第29話 ぜいたくダメ!わがままダメ!


「いただきまーす!」


元気に挨拶、そしてひとくちパクリ……しようとして手が止まる。

今日のお菓子は、かわいい月と星の飾りがたくさんついたこれ。


「はぁぁ……やっぱりダメ!」

「サファさま? マカロンはお気に召しませんか?」

「別のお菓子になさいます?」

「ちがーうのー。ちがうけどダメなのー」


なんでしょう?な侍女さんたちに、ほらー、とマカロンを見せつける。


「だってぇ、これ見てー? こんなにかわいいんだよー」

「ええ、ほんとうに。かわいらしいマカロンですわよね」

「でしょぉぉぉ? だから、やっぱり食べられないよぉ」

「あらあら、ふふ。でも、お味もとってもいいですから、ぜひお召し上がりくださいませ」

「うーん、でもぉ……」


これは困った。困りすぎて多分眉間にシワが寄ってる。しぶーい顔で、かわいーいマカロンをにらむ。


「みんな、知ってるぅ? お菓子はぁ、たべたら、なくなっちゃうんだよ?」

いや、なんかちがう。ぼくが言いたいのはそうじゃなくて――


「あらあら、うふふふっ」

「そうですわねえ。食べたらなくなってしまいますわね。ふふふふ」

「ふふっふふふ、ご心配なさらなくても、また作っていただけますわよ」

「もーー。わらわないのぉ!」


もおおお、3人まとめてキャッキャしだしたぁー。ぼくはただ、「食べたらなくなるからもったいなくて食べられないよ」っていいたかっただけで……。

うん、あんまり変わらないかも。


「ふっふふ……さあさ、まだたくさんございますから、お一つ試しに召し上がってくださいませ。ね?」

「むぅぅ……」

もーそんな、泣くほど笑うことないのにー。ちょびっとだけ、ほっぺたがむむむ、となる。そして、むむむとなりながらも、パステルブルーのマカロンのはしっこを、むに、とくわえる。


もぐ。


もぐもぐもぐ――


「んぐっ…んん? んんんーー!?」


なにこれぇぇ!? えええっ、なにこの味ぃぃ??


「んんん――」

「サファさま? どうかなさいました? 大丈夫でございますか?」

「だ――」

「……?」

口の中のものを、もう一度もぐもぐして、飲み込む。


「ダメーー!」

「えっ……」

びっくりパチクリな侍女さんに、ぼくはこれこれ、と手の中のマカロンをアピール。


「こ、これ……このマカロン――」


ぼくは可愛らしいまんまるのパステルブルーをまじまじと見つめた。


――こ、これは危険なやつ。


「サファさま? いかがでしたか?」

「ま、まずい……」

ぼくは真剣な顔で、ゆっくり首をふる。


「まぁ、お口に合わなかったんですね。それでしたら――」

侍女さんが、それなら別のものを、と探し始める。


「ちがうのー!」

「え? ですが、まずいと――」

「無理に召し上がらなくてよろしいんですよ」

「ちがーう」

ぼくは真っ白なお皿に、慎重にマカロンをおいて、がばっと顔を上げた。


「おいしすぎてまずいの!」

「えぇ……?」

ぼくは、お皿をにらみながら頭を抱える。



「なにこれぇ……すごいぃ……」

手が引き寄せられるようにマカロンをつまみ、口の中にいれた。

すると、やさしい味が舌の上にふれる。


「ん……」

そっとかじると、シャリ、と外側が崩れ、中からじゅわっとやわらかい甘さとベリーの味が広がってくる。

そしたらもう――


おくちのなかが、スイートハッピーパラダイス!!


「これはダメなやつ」

「どうしてです? お口に合ってよかったではありませんか」

「マカロン、まだたくさんございますよ」

「ピンク、グリーン、オレンジにイエロー、パープル……全部、飾りもお味が違うのですって」

「うわああああ」


「だめえええ!」

「サファさま……!?」

「これは、だめ! ぜったいに、くせになる味っ!」

ううう、ぼくは、ぼくは――


「もうこれを知らなかったころのぼくにはきっと、もどれないいい!」

「まぁまぁ」

「ふふふ。サファさまったら、そんな大袈裟な」

「本当に。うふふふ」

侍女さんたちは、またまたキャッキャと楽しそうに笑っている。


なんてのんきな!

「ぼくは、こんなお口のなか、スイートハッピーパラダイスを覚えちゃったら、これが普通になっちゃったら……」


ううう、将来のためにも、脱ワガママのためにも、こんなぜいたくを覚えてはいけないというのに!


「これを忘れられなくなったら、どうしようぅぅ!」


「とにかく、これはすごくキケンっ!」


ぜぇはぁ。こんな……こんなおいしいお菓子、ぼくには……くっ!


「サファさま。どうなさったんですか? そんなお皿を遠くにおいやられて」

「これは……くっ……ち、近くにあったら手が、手が吸い寄せられてしまうのでっ!」

「まぁまぁ、お皿の分はぜんぶ、召し上がったらよろしいのに」


そんな、誘惑しないでっ!


「そうですわ。そんなにお気に召したのなら、厨房にお願いして、毎日お出しでき――」

「それはやめてぇぇぇ!!」


そし! そんなスペシャルな甘やかしは全力で阻止だぁ!


「これ以上ぼくを甘やかしてはいけない! ダメダメ、ぜったい……」


言いながら、じぶんで追いやったお皿の上をこそっと目で追ってしまう。

ピンクのはなに味かなぁ。きいろのは……オレンジ……くっ……。


「でしたらサファさま。たまに召し上がるなら、よろしいのでは?」

「た……たまに?」


たまになら、ぜいたくにならないかなぁ……いや、でも――


「3日に1回とか」

「だ、だめ……」

「週に2日ならよろしいのでは?」

「く……だ、だめ……」

「では週に1回にしましょう」

「うっ……」


「さあさ、そういたしましょ。さっそく厨房にお願いしてきますわね」

「え、あ……」


くぅ……侍女さんの気遣いと、ぼくの意思の弱さの板挟みぃ……。


「はぁ」


手にはまだ、マカロンのさいごの一欠片。じいっと見てても増えたりはしない。


ダメダメ、おいしいお菓子とかにメロメロになっていてはいけない。

ぼくはまだ、王宮脱出をあきらめたわけじゃ、全然ないんだから!

でも――


思った以上に、ここから出るのは大変。


ぼくなんか、最初の大門に偶然たどり着いて、そんで警備兵さんに、迷子ですか?送りますよ!ってお世話されるのがせいぜい……。


実際にぃ、本当に迷子になって、結局、警備兵さんに道教えてもらったしぃ……。


そしてぇ、せっかく高いとこに連れて行ってもらって、上から見ても、王宮の果ては見えなかったしぃ……。


絵本のオルゴールくんはぁ、立派に自分で自分を直したんだよねぇぇ。ぼくも、将来ここをでて立派にぃ……じゃなくても、こっそり平和に暮らそうって決めたのにぃぃ。


はぁ……。やっぱり、絵本みたいにはうまくいかない。

現実ってキビシい。


「まぁ、しょうがない」


冤罪事件まであと10年。どうせ脱出ルートを見つけても、今すぐには出ていけないし。あせらずいこう、うん。


これは決して、どうやってもムリムリのムリそうだから、いったんお預けにしてる……とかではない。決して……うん。



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