最弱の妖精ですが、ゲームの知識があったのでどうにか旅が出来てます。

安音ハルオ

プロローグ

 『ファンタジートラベルオンライン(通称FTO)』


 美麗なグラフィックと個性あふれるフィールド、そして古き良きRPGのようなシステムで、一時代を築いたオンラインRPGである。

 現在は、一時期の熱狂的な盛り上がりこそ落ち着きはしたが、日本国内のみのサービス展開であるにも関わらず、今以て、そのアクティブユーザー数は数百万とも言われ、オンラインRPGの世界で変わらず強い影響力を誇っていた。


 そんなFTOにおいて、かつて最強と呼ばれた伝説のギルドがあった。

 ギルドの名前は【オーベロン】。

 FTOの中でも選りすぐりの猛者が集まり、ただ純粋に高難度クエストの攻略を目標に結成されたギルドである。


 ―—―俺は、そんなオーベロンの立ち上げメンバーだった。


 FTOの全てを攻略し、徹底的に遊び尽くす!

 ……だが、そんな気持ちで有頂天外していられた時間は、あまり長くは続かなかった。


 きっかけは、些細な事だった。ギルドを立ち上げて、半年ほどが経過したある日。

 一度、高難度クエストの攻略から離れ、集めたアイテムやエニー(ゲーム内の通貨)を使って、何かゲーム内でビジネスを始めようと提案するメンバーと、これまで通り高難度クエストのクリアに専念したいというメンバーとで、いざこざが起きたのである。

 もともと仲良しグループといった雰囲気は皆無で、攻略に関する事以外では、ろくに連絡も取り合わないようなメンバーがほとんどだった。

 一度、亀裂が入ってしまうと、その崩壊はあまりにも早く、拍子抜けするくらい、あっさりとオーベロンは内部分裂してしまったのである。


 そして、気付けば俺は、憑き物が落ちたように、FTOへの興味を失っていた。


 アカウントの削除こそ出来なかったが、持っていたアイテムもエニー(ゲーム内の通貨)も、一部、レア装備と課金アイテムを除き、ほぼ全て、FTOで出来た友人や恩人に譲ってしまったし、雑誌やネットでFTOの情報収集をする事もなくなった。


 そんな俺が、再び、FTOの世界に舞い戻ったのは、これまた些細な事がきっかけだった。


「お兄ちゃん、私が高校に受かったら、一緒にゲームしてくれるって言ったじゃん!」


 うん、可愛い妹に頼まれたら断れないよね!


 もちろん、それだけが理由ではないが、妹が四当五落な勢いで毎朝毎晩、勉学に励んでいた事を知っていたので、合格祝いに、少しくらいは、我儘を聞いてあげたかったのだ。


「じゃあ、一緒にやるか!」


 妹のPCを立ち上げて、FTOのアカウントを新たに作成する。

 それと同時に、携帯機で自分のキャラも作り直す事にした。


「まずは名前だけど、どうする?」

「【深紅の戦乙女】って書いて【スカーレットヴァルキリー】なんてどうかな?」


 唐突な中二ワードに、ちょっと頭が痛くなる。


「そういうのは、後で血の涙を流す事になるから、シンプルなのにした方が良いよ」


 まあ、妹は現在進行形で(まだギリギリ)中学生だし、ある程度は仕方ないんだろうけど。


「お兄ちゃんだって、【暗黒魔導士】って書いて【ダークネスウィザード】って名前じゃん! しかも名前の両端に十字架のマークが……」

「いやだから、自戒の念を込めて忠告したつもりだったんだけど……その、すみませんでした」


 そう言って、俺が下げた頭を、妹が雑にワシャワシャと撫でた。


「俺も、いい機会だし、改名しとこうかな……」



 NowLoading……


 

 それから俺と妹で喧々諤々な議論を繰り広げる事、およそ数分。

 HN(ハンドルネーム)は、俺が【ヨータ】で、妹は【コトリ】に決まった。


「それじゃあ次は、種族と性別と職業だけど、コトリは何が良い?」


 早速、コトリと呼ばれた妹は、なんだか少し嬉しそうだった。


「それじゃあ、私が姫騎士で、お兄ちゃんが妖精さんでどうかな?」


 妹が姫騎士で、俺が妖精……? それって確か……?


「ああ、【姫騎士と妖精】か!?」

「そうそう。お兄ちゃんと一緒に姫騎士と妖精ごっこしてみたかったんだ!」


 姫騎士と妖精というのは、妹が現在ハマっている、ティーン向けのファンタジーノベルである。

 『王家の血を引く美しいヒロインが、身分を偽り、孤高の女騎士として、魔王を倒す冒険をする』といった内容の作品だったと記憶している。

 ちなみに、FTOとも浅からぬ因縁があったりするのだが……それは、一旦、横に置こう。


「申し訳ないんだけど、姫騎士って職業はないから、人間族(ヒューマン)の女騎士で良い?」


 FTOには【転生】というシステムがある。一度転生すると半年は再び転生が出来ないなど、いろいろと制限やペナルティはあるが、課金さえすれば、種族も性別も職業も後から変更が可能なので、手始めにバランスの取れた人間族の女騎士を選ぶのは悪くない選択だろう。


「うん。それで良いよ!」


 妹が満面の笑みで答えた。


「そっか。じゃあ初FTO記念と高校の合格祝いに、お兄ちゃん自慢の高難度ダンジョンで手に入れた超S級装備と、お年玉でゲットした重課金チートアイテム一式をプレゼントしよう!」


 携帯機を操作し、妹に装備とアイテムを贈る。


「え、良いの!?」

「まあ、可愛い妹の為だしね」


 それに、俺にはもう不要な物だしね。


「ありがとう。お兄ちゃん大好き!」


 妹がホクホクした顔で抱きついてくる。まったく現金なヤツめ。

 俺は、妹の頭を雑に撫で返すと、再び、携帯機に目を落とした。


「さて、俺はどうしようか?」


 妖精って種族は、困った事にあるんだよなあ……。


 妖精。体長は、だいたい十から十二センチくらい。攻守ともに最弱の種族で、魔力もそこそこ。

 強いて長所を挙げれば【運】と【回避】のステータスが高いのと、見た目が可愛いらしいくらいで、以前の俺だったら確実に選択しなかった種族である。


 ゲーム情報誌の開発者インタビューによれば、もともと縛りプレイや高難度クリアを求めるプレイヤーに向けて、試験的にプレイアブル種族として実装したそうなのだが、蓋を開けてみると、“とある目的”でFTOにログインしているプレイヤー(後で説明する)に、妙な人気が出てしまった為、現在も“一応”選択できる種族の一つとして残しているらしい。


 前述した通り、種族も性別も職業も、後から変更する事は可能だし、手乗りサイズの妖精が他の種族と比べて圧倒的に弱い、というのはリアルと言えばリアルなのだが、一度、ゲームバランスという単語の意味を、運営に問うてみたい所存だ。


 そういえば……救済措置として、妖精だけが使用できる特殊な魔法が実装されたなんて噂が、一時期、ネットで流れた事があったけど。あれ、結局、何だったんだろう?


「でもまあ……」


 携帯機のモニターにうっすらと映る自分の顔を見ながら、俺は呟いた。

 幸い、新たに課金をしなくても、以前、チートアイテムを購入した際の余りで転生は出来そうだ。


「正直、ちょっと名残惜しくはあるけど……」


 俺は、転生する事に決めた。

 種族の選択画面で、妖精を選択する。


「性別 (男)と職業 (魔術師)は……そのままでいいかな」


 まあ、妹のサポートをするだけなら種族なんて何でも良い。

 ただ純粋に、FTOの世界をゆったりと冒険してみるのも良いかもしれない。

 そんな事を考えつつ俺は、顔や体型、衣装などを用意されていたテンプレの中から適当に選択し、キャラ設定を終えた。


 ……その刹那だった。


 突如、頭の中で何かがバチンッと弾けるような音がした。

 まるでブレーカーでも落ちたみたいに、目の前が真っ暗になって、


「コトリ……」

「お兄ちゃん!」


 俺は、眠るように、意識を失った。






「おかえりなさい」






 ……目覚めると、どこかの草むらで仰向けになって寝ていた。

 夏でもないのに、随分と背の高い草が群生している。

 ここ久しく嗅いでいなかった土の匂いと、粘っこく湿り気の強い風の匂い。

 何度も立ち上がろうとするが上手く力が入らない。全身の関節という関節が悲鳴をあげていた。

 それでもどうにか手を伸ばすと、青空は何時もより随分と高い場所にあるような気がした。

 どうしよう? まだハッキリとしない頭で、俺が思案していた時だった。


「あーっ、妖精さんだ!」


 突如、地響きとともに、雷鳴のような声が降ってくる。


「何だ、一体!?」


 周章狼狽する俺に、追い打ちをかけるように、声の濁流が滝のように押し寄せる。


「大丈夫、妖精さん? ひょっとして怪我してるの?」


 心配そうな声。

 俺は勇気を振り絞って、恐る恐る声のする方を見上げた。


「女の子……?」


 視界に映ったのは、青空を覆い尽くさんばかりに巨大な少女の顔だった。

 顔立ちこそ幼かったが、その幼さが俺の中の恐怖心を駆り立てる。


「いや、落ち着け……」


 少女が何かするつもりなら、既にしてきているはずだ。

 それに、一応、会話も可能っぽいし……。

 

「えっと、君は誰かな?」


 俺は、少女を刺激しないよう、出来るだけ優しく言った。


「私? 私は、ルナだよ。今年で十歳!」


 少女……ルナちゃんは、両手を広げながら応えた。

 真っ黒な瞳に、吸い込まれそうになった。


「そっか。ちゃんと自己紹介できて偉いね……」

 

 それからルナちゃんと見つめ合う事、数十秒。関節の痛みも大分和らいできた。

 まだ飛んだり跳ねたりは無理そうだが、普通に立って歩くくらいなら問題なさそうだ。

 痛みが引くと同時に、恐怖心も薄れ、頭の中も大分クリアになってきた。


 それと、ルナちゃんのパンツが、さっきからずっと丸見えだった事に気付いたりもしたのだが……。まあ、黙っておこう。


 まずは、この有り得ない状況について、可能な限り、知る必要がある。

 そして幸い、会話が可能な巨人が一人、俺の目の前にいる。


 とにかく今は、情報収集だ!


「えっと、ルナちゃん……だっけ? 妖精さんっていうのは、俺の事で良いのかな?」


 正直に言えば、聞くまでもなく、なんとなく気付いてはいた。

 ルナちゃんが巨人なのではなく、


「うん。そうだけど……妖精さんじゃないの? お背中も薄っすらと光ってるし、それって羽……だよね?」


 俺が小さいのだ。


「やっぱりか……」


 俺の脳裏に、ある考えが浮かぶ。

 何時もの俺なら、あり得ない、と一笑に付していただろうが。


「ごめんね。実は、ちょっと記憶が混乱してて……。今いる場所が何処か、教えてくれないかな?」


 俺の問いかけに、


「ここは、ハジマーリ中央公園だよ!」


 ルナちゃんは元気よく答えてくれた。


「じゃあ、ここはハジマーリの町って事?」

「うん。そうだよ!」


 やっぱり……そうみたいだ。


 ハジマーリとは、FTOにおいて、プレイヤーが、最初に召喚される町の一つだった。

 そしてハジマーリの町には、その中心地にFTO百景に数えられている芝生の綺麗な公園があった。

 更に言えば(パンツばかり見てしまっていて)さっきようやく気付いたのだが、ルナちゃんが着ている服も、現代日本で着るには大分ハードルが高そうなディアンドル風で、いかにもFTOに出てくるNPCといった風体である。


 もちろん、まだ確証はない。


「確証はないけど……」


 俺は、目を瞑ると、大きく息を吐いた。

 どうやら俺は、FTOの世界に“妖精として”転移したらしい。

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