第22話 娯楽……娯楽……
神聖歴578年 冬の終わり月 30日
厳しい冬が終わり、寒さも大分和らいできた。サニムを覆っていた雪も姿を消し、森を歩いていると雪の下に埋もれていた新しい緑が日を追うごとに成長しているのが実感できる。
冬の終わり月の最終日は一年の最後の日で、この日と春の始め月の1日はほぼ全ての仕事が休みとなる祭日だ。つまるところ年末年始だね。
「それではみなさん。今年も無事、この日を迎えられたことをマリア様に感謝しましょう。祈りを」
「「「祈りを」」」
レンツェル神父の言葉に合わせて、孤児院のメンバー全員がマリア様の像に向かって祈りを捧げる。マリア教の関連施設では年末に一年が終えられた事の感謝を行い、年始に一年が無事に過ごせるようにマリア像に願いを捧げるのだ。この二つを合わせて祈りの儀式と呼んでいる。
祈りの儀式が終わった後は各自、仕事をしないでのんびりと過ごすことが義務付けられている。これはマリア教の教えの一つで、年末年始くらい自分のためだけに時間を使えとマリア様が言った事から作られた風習らしい。
マリア教自体にはそれほど興味がないけど、マリア様が言った言葉は中々尖っているものが多くて面白かったりする。殴られたらグーで殴り返せ! とか男ならタイマンが至上だろ! とか聖典に書かれてた時はびっくり通り越して笑っちゃったよ。あ、もちろんもっとオブラートに包まれた書き方だけどね。俺は密かにマリア教の聖典をマリア語録と呼んでいる。
さて、話を戻してだ。この後の時間は本当に一日なんにもやる事が無い。この一年続けてきた森での活動も今日と明日は禁じられているから、俺の予定は妹に美味しいラーメンを食べさせる、以上! という具合になっている。
「アカンな。ふわふわしてる」
「兄ちゃ、ぽんぽんいたい?」
「大丈夫。痛くない」
ずっと走り続けていたせいで、休むってのがなんだか不思議な感覚になっている。あまり良くないな。休むことが出来ない人間は脆いんだ。前世の記憶だが、真面目で働き者な人ほどなにかの拍子にひび割れてダメになっていくのを何度も視た事がある。今の自分は確かに休む暇もない状況だが、こういう時だからこそ心には余裕を持たなければいけない。
なにかをしよう。そう漠然と結論付けて、しかしなにかをするにしてもやれることが全くない事にも気付く。この世界は娯楽に満ち溢れていた前世の世界と違って、碌な娯楽が存在しないのだ。なんなら大衆に最近一番楽しかったことはなにかと尋ねたら「悪党の処刑!」とか大きな声で返事が返ってくる世界だ。つい先日やった祭りっぽいアレだって、単に木こりが木を切ってるだけなのにお祭りみたいになったけど、あんなんで人が集まるくらいには何もやる事ないんだ、この世界は。
「娯楽……娯楽……」
妹を抱っこしながらぶつぶつとそう呟いていると、妹が「ごらくーごらくー」となんだか良く分からないテンポとテンションで歌い始めた。可愛い。思わず妹の頭を撫でると、そういえばこの世界に来てから歌を聞いた事がなかったな、と思い返す。
いや、吟遊詩人とか芸人が歌ったりするのはあるんだ。同じ孤児院仲間のピッグスは芸人小屋に出入りして小間使いみたいな事をしてるし、そこから話を聞いたりもする。ただ、吟遊詩人の歌なんかは俺の前世でいう所のオペラみたいな感じで、演奏しながら緩急をつけて物語を語る感じなんだよね。
俺のイメージする歌。まぁロックとかポップスは流石に時代を飛ばし過ぎだけど、学校で習うような童謡めいたものもこの世界では聞いた事がないのだ。こないだの木こり祭り?の時のピッグスの歌はかなり近い気がするけど、アレも歌ってるというより囃し立ててるって感じだったし。
歌。そうか、歌か。うん、良いんじゃないだろうか。なによりすぐに出来ていつでも止められそうってのがいい。暇な奴を集めて合唱でもしてみるかな。
「なんて思ってたのになんで全員集まるんだよ」
「だってひまだからー」
「こんな面白そうな事やるに決まってんだろ!」
暇そうなやつ集まれーと集合を駆けたら、ものの数分で孤児院の面々が全員集まってきた。まぁ、当然暇をしてる奴しか居ないわけだから当然ちゃあ当然なんだが、ここまで多いと合唱を纏めるのも大変になる。纏められない合唱なんてただの不協和音になっちまうからな。
この中で歌う事に慣れてる奴なんてピッグスくらいしか居ないから、当然ピッグスがメインになってもらうとして。楽器なしで他の面子も活かすとなると、まぁ出来ることはあまり多くない。
「ピッグスは歌。他は合いの手と手拍子足拍子な」
楽器がないなら作ればいいじゃない、の精神で手拍子と足拍子を実演し、ピッグス以外の孤児院の子供に手拍子と足拍子を仕込む。ズンズンチャッだけで割とメロディーは作れるから、それに合わせてピッグスに適当な歌詞を歌わせてみる。
「俺たち孤児院兄弟皆で年越し最後の大歌騒ぎ♪ マリア様♪ 神父様♪ 今年もありがと来年もよろしく♪ うたえよ兄弟♪ 姉妹♪」
「「「うーたーえーよー兄弟♪ 姉妹♪」」」
讃美歌っぽい感じの歌詞ならまぁ怒られんだろうと適当に作詞してみたのだが、俺以外の孤児院の面々は結構ノリノリでこの良く分からない歌詞の歌を歌い始めた。メロディーに合わせて歌を歌うってのが初めてなんだろう。色々拙く感じるところも多いが、音に合わせてリズムに乗るという事は出来ている気がする。
ああ、やっぱりこれくらい騒がしい方が俺には好みかもしれんな。冬の静かなサニムも悪くなかったんだが、静かすぎて落ち着かなかったんだ。
後は……ちらっと見学していたレンツェル神父に視線を向けると、意外とノリノリで手拍子を叩いていた。良かった、途中で気付いたんだけどこれワンチャン異端認定くるかもって心配だったんだが、杞憂だったようだ。レンツェル神父を怒らせるとそのまま死に直結しかねないからな。今回は大丈夫だったけど、もう少し気を付けとかないと。
さて、この一先ずウィーウィル○ックユーのパクリげふんげふん。オマージュした讃美歌?は好評みたいだし、この路線でもう1曲か2曲やってみようか考えていると、孤児院のドアを開けて近所に住む子供が顔を覗かせているのが見えた。歌声が耳に入って気になってきたって所だろうか。
「入りなよ。見ていくのも歌うのも自由にしていいよ」
知らない顔じゃないし、どうせ向こうも暇を持て余してるんだ。なら一緒に暇つぶしに付き合ってもらう方がいいだろう、と声をかけると、覗いていた子供はぱぁっと輝くような笑顔を浮かべて孤児院の中へ入ってきた。
そしてその後ろから、ぞろぞろとご近所さんご一家が入ってきたときには騙された感が凄かったけど、一人増えるのも五人増えるのも十人増えるのもそんなに変わりな……いややっぱ多いな。結局最後は孤児院に入りきらなくて外で歌う事になったし。
娯楽に飢えてるとは思ってたけど、誰も彼もが予想以上の食いつきだ。これ、なにか新しい商売に活かせないかな?
――――――――――――――――――――――――――――――
@atomoki0426さん、@chambersさんコメントありがとうございます。
更新の励みになるのでフォロー・☆評価よろしくお願いします!
タロゥ(5歳・普人種男)
生力20 (20.0)
信力53 (53.9)
知力16 (16.5)
腕力20 (20.0)
速さ20 (20.0)
器用19 (19.2)
魅力15 (15.8)
幸運10 (10.0)
体力20 (0.0)
技能
市民 レベル2 (69/100)
商人 レベル1 (99/100)
狩人 レベル2 (53/100)
調理師 レベル2(82/100)
地図士 レベル1(33/100)
薬師 レベル0(68/100)
我流剣士 レベル0(63/100)
木こり レベル1(57/100)
楽士 レベル0(1/100)
スキル
夢想具現 レベル1 (100/100)
直感 レベル1 (23/100)
剣術 レベル1 (42/100)
フォークダンス レベル2(89/100)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます