第2話  とりあえず状況説明、お願いできます?

くまのぬいぐるみがしゃべった。

というか、動いた。

まったくもって、嘘じゃない。

っていうと、なんか嘘っぽい気がしてくるのはなぜだろう?

まあ、でも、ここはホラー映画の世界なんかじゃない。はず。

だから、動くぬいぐるみが私の首を絞めようとする、なんてことはあるまい。

たぶん。

でも、普通に怖いな、動くぬいぐるみって。

ぬいぐるみが、タンスから、ひょいっと反動をつけて降りてきた。

そして、とことこと私に近寄ってくる。

はっきり言おう。

かわいいとか、まったく思えない。

かわいいのはとことこ、という音だけだ。あと、見た目だけ。

私はじりじりとあとずさった。

しかし、壁に背中からぶち当たってしまう。

「ま、待って。近寄ってこないで。」

震える声でぬいぐるみに話しかけたら、ぬいぐるみは

「なぜです?」

と、首をかしげた。

そのしぐさがいちいち怖いから、と言いたいが、ホラー映画を思い出して、私はだまりこむ。

私、幼いころに、クマのぬいぐるみが包丁を持って、家を歩き回る映画の場面を、テレビで、間違えて見ちゃったことがあるのよ。

そこでぶちっとリモコン切ったから、内容一ミリも覚えてないけど。

ま、そんな感じで、クマのぬいぐるみは、本当にトラウマになっている。

と、ぬいぐるみが自分で答えを出してしまったらしい。

「ああ、確かに、知らない人に言い寄られるのは怖いですよね。

 僕の名前は、アクトール・シュン・リンフォーです。」

うん、全然違う。そうじゃないんだよ!

解釈の仕方が根本的に間違っている!

しかも人じゃないよね?ぬいぐるみでしょ?

ってか、ちゃんとした名前があったんだ。

めまぐるしく、そんなことを考えていると、

「あなたのお名前は?」

と、ぬいぐるみが訪ねてきた。

耳がかわいらしく揺れている。

私は、心を落ち着かせた。

そうよ。このぬいぐるみは、たぶんロボットとか、何かなのよ。

今は、科学が発達しているって聞くし、喋れたり動けるロボットがいたって不思議じゃない。はず。

それに、このくまのぬいぐるみさんはホラー映画のぬいぐるみではないし。

さて、そんなわけで、不安要素は消えた!質問には、お答えしないと。

「えーっと、私の名前は、………名前は?何だっけ?」

あれ?名前が思い出せない。

いやいや、一か月前に食べたごはんとかでもあるまいし、名前が思い出せないのはおかしいでしょう。

でも、思い出そうとすると、霧がかかったみたいに思い出せない。

え……?どういうこと…?

困惑する私を見て、ぬいぐるみが顔を蒼白にした。

「も、もしかして…。」

なに、もしかして、って。

何か怪しいことでもしているっていうの?

いや、私が横断歩道から知らないところにいて、なおかつ、この体が私の体じゃないっていうのは、確かに、とーっても、怪しいことだけど!

ぬいぐるみが、私に、慌てたように腰を折ってきた。

「も、申し訳ありません。もしかしたら、呼び出す際に記憶があいまいになってしまった部分があるのかもしれません。」

は?呼び出すって何?記憶があいまいに?何のこと?

ますます困惑している私を見て、ぬいぐるみがきちっと背筋を伸ばした。

「とりあえず、一から説明させていただきますね。」

私も、状況説明が欲しいと思っていたところだったので、軽くうなずき、背筋を伸ばした。

なんか、普通じゃない世界に、足を踏み入れてしまった気がする。

もちろん、普通なんて誰にも決められたことじゃないけど。

あと、私の決断でここにいるわけでもないし。

でも、同時に未知の世界にわくわくしている自分もいる。

わけもわからない、この世界で、私は耳を傾けた。






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