第3話 はじめてのしょうばい

 レンツェル神父に連れられてやってきた屋敷は、この商業国家サニムでも有数の大商家、イールィス家の屋敷だった。イールィス家は町の中心一等地にデーンと巨大な屋敷を構えており、現在の権勢をこれでもかと見せつけてきている。入り口の門の上に金ぴかのしゃちほこみたいなのついてるし金はある所にはあるんだなぁ。アレ一つで俺の一年分の食事が買えるんじゃないだろうか?


 そんな明らかに俺とは縁遠い場所で、俺はレンツェル神父と屋敷の主人であるダリルウ・イールィスさんの見ている中、俺より少し年長の少女に完膚なきまでに言い負かされていた。



「まず信力で出来てるって時点でダメでしょ。いつ消えるか分かったもんじゃないのにそんなものに大金出せるわけないじゃない?」


「ぐう」


「真っ正直にそれを口にした点は多少評価するわよ? いきなり消えたりしたら大問題だからそのリスクは負わなかったって、そのくらいの考えは回ったって解釈してあげるけど。商売の場で相手に不必要に情報を与えすぎるのはダメよ。ダメダメ。相手に都合のいい情報を信じさせるのが商売人の基本なんだから。あんた商売向いてないわよ」


「ぐう」


「総合して売り込みとしては落第。けど持ち込んだものは良いものだからその内消えても数回使えれば元が取れる。そのくらいの値段でなら買い取ってあげても良い、が結論よ。わかった?」


「ぐう」



 まいったな。これぞぐうの音も出ないって奴だ。確かに言われてみればこの器は信力。つまり精神力で出来てるわけだから、普通に作られた陶器と違っていきなり消える可能性だってあるわけだ。そんなもの持ち込まれても困るよな。


 それでも多少の値をつけてくれたのは、そういった特大のマイナスを加味してもこの器が魅力的だということ。それと呆れ半分ではあるが馬鹿正直に信力で作りましたという事をいった事へのご褒美くらいの感覚だろうか。これがどのくらい持つのかが分かっていればもう少し話の持っていきようもあったかもしれない。



「うむ。見事な目利きだロゼッタ。相手を納得させる会話の繋げ方もいい。よく勉強しているようだな」


「ありがとうございます、お父様。イールィスの後継者の名に恥じぬよう、これからも精進いたします」



 俺を完膚なきまでに叩きのめした彼女の名前はロゼッタ・イールィス。彼女を褒めたこの屋敷の主、ダリルウさんの娘さんだ。


 ダリルウ・イールィスさんは金の刺繍がふんだんに施された衣服を身に纏った体格のいい普人種の男性だった。齢はそれほど取っていない。それこそ去年盗賊に殺されたの父親と同年代、30前後くらいだろうか。輝くような明るい金髪は衣服に使われた金の刺繍と相まって、見る人に豪華絢爛といった印象を与えてくる。この人がこの商業の街の支配者だと言われれば、なるほどと納得してしまいそうになる。


 そんな父親に似て、ロゼッタ・イールィスは華のある外見の少女だった。父親譲りの鮮やかな金髪に、可愛いというよりも美人というべき顔立ち。10にも満たない年齢だろうに、すでに色香のようなものまで身に纏い始めている。


 ロゼッタは父親へ向けていた



「それで、ええと。確かタロゥよね。どうする? 私はどっちでもいいわよ」


「うります」


「そう。なら、私が買ったわ」



 俺の言葉にロゼッタは自信満々といった笑顔を浮かべて、俺に右手を差し出した。そこに映し出されたステータスと俺のステータスを重ね合わせて、握手を交わす。こうする事によって互いの簡単なステータスを交換することができ、これはこの世界で商談を交わしたり契約を交わす際に良く用いられるやり方だという。



ロゼッタ・イールィス


生力8  (8.2)

信力11 (11.5)

知力15 (15.2)

腕力2 (2.9)

速さ6 (6.3)

器用8 (8.5)

魅力15 (15.8)

幸運1 (1.0)

体力8 (8.5)



 握手を交わした瞬間、相手の名前とステータスが頭の中に浮かび上がる。俺と少ししか年齢が変わらないのに、表示されているステータスは圧倒的なものだった。生力と幸運以外の何一つとして俺が勝るものはない。



「これで交渉成立ね。私、ロゼッタ・イールィスの名に懸けて貴方の商品は扱わせてもらうわ」


「うん」


「……なによ、辛気臭い顔をして。折角商談が成立したんだからもっとシャキッとしなさいよ。アンタ、初めて物を売ったのよね?」



 彼女の言葉に頷きを返すと、ロゼッタは一つ頷いて言葉を続けた。



「どうせステータスの差に怯んだとかそんな感じでしょ? アンタがどう生きていく気か知らないけど、あんたのそれは全ての商人が最初に通る門出みたいなものよ。孤児院で生活してる孤児と大商家の跡取りとして毎日教育を受けてる私。ステータスに差があるなんて当たり前じゃない」


「それは……うん」


「それが悔しいと少しでも思うなら、努力するしかないわよ。私だってまだまだ未熟なんだから」



 前世の知識があるとはいえ今生の俺はろくに教育も受けていない孤児院に預けられた子供だ。そんな俺と大商家の跡取り娘では受けられる教育も大きく違う。差が出来て当たり前だと彼女は言う。


 それは確かにその通りなんだが、やはりというかなんというか。一人の男として、前世では一人前に大人だったものとして、少女にステータスで完敗しているというのはショックが大きいのだ。


 そんな内心をくみ取ったのか、ロゼッタはその可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべて言った。



「まぁ、今日アンタから二束三文で買い叩いたコレを使って私は大儲けするけどね。信力で出来てるなんて言わなきゃそうそうバレないんだし足がつかないように街の市場で売りさばけば10倍は稼げるわ。あんがと」



 数日後。彼女はこの言葉通り使用人を使ってラーメン器を市場で売りさばき、俺に渡したサニム銅貨3枚(現代日本の価値でいうと凡そ300円くらい)どころかサニム銀貨10枚(現代日本換算で10万円)を荒稼ぎしたそうだ。ソースはわざわざ孤児院にまで報告に来たロゼッタ自身である。


 この女、いつか絶対キャーン言わせたる。


 生活のために金を稼ぐ以外に、目標と呼べるものができた瞬間だった。





「鍛錬をしたい?」


「はい。よりょくがあれば、べんきょうもしたいです」


「それは、素晴らしい。勤勉はマリア様も認める美徳の一つ。もちろん協力するよ」



 ロゼッタ嬢とのやり取りは、腹立たしい事も多かったがそれ以上に多くの学びがあった。まず一番大きいのは、今の俺では自身に与えられたスキルすらまともに扱えないという事だろう。


 あの後、夢想具現は数回試しているが、このスキルは文字通り夢に想い描いた事のある物品しか出すことが出来ないスキルだった。一度も夢で見たことがないものは呼び出すことが出来ないし、また呼び出せるものにも限界があるようだ。前世を思い出してからこれまでに夢に出てきた物品を色々出そうと試みているのだが、現状試して出てきたのはラーメンくらいで、それも一杯が一日の限度。それ以上を出そうとすると信力が足りず、頭が痛くなるだけで終わってしまう。


 前世の愛車、タッソルZ(原付)は出そうとしてもなんの反応も無かった。アレが出せたら色々と出来ることが増えそうな気がするし、ロゼッタ嬢をキャーンと言わせることも出来そうなんだが(恨み節)


 まぁ、つまりはだ。俺の自力が無さ過ぎるのが、今の問題なわけだ。


 問題が分かったなら、後は解決に向かって走ればいい。幸いなことに、学ぶという点ではレンツェル神父が居るこの孤児院はとてもいい場所だろう。自力が育てば独り立ちも出来るし妹に良い教育を受けさせて、嫁に出すことだってできる。


 ロゼッタは非常に気に食わない女だが、一つだけ良いことを言っていた。悔しかったら、努力をするしかないのだ。


 さて、まず最初の目標は一日にラーメンを2杯出せるようになる事だな。妹に、とんこつラーメンと塩ラーメンの食べ比べという贅沢を味合わせてやらないとな。


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