第4話 これがほんとの初任給

 神聖歴578年 春の始め月 9日


 鍛錬を始めたいと言った俺にレンツェル神父は、森で薪にする木の枝を集めてきなさいと言った。この世界にはガスなんて便利なものは存在しないため、料理をしたり暖を取ったりする場合必然的に火を起こす事になる。そのため、薪というものは基本的に通年利用されるものだ。


 当然、俺が住んでいる孤児院でも薪を使っているのだが、うちの貧乏な孤児院だと薪を買うなんて事はもちろんできない。そのため、年長の子供が街の近くの林に入って薪拾いをして孤児院で使う分の薪を集めているのだ。



「タローがまきひろい? あぶないよー」


「がんばる」


「うーん。なら、ぼくについてきてー」

 


 年長組の孤児、ザンムが舌足らずな言葉づかいでそう言った。おっとりとした話し方だが熊人種のザンムは孤児の中でも一番の力持ちだ。そこらの大人にだってそうそう負けないくらいの腕力で、大きな木の枝をぽいぽいと背中に背負った背負いかごに入れていく。


 俺もそれに負けじとザンムの後を追いかけるが、足場の悪い森の中は大人でも歩くのに難儀する場所だ。大人よりもバランスの悪い子供ボディだと本当にしょっちゅうと言っていいくらい転びまくってしまう。


 昼過ぎにザンムが籠を一杯にするまでに都合5回も転んでしまった俺は、全身擦り傷だらけになりながらもなんとか籠の3分の1ほどを薪で埋めて孤児院に戻った。



「ふむ。随分と頑張ったみたいですね、タロゥ」


「神父さま。でも、カゴはぜんぜんです」


「さいしょはそんなものーそんなものー」



 俺の言葉にザンムがそう言って、背負いかごの半分ほどを薪置き場に積んでいく。俺の分もそこに積もうとすると、ザンムはそれを手で制して半分だけ薪置き場に乗せてくれた。



「タロゥ、ちょっとついてきてー」



 ザンムはそう言って半分ほど中身が残った背負いかごを背負って俺を促してきた。言われた通りについていくと、ザンムはサニムの町の外周部。俗にいう貧民街という場所で足を止めた。



「タロゥ、こづかいかせぎ、おしえてやるー」


「こづかい?」


「うん。そー」



 おっとりとした口調でそう言って、ザンムは貧民街の開けた広場に入り、そこで背負っていた籠を降ろす。そうすると、周囲に居た大人たちがぞろぞろと近寄ってくる。



「お、神父様のところの子か。薪売りかい?」


「うん。一つかみで銅貨1まいだよー」


「よし」



 ザンムに声をかけた犬人種のおじさんは、ザンムの籠に手を突っ込み一つかみ、二つかみと拾ってきた木の枝を籠から取り出していく。4回ほどつかんだ後、おじさんはザンムに銅貨4枚を渡した。次の人は羊人種のおばさんで、この人は3つかみ分。ザンムの籠はみるみる中身を失って、あっという間にからっぽになってしまった。



「そっちの坊やも薪売りか? 随分と擦り傷だらけだが」


「はい! はじめてまきひろい、しました!」


「そうかそうか。なら中身を見せてくれよ」



 ザンムの籠が空になったのを見て、薪を買おうとしていたおじさんの一人が声をかけてくる。その言葉に従って背負っていたかごを降ろし、中身を彼に見せると彼はうんうんと頷いて「値段はそっちの子と一緒かい?」と聞いてきたので頷くと、彼は籠の中に4回ほど手を突っ込み、銅貨を4枚渡してきた。


 それで籠の中は空っぽになった。半日働いて、銅貨4枚。昨日ロゼッタに売ったラーメン器は銅貨3枚だったから、それよりは銅貨1枚増えている計算だがアレは本当に例外だ。


 半日働いて、体中に擦り傷を作って、銅貨4枚。これが、俺が本来自力で稼げる金額なのだろう。もちろん、この程度の金では何かを買うなんてできない。貧民街にあるパン屋でパンを一つ買えばそれで消える程度の小銭だろう。それでもこれは、俺にとっての初任給だ。






「にぃに、いたい?」


「いたい。でも、だいじょうぶ」



 貧民街のパン屋で黒くて硬いパンを一つ買った。初任給はあっさりとこれで消えたが、今はただひたすら体力を付けなければいけない。明日に繋げるための出費は惜しむつもりはない。


 さて、現状俺が一日に出来る夢想具現はラーメン一杯が限度だ。ただ、出そうと思えば牛丼大盛くらいはイケる気がする。腹持ちを考えると牛丼を出すのも良いのだが、俺個人のモチベーションのためにもラーメンを出したいと思っている。モチベーションは大事だ。全身擦り傷だらけになっても、帰ればラーメンが待っていると考えると不思議と頑張れるのだから。



「ラーメン、たべるか」


「らーめん!」



 俺の言葉に妹は目を輝かせた。うん、ラーメンは美味しいからな。夢中になるのも当然だ。さて、これだけ期待されている以上はよりおいしいラーメンを食べさせてあげたい所だ。その上で、この買ってきたパンも考える。ラーメンスープを吸わせて柔らかくしてから食べるつもりなのだが、どうせならパンに合うスープのラーメンが食べたい所。


 という訳で俺が頭に思い浮かべたラーメンは、信力を媒介にしてドンっと俺たちの前に現れた。



「しおラーメンだ。こいつは美ン味いぞ~」


「ラーメン!」



 具現化した塩ラーメンはオーソドックスなタイプの塩ラーメンだ。トッピングはネギと卵、それにチャーシューが一枚にシナチクが3つ。シンプルイズベスト。これが塩ラーメンの黄金比と言っても過言ではないだろう。異論は認める。


 さて、まずは。まだ歯がきちんと生えそろっていない妹ではシナチクは食べられないから、卵を箸で細かくしてスープに溶け込ませ、妹に食べさせる。



「ん~!」


「どうだ、システィ」


「おしおのあじ! おいしぃ!」


「そうか。うん、そうだね」



 妹の言葉に嬉しくなりながら、今度は麺を細かく刻んでスープと一緒に食べさせる。もみゅもみゅと口を動かす妹を見ながら、俺もレンゲを使ってスープを一口。うん、あっさりとした味付けに、深い旨味。塩ラーメンはスープを楽しむためにあると言っても過言ではない。このスープを麺に絡ませて、ズルっと行くのが最高なのだ。


 妹と二人、ラーメンを楽しみ、残りはスープになったところでパンをスープに投入。パンが柔らかくなるまでスープを吸わせた後、箸で細かく刻んでレンゲですくう。



「ほら、これもおいしいぞ」


「うん!」



 塩気の強いスープはパンとよく合う。まぁ、麺もパンも小麦だからな。こっちの世界のパンも小麦かどうかは知らないが、食べた感じはそれほど違いはなかったから大きな差はないだろう。



「ふー、おいしかった。ごちそうさま」


「おいしかった!」


「うん、おそまつさま」



 最後の一滴までラーメンを楽しんだあと、少しの休憩。食休みは重要だ。食べてすぐは胃に血が集中して頭がぼーっとしてしまい考えがまとまらなくなってしまう。


 少し休んだ後、さてと気合を入れなおして自分の右手のステータスを表示してみる。



生力8  (8.7)

信力7-6  (7.3)

知力3 (3.7)

腕力1 (1.1)

速さ2 (2.2)

器用2 (2.5)

魅力1 (1.0)

幸運1 (1.0)

体力1 (1.1)



技能

市民 レベル1 (12/100)

商人 レベル0 (1/100)


スキル

夢想具現 レベル1 (3/100)



「んんんん」



 思わず変な声が出た。


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@winter2022さんコメントありがとうございます。



神聖歴578年 春の始め月時点のステータス

タロゥ(5歳・普人種男) 


生力8  (8.7)

信力7  (7.3)

知力3 (3.7)

腕力1 (1.1)

速さ2 (2.2)

器用2 (2.5)

魅力1 (1.0)

幸運1 (1.0)

体力1 (1.1)


技能

市民 レベル1 (12/100)

商人 レベル0 (1/100)


スキル

夢想具現 レベル1 (3/100)

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