そうな顔をした。




「そもそもあなた方の番組の登録者は10万人でしょ! そんな番組に何ができるの?それにあなた、まだ子供だよね? 同い年くらい?」


 疑うのも無理はない。心を打ち解けてくれるまで時間がかかりそうだ――




「確かに私は子供ですが、もう立派な社会人です。まあ、あなたが損をすることは絶対にありませんのでご安心ください」




「わかったってば……で、私は何をすればいいの?」




「いつも通りの生活をするだけです。私共がその都度、質問などをするので、それに答えて頂くだけです。もちろん、日常生活の撮影なので、数日間はほとんどの時間見られることになってしまうのですが……」




 そう、企画についてだが、俺の案は通った。とは言っても、もちろん変更箇所もあったし、結局は企画は1つではなく、複数を同時進行することになり、俺の案も含め企画は4つになった。それに俺と同じようなものもあったし、ありふれた案だと、今となっては思う。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「では、撮影しまーす」


 撮影者の声がかかる。




「本当に撮るんですか? 緊張するんですけど……」




「まあまあ。時期に慣れますよ」




 チピチャッピーさんの部屋には、本人と撮影者、俺の3人だけがいる。今から実際に配信しているところを撮影する。




「はい! 皆さんこんにちはー! チピチャッピーです! えぇーと……今回はインフルエンサーの卵という番組の方々が我が家に来ていてですね。もしかしたらその方たちが映り込むかもしれないんですけど気にしないでくださいねー」


 


 配信が始まった。チピチャッピーさんは慣れた手つきで配信している。主にゲーム配信をしており、今日はオンライン協力型ゲーム『ビルデンナイト』をしているようだ。


 同接人数は30人、お世辞にも多いとは言えない。それに緊張しているのか、なかなか話が弾まない。2時間後、撮影を終えたが、チピチャッピーさんはまだ配信を続けているようだ。俺はチピチャッピーさんの家を出て、コンビニに車を止めた。買ってきたコーヒーを飲みながら、俺はチピチャッピーさんの配信を見ていた。


 


 相変わらず同接は少ない、だが、チピチャッピーさんはずっと話続けている。先ほどよりも生き生きと話していて、おもしろい場面も何度かあった。俺はまたしても可能性を感じていた。トーク力、テンションなど配信者に必要なことが揃っていることは素人目にもわかる。それに彼女には誰もが引き込まれるような魅力があるような気がする。理由は分からない。だから、その魅力を見つけ出し、番組に出す。それが、俺が今やるべきことだ。




 夜になり、チピチャッピーさんの過去の配信を見ていた。配信は4ヶ月前から始めていた。


 最初はただ配信をするだけで、配信の待機時間や終了する際に使う素材も無く、コメントも1件も無かった。ただ、それでも元気だけは今と同じくらいあった。


 4ヶ月で登録者3000人は頑張っているほうだ。1年やっても1000人を越えないことは珍しくない。




 ただ、どうやってチピチャッピーさんを宣伝すべきか、そしてどうやって番組を面白くできるのか――それはまだ、わかっていない。




 とりあえずまた取材をしよう。俺はチピチャッピーさんに連絡を送った。




 『明日は配信以外のチピチャッピーさんの生活を撮影してもよろしいでしょうか――』




 返事は『はい』それだけだった。




 翌日、チピチャッピーさんの家に行き、玄関の扉を開けると、チピチャッピーさんの母が出迎えてくれた。




「おはようございます。取材に来ました」




「あー、おはようございます。すいません……まだ娘は寝てまして……」




「そうですか……」




「すぐに起こしてきますので……」


 チピチャッピーさんの母はさっと振り向き、2階に向かおうとしていた。




「待って下さい。無理に起こさなくても大丈夫ですよ」




「いえいえ、申し訳ないですから」




「本当に大丈夫です。その代わりと言ってはなんですが、お母様からお話を伺ってもよろしいでしょうか?」




「まぁ、それは構いませんが……」


 そう言って、チピチャッピーさんの母は家にあげてくれた。そしてすぐにお茶を用意すると言って、台所へと向かった。




 なんだか良いにおいがする。紅茶の匂いだ。




「どうぞ、お口に合うかはわかりませんが……」




「ご家庭で紅茶があるなんて珍しいですね」




「はい、香夏子が好きなもので……」




「香夏子……チピチャッピーさんの本名ですか?」




「はい、そうです。小野村香夏子と言います。チピチャッピーなんて変な名前ですよね。あ、私は直海と申します」


 


「直海さんですね。よろしくお願いいたします。お聞きしたいことがあるのですが、香夏子さんはなぜ大学を辞めて配信者になったのでしょうか?」




「それは、私にもわからないんですよ。大学のことも一切教えてくれないし、辞めたと思ったら、バイトで稼いだお金でパソコンやらなんやら買って、どうしたものか……本当に困っているんですよ」




 直海さんは本人とは違い、静かで、どこか覇気が無くて、後ろ向きだった。




「そうですか……直海さんは香夏子さんの活動を応援はしていないんですか?」


 直海さんは怪訝な顔をした。




「当たり前でしょう、大学をちゃんと卒業すれば、ちゃんとした仕事に就けるのに……理由もわからず、相談もせずに辞めて、挙句の果てに配信者? とか将来役に立ちそうもないことをして……」


 直海さんはため込んだものを一気に吐き出すように感情をあらわにしている。




「まあまあ、香夏子さんにも色んな考えがあってしているわけですから……」




「あなた方に何がわかると言うんですか……私はもう配信を辞めさせてまた大学に行かせたいんです……でも、香夏子がどうしてもと言うから……それにあなた方に関われば現実を知って、配信を辞めてくれるかもしれない、そう思ったんです。だから、あなた方からも言ってくれませんか? 香夏子には無理だと」


 直海さんの気持ちは子供ながらにも理解することができる。だが、俺には辞めさせるなんて考えは一切ない。




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