第21話 タローが! 木を切る! ハイハイ!
神聖歴578年 冬の中月 15日
1年で最も寒さが厳しくなる冬の中月。冬が本格的に始まる前に食生活改善や隙間風対策を行ったり、薪を補充できたお陰で今年の孤児院は去年よりも格段に過ごしやすくなっている。
商業都市サニムはこの時期海に氷が多く出ており、船もほとんど出せないため街通りも常の賑わいを忘れて静まり返る。常に騒がしいサニムが唯一静かになるこの時期はサニムの冬休みと呼ばれており、サニムに居を構える人々はこの時期に普段は取れない纏まった休みを取って体を休めるのが通例である。
例年ならば孤児院の人間もこのまま寒さが和らぐまで耐え忍ぶ生活をしていたのだが……
今年はちょっとだけ事情が変わってきている。
パン!パン! と森の一部で手拍子が鳴り響く。手拍子を叩くのは孤児院の年長組男子たちであり、彼らは音頭を取る豚人種のピッグスの歌声に合わせるように手を叩き合いの手を叫ぶ。
「タローが! 木を切る! ハイハイ!」
「「「ハイハイハーイ!!」」」
手拍子の音に合わせてカーン、カーンと斧が木に叩きつけられる音が鳴り響き、やがて木が自重に負けて倒れそうになった瞬間、ピッグスたちは大きな声で「たーおれーるぞー!」と叫んだ。
その様子を遠目に眺めていた厚着をした外街の市民たちがやんややんやと囃し立てる中、もっこもこの外套に身を包んだロゼッタが声を張り上げた。
「エリー! 水魔法で水気抜き! クマとブタはそっちの水気が抜けた木を運びなさい。タローは少し休んで木の水気抜きと移動が終わった木を斧で細かくしてちょうだい。そこの愚民ども! 今日作られる薪はレンツェル神父とイールィス家による援助よ! 一つかみ銅貨1枚の格安で売ってあげるからちゃんと感謝しなさい!」
「クマっていうなー」
「ブタって呼ぶな!」
冬場の森の傍は例年になく多くの人でにぎわっている。その原因は、レンツェル神父によって俺が言い渡された伐採鍛錬によって起きた事だった。
レンツェル神父に渡された斧での伐採は、非常に辛い作業だった。慣れない獲物。しかも大人用のそれは持ち手のサイズも合わないため、振るうだけでも一苦労だ。木刀の素振りで手はそこそこ頑丈になっていた筈が、あっという間に豆が出来、潰れてまた新しい豆が出来と両手は常にどこかしこが痛みを訴え続けていたし、斧の持ち手は常に俺の血で染まっていた。
「アンタ、それ。大丈夫なの?」
「うん。ちゃんと水洗いしてるし、消毒もしてるから」
「消毒……? 良く分かんないけど、商人になる気じゃなかったの?」
最初の頃、ぼやっとしたキャンプの夢で消毒液が出てきたのはこういう時にありがたい。当時キャンプに行きたいと駄々をこねた癖にまるでキャンプ設営を手伝わなかったお局様が救急箱その他を俺に押し付けてきたときには殺意しか湧かなかったが……まぁ。助かってはいる。
ただ、薬品系は地味に信力の消費が激しいのと、こっちの世界の人に効果があるか分からないのがネックではある。消毒液は森歩きをしていた時、全身に出来た擦り傷で少しずつ試して効果がありそうだったから使っているが、
誰か治験に協力してくれれば話は早いんだが、そうなるとこの薬の出所がどこからかって問題も出てくるから中々難しい。ロゼッタ辺りに頼むと借りになっちゃうから頼みにくいしね。
話を戻そう。ロゼッタは少し前のやり取りで俺が商人を志してると思ったみたいだけど、俺としては商人でもなんでも自由に生きることが出来ればそれでいいのだ。少なくとも妹が綺麗な服を着て幸せな顔で嫁に行くのを見るまでは自由でいたい。
あ、いや。妹をもし旦那が泣かせたら○○○げふんげふん。慰めに行かないといけないからそのくらいの自由は欲しいな。やっぱり自由だ。自由が一番。
自身の自由を手に入れるために力も欲する。商人であるロゼッタは金で安全を買えと言うだろうけど、最終的に自分の身を守るのは自分自身の力だ。森の中を妹抱えて逃げるというのが未だに最後の選択肢になる俺としては、そこらの奴は指先一つでダウンできるくらいの力は欲しい。
そのため、レンツェル神父が言い渡した木こりの真似事なんて事を5歳児の身でやっているわけだ。
ここまでがこのお祭りみたいな状況を作った土台の部分で、俺としては鍛錬のつもりで今も継続してる。力もガンガン伸びてるからね。
この状況に陥った理由の一番初めはピッグスだった。
「タローが木を切る! ハイハーイ! アハハハハッ!」
「んだぁこのブタァ」
「ちょっ! 斧向けないでよ!」
冬は暇だ。引きこもるしかやる事が無いからしょうがないんだが、普段は街に働きに出ている連中も孤児院に戻ってきて暇をしている。妹が退屈しないようにいくつかコンビニおもちゃを信力で出して孤児院の連中も一緒に遊ばせているのだが、中にはコイツのように俺を冷やかしに来る奴も居る。
人が両手を痛い思いしてるのになんだコイツ、喧嘩売ってるのかと思ったが、ピッグスは揶揄い目的じゃなく俺が伐採した木が目的だったらしい。
「これ! これ勿体ないよね! 薪にして売ろうよ!」
「水抜きしてないからバラすの手間かかるよ? うちの孤児院、水魔法使える奴いたっけ」
「ほら。タローの良い人いるでしょ。あの娘も巻き込んでさ! どうせ暇してると思うしきっと二つ返事だよ!」
「良い人じゃないんだけどね」
ピッグスの提案はまぁ、理にかなってるものだった。俺としてはこの冬は収入なしで地力を鍛える期間だと思っていたから、それが多少でも収入になるなら、というくらいの感覚だ。
ラーメンデリバリーの際にダリルウさんやロゼッタにも話を通して見たら、二人ともやっぱり暇をしていたらしい。同じように暇している子飼いの水魔法使いをつれて一度現場を見に来るという事になり、そして次の日。
「タローが木を切る! ハイハイ!」
「「「はいはーい」」」
「おお、歌い手がいるのか。ハイハーイ!」
単に木を切るのを眺めるだけじゃつまらんという理由で歌いだしたピッグスと、木をバラす際の人員として呼ばれた年長組男子が合いの手を入れ始めたのが最初だった。その様子に意外とノリが良いダリルウさんものっかり、わいわいと木を切っているとなんだなんだと森近くに居を構える外街の住民が見物にやってきたのだ。
人が集まれば騒がしくなる。騒がしくなれば人は集まる。眠るように静かだったサニムの一角はこうしてどんどんと人が集まり、気づけば一種の祭りのような状況が続いていたのだ。
この状況を見てダリルウさんは商家の主としてピーンと来るものがあったらしい。現場の差配をロゼッタに任せて、ここを回し切って見ろと命令。自分は参加の飲食店等に声をかけて、即席の屋台を幾つか出し始めた。
冬場の外であるから暖も居る。森近くの複数個所で火も起こしたので、寒くなった見物客はこの火で暖を取り、同じように暖を取る人と話、体が温まったらまた見物に戻ったり屋台の商品を物色したりし始める。
途中からは何故か勝手に本職木こりも参加してきたので、今じゃ俺と複数人の木こりによる伐採祭りとなっており、それぞれの木こりにはその家族などが囃子として声援を送っている。薪が追加されたため暖を取るための焚火も増え、更にダリルウさんが開けた場所に大きなキャンプファイヤーのような焚火を設置。そこで思い思いに楽器を持ち寄った市民たちが演奏をし始めた辺りで気付いた。
「これ縁日だぁ」
「エンニチ? 緑の日ってなによ」
屋台で買ってきたサニム名物イカゲッソの丸焼きを食べながらそう口にすると、同じようにイカゲッソの丸焼きをお上品に齧っていたロゼッタがそう尋ねてくる。おっといけない、ついつい前世の知識を口に出してしまったな。
「緑の日というのはね。枯れた木々を炎で燃やして破壊する事で次の再生と緑の繁栄を願う遥かな東方にあるという黄金の国ジパングの催事の事だよ。船乗りがそう言ってた気がする」
「ジパング……私、世界地図見たことあるけどそんな国あったかしら」
「もぐもぐ。おいひぃ」
「おお、美味しいなぁシスティ。イカゲッソは好きか?」
「すき!」
口周りをべたべたと油で汚しながら、妹はイカゲッソを美味しそうにほおばった。流石にこの場でラーメンを出してやれないからな。主食がないのは少し申し訳ない気持ちだが、妹が幸せそうだからまぁ、うん。仕方ないしな。うん。
ジパングジパングとぶつぶつ言っているロゼッタがそろそろ俺の嘘に気付きそうだから、彼女の手を取って大きな焚火の方へと歩いていく。こういう時は運動させて他の事を忘れさせるのが一番だ。学校のキャンプファイヤーではマイムマイムの太郎ちゃんと呼ばれた実力を見せてやるぜ。
――――――――――――――――――――――――――――――
@paradisaeaさん、@Nissanさんコメントありがとうございます。
更新の励みになるのでフォロー・☆評価よろしくお願いします!
タロゥ(5歳・普人種男)
生力20 (20.0)
信力49 (49.6)
知力16 (16.0)
腕力20 (20.0)
速さ20 (20.0)
器用18 (18.5)
魅力15 (15.2)
幸運10 (10.0)
体力20 (0.0)
技能
市民 レベル2 (62/100)
商人 レベル1 (89/100)
狩人 レベル2 (50/100)
調理師 レベル2(72/100)
地図士 レベル1(30/100)
薬師 レベル0(65/100)
我流剣士 レベル0(55/100)
木こり レベル1(12/100)
スキル
夢想具現 レベル1 (100/100)
直感 レベル1 (21/100)
剣術 レベル1 (35/100)
フォークダンス レベル2(89/100)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます