恋の伝書鳩(枕草子「好き好きしくて人かず見る人の」より)/白丸の朝帰り

 ※この物語は、都人たちのゆるい日常を、歴史改変×時系列無視×一話完結で綴ります。

 ※伝書鳩が実際に日本で使われ始めたのは江戸時代だそうですが、そのあたりもゆるい目で見てやっていただけたらうれしいです。




 ある日、都大路に突如として青い門が現れた。

 その名も【ツクヨム】――たちまち都の文化人を虜にした。



◇◇◇



 夜明け前の安倍晴明邸。

 晴明の式神・黒丸は、【ツクヨム】で贔屓にフォローしている「せいこ」の新作を読んでいた。

 なぜこんな早い時間なのかというと、「近況帳面ノート」にせいこが書いていたからだ。


『今回は、夜明けが似合うお話です』


 黒丸は、おすすめ通りにしようと思った。

 東の空がうっすら明け始める頃、黒丸は頁をめくった。



【モテまくる彼は】


 モテまくる彼は、昨夜どちらの女性のところにお泊りだったのかしら。

 夜明け前に帰ってきて、眠そうなご様子。

 でも、彼は「あ~疲れた」って、ぐーぐー寝ちゃったりはしない。

 硯を引き寄せて、墨をていねいにすって、筆をとる――

 そう、彼はこれから「後朝きぬぎぬふみ」をしたためるの。

 うわべだけの定型文じゃない。

 ひと文字、ひと文字、心をこめて。

 朝帰り、少し疲れた顔をして。

 しどけないその姿をわたしは見つめる。

 文を書き終えると、彼は小舎人こどねりわらわちゃんを呼び寄せた。

 彼は童ちゃんに耳打ちをする――この文をどこそこへ届けておくれ、って。

 童ちゃんが出かけていったあとも、彼はしばらく庭を眺めて物思いに耽っていた。

 すると、屋敷の奥から「朝食ができました」と声がかかった。

 さて、ここで問題です。

 彼は朝ごはんを食べると思いますか?

 答えは、否。

 なぜなら、いまは食い気に走るときではないから。

 いまはただ、昨夜の恋に想いを馳せるとき。

 彼は直衣のうしだけを軽く羽織って、机に寄りかかっていた。

 静かに本を読んだり、経の一節をひそやかに口ずさんでみたり。

 なんて尊い光景……

 そう思ったところに、あら、

 意外に早く童ちゃんが戻ってきた。

 そしたらまあ、なんてこと。

 彼ったら途端に経なんてそっちのけで、お返事に夢中になっちゃって!

 まったくもう、仏罰がくだるわよ(笑)

 ああ、をかしい。



 黒丸は胸が高鳴った。


 ――小舎人の童ちゃんみたいな恋の伝書鳩になってみたい!


 そこへ、白丸が朝帰りをしてきた。

 白丸はモテる。

 昨夜はどこの女性のもとに泊まっていたのだろう。


 黒丸が目で追っていると、白丸は硯を引き寄せ、筆をとった。

 後朝の文だ。

 これは好機!

 黒丸は白丸に駆け寄り、言った。


「その文、おれがお相手に届けるよ!」


 自分の術で文を飛ばそうと思っていたらしい白丸は、怪訝そうに黒丸を見た。

「黒丸が……?」

「術で飛ばすより、ちゃんと足で持ってった方が真心も伝わるってもんじゃない?」

 われながら説得力のあることが言えたと黒丸は思った。

 白丸は少し考え、「それもそうだな」と頷いた。

「では頼む」


 相手の家を聞き、黒丸は文を手に屋敷から駆け出した。

 途中、ちょっとズルをして瞬間移動も考えたが、思い直して足で走った。



◇◇◇



「お頼みいたしまする!」


 白丸のお相手の家は、総出で黒丸を迎えてくれた。

 黒丸が到着したとき、ちょうど飯が炊けた頃合いで、お相手の女性は黒丸に朝ごはんをすすめてくれた。


「とんでもないことにございまする!」


 黒丸は両手のひらを振って断った。

 そのとき、ぐうと大きな音で黒丸の腹が鳴った。

 女性は「まあ」と口もとに手をやって笑った。

「そんなに走ってこられたのですから、お腹もすいておられましょう」

 ――さあ、ご遠慮なく。女性は黒丸をくれ縁に座らせた。

「わたくしはいまから白丸様にお返事を書きますから、どうぞゆっくりとお召し上がりください」


 出された膳には、炊き立ての飯がほかほかと湯気をたてていた。

 黒丸は手を合わせてから椀を取り、飯を頬張った。


 ――うま!


 またひと口。ああ、温かい。

 噛むほどに広がる旨味。ときおり覗くおこげも香ばしくてよい。

 飲み込むと、腹の中まで幸せになった。

 並んだ菜もみな美味しく、黒丸は箸を止めることができなかった。


 木立で雀が鳴き、朝の陽光がぽかぽかと差していた。

 あたたかな縁側で、腹が満ちた黒丸は少々まぶたが重くなった。


 ――今朝はせいこ様の新作を読むのに早起きしたから……


 ほんのちょっと、横になるだけ。

 黒丸は、日当たりの良いくれ縁に、ほんのちょっとだけ、横になった。



◇◇◇



「お頼みいたします」


 使いの者の声に、白丸が外へ走り出た。

 そこには昨夜の相手の家の牛車が停まり、中から黒丸が眠ったまま抱き降ろされてきた。

「黒丸!?」

 使いの者は、そのまま黒丸を座敷に寝かせてくれた。

 事情を聞いてはげしく詫びる白丸に、使いの者は「いえいえ」と笑いながら、女性からの返事を手渡した。


 白丸は使いの車を見送って、くれ縁に腰掛けた。

 手には、女性からの文。

 さて、どんなお叱りが綴られているやら……

 白丸は文をひらいた。

 そこには、彼女の返歌とともに、こんな言葉が添えられていた。



 ――黒丸さんはお断りになりましたが、無理に朝ご飯をすすめたのはわたくしです。

 文を届けるために、たくさん走ってお疲れだったのだと思います。

 どうか黒丸さんを叱らないでくださいね。



 そこに晴明が通りかかった。

 晴明は、気持ちよさそうに寝こけている黒丸と、女性の文を手にした白丸を交互に眺めた。

「……この状況は?」

 白丸は黒丸の寝顔にフッと笑みをこぼして、答えた。

「まことに、こやつらしいことにございます」


 同時に、白丸はこうも思った。

 我が女をみる目、まことにたしかなりけり、とぞ。

 傍らに、不出来なる恋の伝書鳩――すやすやと寝入りたるさま、いとをかし。



 

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