妖精さんはたいへんだ(1)
「ありがとう、ルナちゃん」
「ううん、妖精さんが元気になったみたいで良かった!」
俺は、ルナちゃんと別れると、気合を入れる為にパンパンと頬を叩いた。
「まずは、とにかくこの世界の事を知らなければ!」
そして、読者の方には唐突で申し訳ないのだが、既にいくつか分かった事がある。
まず一つ目は、俺が空を飛べるという事だ。
『妖精なんだし、当たり前だろ?』と思われるかもしれないが、最初になんとなく体が浮かんでから飛行のコツを掴むまでに、結構な時間を要してしまった。
ルナちゃんの助力がなければ、日が暮れるまで掛ったかもしれない。
ちなみに空を飛ぶと、一応、人間サイズの種族とほぼ同じスピードで移動が出来るのだが……。
ここからが、分かった事の二つ目である。
空を飛ぶのが大変なのだ。
ただ浮かんでいるだけで、軽めにジョギングをしているのと同じくらい体力を消耗する、と言えば分かるだろうか?
FTOでは当たり前のように飛んで移動していた妖精だったが、実は水面下で相当な努力をしていたらしい。
そして三つ目だが、俺はてっきり妖精の背中には“昆虫の羽”のようなモノが生えていて、それを羽ばたかせて飛んでいるものと思っていたのだが、間違いだった。
実際は、浮遊効果のある光の粒を背中から噴射する事で体を浮かせていたらしく、それが昆虫の羽のように見えていただけだったのだ。
今になって思えば、妖精が移動する際に出る光のエフェクトも、鱗粉の表現ではなく、この光の粒だったのだろう。
面倒なので、今後も『羽』と呼称はするが、一応、頭の片隅にでも入れておいてもらえるとありがたい。
それと最後に、光の粒について幾つか補足をしておくと、光の粒は服など布地を通過するようで、いちいち服の背中に穴を開けなくても良いのは、たいへんありがたかった。
また少々コツが必要だが、噴射を抑える事も可能なようで、噴射を気にせず狭い所に入ったり、布に包まったり、といった事も出来るみたいだ。
ただまあ、噴射を抑えると、妖精なのか小人なのか分からなくなってしまい、妖精としてのアイデンティティが失われてしまうのは、少々問題がある……ような気はした。
最も、FTOに【小人】って種族はいないんだけどね。
……とまあ、転移して早々、紆余曲折あったが、とりあえず飛べるようになった俺は町を散策する事にした。
中世ヨーロッパ風の街並みに、何故か日本語の看板。
人間に獣人に筋肉モリモリマッチョマンと多種多様な人たちが、重そうな甲冑だったり、Tシャツにデニムだったりと統一感のない衣服で歩いている。
この良い意味でも悪い意味でもごった煮な雰囲気が、正にFTOって感じだ。
文化的な背景とか歴史とか、気にしたら負けなんだろうなあ。
「そもそも中世ヨーロッパに、“パンツ”もないだろうし……」
NowLoading……
それから町を探索する事、およそニ時間。
調べれば調べる程、今、俺がいる世界はFTOそのものだった。
見慣れた建物に歩き慣れた道。始めて来た場所のはずなのに、地図がなくても自分が何処にいるのかが、だいたい分かる。
ただ、町を散策していて、一つだけ気になる事があった。
それは、教会で死者の蘇生が行われていないという点である。
FTOではプレイヤーが死亡しても教会で生き返る事が出来た。
一度くらい死んでしまっても、またリセットボタンを押してやり直せば良い。ゲームなら当たり前の事だ。
しかし、街の人に話を聞いても「人が生き返る訳ないじゃないか」と笑われてしまったし、本気で侮蔑の目を向ける者もいた。それは転生についても同様だった。
人は死んだら生き返らない。当たり前の事だ。
この世界がFTOそっくりの異世界なのは間違いない。だが決してゲームではない。
その事は、しっかりと肝に銘じなければならないだろう。
Now Loading……
「はあ……」
思わずため息が漏れてしまう。
FTOで町を散策している時は、あんなに楽しかったのに……。
移動に疲れて、屋根の上で休んでいると、ふと着ていたパーカーのマフポケットに何か物が入っている事に気付く。
ちなみに、今更ではあるが、今の俺はFTOにログインした時と同じ、パーカーにスウェットパンツという、およそ妖精っぽさもなければ、ファンタジーらしさの欠片もない格好をしている。
教会にあった鏡で確認したが、顔や体つきも(手乗りサイズで、背中に羽があるという以外)特に変化はない。
「はあ……」
俺は、もう一度、ため息をつくと、ポケットに手を突っ込んだ。
ポケットの中には、メモ帳の切れ端が入っていた。
……切れ端には、以下のように書かれていた。
『拝啓 ダーク君へ。一度、受け取った物を返却するというのも不躾かとは思います。
ですがやはり、いただいたエニーは、お返しする事にしました。
ダーク君が再びFTOの世界に戻ってくる事を願っています。
P.S. 実は、聖地巡礼を始めました。よろしければ一緒にどうですか? @セルキー』
「えっ、セルキーさん!?」
セルキーさんというのは、俺がFTOを始めたばかりの頃、一緒にパーティを組んでくれたプレイヤーの方である。
見るからに益荒男といった雰囲気の屈強な騎士の方で、とても格好良い人だった(その割に、HNがちょっと可愛らしい、というギャップも良い)。
オーベロンの立ち上げ以降は少し疎遠になっていたのだが、こうして手紙をいただけたのは素直にありがたい。
おそらくこの手紙は、メッセージボックスに入っていたメール、という事で良いのだろう。
ずっとログインすらしていなかったから、気付かなかった。
返信が出来れば良いのだが、どうすれば良いのだろう? 皆目見当もつかない。
「それはそうと、聖地巡礼かあ」
いかにも冒険好きな、セルキーさんらしい。
「ぜひ、ご一緒したかった……」
呟きながら、セルキーさんの想いに、思わず目頭が熱くなるのを感じる。
だが、それとは別に『エニーは、お返しする事にします』という一文が、どうしても目に留まってしまう。
着の身着のまま、異世界に放り出されて、これからどうやって食べていけば良いか、を真剣に考えていた所だったのだ。
幸い、今の体のサイズなら衣食住にそれほどエニーは必要ない、とは思うのだが、この体でどうやってエニーを稼げば良いのだろう?
普通のプレイヤーと同じように、冒険をしてモンスターを倒したり、ダンジョンで宝を探したり、というのも難しそうだ。
ギルドで受けられる依頼も、かなり数が限られそうである。
そんな訳で、一度は人に譲っておいて、こういう事を言うのもどうかとは思うが、貰えるエニーはしっかりと貰っておきたい。
やはり先立つ物はやはり必要だ!
俺は、再度、手紙に視線を落とした。
俺は、基本的に、FTOでエニーを使うという事がほとんどなかった。
装備などのアイテムは、クエストか課金で手に入れていたし、攻略に不要な、いわゆる嗜好品のような、アイテムもほとんど購入していない。なので、セルキーさんに譲っただけでも相当な金額になるはずである。
しかし、エニーを貰おうにも、そもそもエニーって硬貨なのだろうか? それとも紙幣なのだろうか?
はたまたもっと別の何かかもしれない。
FTOではウインドウに数字が表示されるだけだったので、エニーというのがどういった物なのかさっぱり分からない。
「そもそもアイテムの受け渡しって、どうすれば良いんだ?」
FTOでは、エニーを贈りたいプレイヤーの前でコマンドを選択するだけだったが、やはり直接受け取らなければならないのだろうか?
「はあ……」
今まで盛り上がっていた気分が、一気に下がる。
俺は、ゆっくりと天を仰いだ……すると、ある看板が目に入る。
「預り所?」
預り所、というのは、文字通りアイテムボックスに入りきらなくなったアイテム(武器や防具、希少品を除く)などを預かってくれる施設だった。
「もしかしたら……!?」
俺は、藁にも縋る思いで、預り所の扉を開ける(自動ドア)。
FTOには、戦闘でパーティが全滅すると所持金が半分にされる、というデスペナルティがあった。
しかし、預り所に預けた分はそのルールが適用されない為、エニーを預ける施設としても使われていたのだ。
そして、ここからは、俺がFTOを引退していた時期の出来事なのだが、上記の様に、エニーを預ける“銀行”のような使われ方をしている内に、一部のプレイヤーから、「預り所で、他のプレイヤーへ入金が出来るようにして欲しい」という要望が出るようになった。
その結果『フレンド登録のIDとプレイヤーNOさえ知っていれば、誰にでもエニーを入金できるようになりました』と、どこかのネットニュースで報じられていたのを見た気がする。
預り所の中に入るとATMのような機械が複数ならんでいた。
周りをキョロキョロと見まわすと、戦士っぽい恰好をした人が、機械の正面……タッチパネルのような場所に手を置いていた。
俺は見様見真似でパネルに手を置いた。すると、手の周りに魔法陣のようなモノが出現し、パネルに文字が表示された。
『プレイヤーNO.00015589を認証しました。
本日は、どのようなご用件ですか?
▶アイテムを預ける アイテムを受け取る』
「おお、凄いな!」
異世界のATMにちょっと感動しつつ、『アイテムを受け取る』を選択する。
すると今度は、パネルにこんな文字が表示された。
『現在あなたが預けている、アイテムはコチラになります。
▶100000エニー 薬草×20』
「10万エニーって、マジか!?」
ちなみにエニーの価値だが、だいたい1エニー=100円くらいの設定だ、と以前に開発スタッフが雑誌のインタビューで語っていたのを覚えている。
つまり、日本円でおよそ1000万円! FTOなら家が一軒、購入できる金額だ。
「ふぅ……」
俺は、一先ず、安堵の息を吐いた。
10万エニーもあれば、当面の間は、路頭に迷って死ぬ事もないだろう。
さっきと重複になるが、今の体のサイズであれば衣食住に、それほどエニーは必要ないはずである。
「確か、ハジマーリの町の宿代は、一泊で50エニーだったかな?」
俺は、ATMから50エニーを出金すると、一旦、宿へ向かう事にした。
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