砂の惑星 三話目「人殺し」
シャンと僕は街である程度物資を集め、僕達は街を出て再び歩き出した。あの時から僕が黙り込んでいるのを気にかけてかシャンがポツリと呟いた。
「さっきのことはすまん、アラン。俺はお前が思うよりも酷い人間なんだ。だからあそこであいつを見捨てた」
「――シャンは酷い人間なんかじゃないよ」
僕がそう言うとシャンは思いも寄らない返答にえ?と素っ頓狂な声を上げた。
「僕ね、さっきのことからずっと考えてたんだ。もしかしたら今こうやって僕が歩いていることは悪いことなのかもしれないって」
「...なんでだ?」
「僕がこの道を歩いていって食料とか包帯とか取ったでしょ。それはこれから来るかもしれない人にとって悪いことだよね。そういうことだと思うんだ」
シャンはよく分からないような顔をして僕のことを見つめていた。僕はうまく説明ができなかったが必死にシャンに伝えた。
「だからね、僕が言いたいのはシャンは僕のことを一番に考えてくれたってことだよ。それはシャンと僕にとってはとってもいいことだけど他の人には悪いことかもしれない...でも、少なくとも僕にとってはシャンはいい人だし、何より嬉しかったんだ」
途中から何を説明しているのか分からなくなってしどろもどろになって、最終的には僕はなぜかシャンに感謝を伝えていた。
「それはっ...だから俺の自己満だって、―――まあ、でもそう思ってくれるなら良いに越したことはないのかもな」
シャンも僕と同じでしどろもどろになっていて、よく見ると頬が少し赤くなっていた。今まで見たことないシャンの様子に僕はおかしくって思わず吹き出した。
シャンも腹を抱えて思いっきり笑ってる僕を見て僕と同じく腹を抱えて笑った。
―――道中、僕は無意識に下の方を見るといつもよりも砂がキラキラと光っている気がした。
僕は気になってしゃがみ込み、光っている物を取り出した。それは銀色に鈍く光った板で僕の顔が歪んだ状態で板に写された。
「シャンー、これなぁにー?」
「それは金属だ。多分鉄かなんかだろ」
「けどなんで砂の中に混じっているの?」
「うーんそれはだな...。――じゃあ昔の話をするか、昔はな今みたいに砂に包まれてなんかなくてさっきの街みたいに大きな建物と緑色の植物、それに沢山の人で溢れかえっていたんだ」
「じゃあなんで今はこんなになってるの?」
「昔の世界は全ての土地を国ごとに分けて暮らしていたらしい。でもある日、大きな2つの国が戦争を起こしたらしいんだ。その戦争はあまりに大きくお互いの土地を破壊し更地にし、ついにはこんな砂だらけになっちまったらしい。もしかしたらアランが持ってるそれも戦争で使われた金属の欠片なのかもな」
そう言われ僕は金属をまじまじと眺めた。戦争...言われてもあまりピンとこなかった。人と人との争いでこんな砂だらけになるのか僕はとても不思議だった。
「それは誰から聞いたの?シャンが前に話してた一緒に旅をしてた人が言ってたの?」
「そうだな、そいつは俺のことを育てたやつでな。今のアランみたいにいろんなことを教えてもらったんだ。この世界のことだけじゃなくて昔にあったのもののこととか」
「ほんと!?何があったの!?」
「例えば仕事も変なのがいっぱいあって人に勉強を教える仕事とか火を消す仕事とかがあったらしい。まあ、結局あいつも前一緒に旅してたやつに教えられたらしいから本当なのかも分かんないだがな」
「火を消す...?魔法でも使うのかな?」
「まあとにかく金属は使えるものもあるからよく下も見てみろ。何かお前に役立つものがあるかもしれない。でもまずは眼の前のことだな」
シャンの言葉に僕は立ち上がり前を向いた。目を凝らすと地平線の先に砦で囲われた建物が何度も煙を吐き出していた。
砦に近づいていき、自然と僕は下から砦を見上げるようになった。遠くからはあんなに小さく見えた砦のあまりの大きさに思わず言葉を失い、これまで以上にワクワクが止まらなかった。
砦では金属の鎧に身を纏った兵士がこちらを見ていた。
「あの兵士の人が目につけてるのは何?あれがメガネなの?」
「メガネはもうちょっと小さいな。あれは双眼鏡って言って遠くのものを見ることができるんだ」
「ふーん。ねえシャン、僕達今から砦の中に入るの?僕も双眼鏡ってやつ欲しいなぁ」
「ああ、食料も減ってきているし何より生きている文明自体珍しいから双眼鏡以外にも色んな物があると思うぞ」
「やたっ!」
僕はそう言って微笑みながらリュックを背負い直して目的地へと足早に向かった。
砦まであとちょっととこまで行くと砦の扉から兵士が二人出てきてこっちを指さして何かを話していた。シャンは僕が不安にならないように落ち着いて話し始めた。
「あっちも外からの人間を警戒しているんだろ。心配しなくて良い。俺が事情を説明するから」
シャンは僕より少し前に出て歩いた。兵士の一人もこちらに向かってきていた。
「此処から先はギルガング様が統治する帝国ギルガングの土地がある。お前らは一体何しに来た」
「俺等はただの通りすがりの旅人だ。物資が減ってきていてここで物資を調達したいんだが、この国は立ち入りが禁じられているのか?」
「......よかろう。だが一度我らと同行してもらおう。それが条件だ」
「別に構わない。ただどこに行くんだ」
「後々分かる」
兵士は振り返り先導して歩き始めた。もう一人の兵士は砦の中から馬車を出して僕達を待っていた。正直初めてこの目で見る馬に興奮していたがそれよりも不安が勝った。僕はなるべく声を落としてシャンに話しかける。
「シャン、これ本当に行って大丈夫なの?なんだか怪しいよ」
「下手に動いたら危害を加えられるかもしれないし物資がないのも事実だ。ここは迂闊に動くな。大丈夫だ。いざとなったら俺が騒ぎを起こす。子供の一人は逃げられるだろ」
「でもシャンが...!」
話している途中で兵士がこちらを振り返ってきたので僕は急いで口をつぐんだ。
砦の目の前まで来て僕達は兵士に促され馬車の中に入るよう言われた。馬車の周りは布で覆われていて周りに見えないようになっていた。
僕は激しい不安を抱えていて咄嗟に縋るようにシャンの方を見た。シャンは決意を固めたような真剣な表情をしていて僕も気を引き締めた。
そうして馬車が動き始めた。馬車の中は僕とシャンとさっきの兵士の三人だけで特に会話することはなかった。僕は暇だったから布と布の間の隙間からなんとか外の景色を覗いた。
外には沢山の人で溢れかえっていたけど活気はなかった。みんな虚ろ目をしていたり怒りに満ちた表情をしていた。街自体も薄汚れていて、ネズミが建物の隙間から出てきていたが空腹なのか機敏に動けていなかった。
ネズミが地面に落ちていた萎びた果物を見つけ、手を付けようとしていたその時、ネズミに気づいた一人の男がネズミを足で思いっきり踏み潰した。その男は生きている可能性を完全に無くすかのように何度も、何度も叩き潰していった。足は血で汚れているのにその瞳にはネズミの姿しか写っていなかった。
僕がその姿を覗いているとさっきまでネズミしか見ていなかったのに唐突に僕の方に視線を向けた。僕は恐怖で咄嗟に顔を引っ込めて身を隠した。
異様な国と異様な人たちに僕の不安は再発したがさっきの男が追ってくることもなく馬車の中はただただ静寂に包まれていた。
目的地に到着したのか僕達は馬車から降ろされた。目の前には先程の景色よりも小綺麗で豪華な建物があった。さっきの光景のこともあってか僕はホッとして胸を撫で下ろした。
僕達を馬車から下ろした後、国外からの人間にはみんな同じ対応をしているのか兵士は淡々と建物の外にいる兵士に話をしていて、しばらくすると建物への門が開けられ僕達は建物の中へと歩みを進めた。
建物の中は外よりもずっと綺麗で僕はその光景に目を奪われた。あまりに大きい照明や天井いっぱいに書かれている絵があったりともう少しこの建物の色んなところを見ていたいという気持ちはあったが兵士に案内され建物内の一室に入った。
部屋には隅っこで座ってペンを持っている男の人と部屋の中心に今まで見たことのない赤色の髪をした男の人が椅子の背もたれ側を向いて座っていた。
彼は少し伸びている赤い髪を結っていて表情は人懐っこそうな見た目で穏やな表情をしていて、なんだかこの国とは似ても似つかわしくなかった。彼は僕達が部屋に入ると軽く微笑んで背もたれの方に体を倒し、話し始める。
「わざわざすまないな、こんな面倒くさいことをさせてしまって。国の外の人間には事情聴取を行うのが国王の法律で定められているんだ。そこに座ってくれ」
僕達は彼の言う通りに椅子に座る。
「俺の名前はガーネットだ。ガーネット・エルモラーヴァ。これでもギルガング第二部隊の隊長をしている。よろしくな。お前らの名前は何だ?」
「俺がシャンでこいつがアランだ。ガーネット、事情聴取ってのは何をするんだ」
「そう焦らなくても始めるさ。―――まあ、まずはこの国について説明しないとな。十年ほど前か。その頃からこの国は国王ギルガングが統治していて特に争いもなく平和に暮らしていんだ。だがある日隣国...つってもかなりの距離離れてるんだけどな。その国、ヴァルハマスがこの国に攻めてくるという情報を手に入れて国王は兵を挙げたんだ。だが結果は惨敗。国は一度ヴァルハマスに下ったがヴァルハマスが俺等の国から物資をある程度奪うことを条件に、独立を許し今の状況になった。事情聴取を行ってるのは俺達は国の外から来た人間がヴァルハマスのスパイなのか警戒しているからだな」
僕は一気に情報が流し込まれ頭がこんがらがった。するとその様子に気づいたのかガーネットが分かりやすい言葉で僕に教えてきて僕もようやく話の内容が掴めた。
その様子を静かに眺めていたシャンは僕が話の内容を理解したことを確かめて再び口を開く。
「独立できたのならヴァルハマスって国はもう戦争する気はないだろ。なんでそこまで警戒しているんだ」
「――俺達が戦争を起こすんだよ」
「なんでわざわざそんな事するんだ」
「俺達はな、物資を奪われただけでなくあいつらに家族や恋人、大切な人の命をも奪われた。物だけじゃないんだ。奪われたものは。だから俺達は国王とともに復讐を誓った」
「争いなんて何も生まない。また死人が増えるだけだ」
シャンは冷静に言葉を返した。すると ガーネットが一瞬、ひどく冷たい目をシャンに向けた気がして僕は思わず体を震わした。
「確かにな。でもそれは体験してない人間が言える言葉だ。実際、目の前に復讐したい人間がいたらお前はそいつを問答無用で殺すだろう?少なくとも俺は殺す。分かるか?俺達は生きる希望を奪われたんだ、だから復讐という新たな希望のために生きるんだ」
シャンはガーネットの言葉に黙り込んだ。その表情は何かを考えているようだった。少し考え込むとシャンは静かに頭を振って彼の方に向き直した。
「実はな、俺も被害者の一人なんだ。俺には兄貴がいたんだ。結構年の差は離れてたけど、俺達兄弟はこんな糞みたいな世界の中でも毎日街の中を走り回ったり遊んだり、誕生日に買って貰ったとても希少な砂糖を二人で分け合ったりして楽しく過ごしてたんだ」
ガーネットはそう言って体を後ろに倒した。椅子ごと倒れそうになるがそんなの気にせず兄弟の思い出を懐かしむように天井を眺めて目を細めた。
だが突然ガーネットの声のトーンが下がった。
「――ある日のことだ。ヴァルハマスが攻め込んでくるという情報を受け兄貴は兵士として送り込まれた。俺はガキだったから参加しなくてよかったし、兄貴も軍の中ではかなり上の地位で行かなくても良かったのにわざわざ挙兵したんだ。俺のことを守るためだとかほざきやがって。俺は一言もそんなこと求めてなかったのにな」
ガーネットは不甲斐なさそうに歯を食いしばった。僕は彼の痛々しい表情に何も言うことができなかった。そしてガーネットは表情を戻し僕達の方に向き直した。
「話が少し逸れてしまったな。俺の説明は以上だ」
「なぜ俺達にそんな話をするんだ。俺達がスパイだったらどうするんだ」
「―――だから今から聞くんだよ」
その瞬間、椅子がガタッと大きな音を鳴らして倒れた。ガーネットは立ち上がりシャンの胸ぐらに掴みかかっていた。
「シャンっ...!」
唐突なガーネットの行動に反応が遅れたが僕は急いでシャンを守ろうとナイフに手をかけるがシャンに手で制され僕はナイフに手をかけたままガーネットを睨みつけた。
そんな僕の威嚇などお構い無しにガーネットはシャンに尋ねた。
「シャン、お前はヴァルハマスのスパイか?」
「...違うな。俺は、俺達はただの旅人だ。少なくともこんなガキにスパイなんて務まると思うのか?」
二人はお互いに睨み合った。しばらく経つと彼が手を離して穏やかな表情に戻った。
「まあ、それもそうだな。疑って悪かった。事情聴取は終わりだ」
あっけない終わり方に僕だけでなくシャンも唖然とした表情を浮かべていた。
「拷問とかもしないのか?」
「拷問したとこでスパイじゃないんなら何も出てこねえよ。確かにジルだったら拷問しただろうけど。あ、ジルってのはさっきお前らが部屋に案内したやつだ。まあ、俺が尋問官で良かったな」
ガーネットは疲れたのか深くため息を吐いた。
「それともシャンは拷問してほしかったのか?」
「いや、辛いのはごめんだな」
「それもそうだな」
ガーネットが笑いながらそう言うと尋問室のドアが開く。そこには僕達を連行してきた、ジルと呼ばれていた男が立っていた。
「おい、ガーネット。確かにそこのガキがスパイである可能性は低いがこっちの男はまだ信用できん。あの悪魔どもはこれぐらいの演技ならできるだろ。」
その言葉にガーネットは呆れたように肩をすくめた。
「そんなの言ったらきりねえだろ。じゃあなんだ?シャンを殺すとでも言うのか?」
「そうだ。」
「はあ、なんでこいつはこんな極端なんだか...まあ待て待て。俺にいい考えがある」
そう言うとガーネットは僕の方に向き直して真剣な表情で話し始めた。
「アラン、お前シャンのことは好きか?」
「まあ...うん。」
「お前には今2つの選択肢がある。シャンをこのまま見殺しにするかヴァルハマスにスパイとして行って情報を抜き取るかだ」
ヴァルハマスに行く。命がけの危険な行為だ。でも、
僕の答えは一つだった。
「僕がヴァルハマスに行く。」
その言葉にガーネットは微笑んで僕の頭を撫でながらジルにこの条件を提示するとジルは渋々それを受け入れて、上に報告してくると言い部屋から立ち去った。
するとシャンが口を開く。
「アランの身の安全は保証できるのか」
「道中までは保証する。だがヴァルハマスに入った後は分からない。なんせ一度負けた相手だ。そう簡単に偵察に行くほど間抜けじゃない。だから何もわからない。だが子供ならもしかしたらと思ってな」
「完全に保証できないなら俺からも条件を提示させてもらう」
「シャン...お前の立場は捕虜なんだが...まあいい。聞いてやるよ」
「俺達二人の望む物資を報酬に渡せ」
「......それくらいであいつらに復讐できるなら構わないぜ」
ようやく長い尋問に終わりが近づきガーネットは長く息を吐き胸のポケットから煙草を取り出した。
「シャンもいるか?煙草は貴重だから中々吸えねえぞ」
そう言って煙草を差し出すとシャンは無言でそれを受け取りリュックからマッチを取り出して火を付けた。
ガーネットは煙草を深く吸い込み、大きく煙を吐いた。途中でむせたのか後半は軽い咳が混じっていた。シャンも静かに煙草を味わっていた。僕は煙草を吸わないから分からない世界だったし体に悪いらしいけどちょっぴりかっこいいと思った。
「なあ、アラン。この国を始めて見た時、お前はどう思った?」
ガーネットに急に尋ねられて驚いたが僕は思ったことを口にした。
「なんだろう...すごい怖かった。怖かったし...なんか悲しい感じだったな」
「そうだな。――なんでこんなことになっちまったんだろうな」
「え?それはヴァルハマスの人たちが戦争を仕掛けようとしたからでしょ」
「そうだな...」
ガーネットは煙草を吸って再び息を吐いた。僕は煙の匂いにむせ返りそうになった。
「でもな、仕掛けようとしただけなんだ。まだ攻撃してもいないしもしかしたらギルガングが嘘の情報を流して侵略して、土地を広げたかっただけかもしれない」
その言葉に部屋の隅で話を聞いていた男の人が突然立ち上がった。
「ガーネットさん!今の発言は国王に対しての冒涜です!どういうおつもりですか!」
「もしもの話だよ、もしも。そうかっかすんなって」
彼をなだめてガーネットは僕の方に体を向き直した。
「何が言いたいかっていうとな。この戦争が終わったら俺達はどうなるんだろうってことだ。国はこのまま貧しいのか。国王はまた戦争を起こすのか。俺は何のために生きていくのか。起こってしまったものはしょうがないし今はこの復讐を辞めるつもりはない。新たな希望が生まれなきゃこの先、俺は多分復讐を続ける。けどヴァルハマスが滅びたら俺の復讐の相手は消える。だからそうなったら俺は兄貴を殺した可能性のあるやつを全員殺す。相手が誰であろうとな」
僕は何が言いたいのか理解ができなかった。まだ頭が悪いからガーネットがどんな事を考えてるのかよく分からなかった。でも、僕には一つの疑問が浮かび上がった。
とっても単純なことだけどそれが大事なことな気がしたんだ。
「それをしてお兄さんは喜ぶのかな」
アランの言葉に俺の目が大きく開く。そして俺はフッと軽く笑って頭を抱えた。
「無邪気って恐ろしいな」
考えることがまた一つ増えてしまった。
一旦、シャンとアランを宿泊室に案内させて俺は尋問室で背もたれに体を預けて脱力していた。そこにさっきメモを取っていた名前も知らない兵士が話しかけてくる。
「ガーネットさん、先程の発言は冗談だとしても許されません。報告するとこに報告しておきますからね」
俺は深くため息を吐く。これだから極端なやつは困る。こっちは色々考えて模索しているのになぜそう答えを一つに決めたがるのか。
「考えすぎて疲れたな...ちょっと息抜きでもするか...」
そう言って俺は立ち上がる。
「報告は俺がしとくよ。」
そして俺は拳銃を取り出し男に向けて引き金を引いた。
僕は今隣国のヴァルハマスへと馬車で向かっていた。馬車にはガーネットとジルがいてシャンは捕虜として国に預けられているためここにはいなかった。
ガーネットに馬車の中で作戦について説明された。僕は物資を求めて来た旅人という設定でヴァルハマスに潜入する。ギルガング帝国側から来ると怪しまれるから僕は真反対の方向から長い時間を掛けてヴァルハマスへと向かうという作戦だ。
僕は伝えた情報が本当か確かめるまではシャンは解放されないらしい。
「じゃ、俺達はここまでだ。アランくれぐれも死ぬなよ。シャンが悲しむからな」
ヴァルハマスから見えないギリギリのところで僕は降ろされた。僕はガーネットに別れを告げヴァルハマスへと向かって歩き始めた。
今までの旅で歩くことには慣れていたけどシャンがいない旅には慣れることはなかった。
そうして8時間ほど歩き、クタクタの状態で砦の近くまでやってくきた。砦からは大きな建物が顔を出していた。建物を眺めていると砦から一人の鎧を着た兵士が台車を引きずりながらやってきた。どうやら彼は老人らしく髭は白く染まっていた。
「どうしたんだ、君!こんなところまで一人で来たのか!?」
「はい...僕、一人で旅してて...食料が尽きたからここで何か食べられないかなって。お願いしますっ...!何でもしますからどうか食料だけでも恵んでください...!」
精一杯の演技で懇願したがスパイと疑われて殺されるのではないかという恐怖がうずまき、兵士の反応を待った。
「子供がそんな頭を下げるんじゃない。寂しかったろう。ほら、私の家に来なさい」
そう言って兵士は僕を台車に乗せてヴァルハマスへと向かい始めた。意外な反応に少し戸惑ったが安全に侵入できそうだったので安心した。
砦をくぐり抜けるととてものどかな街並が広がっていた。やはりギルガング帝国と同じく砂が多かったけど、畑もあり畜産もしていてみんな楽しそうに働いていた。子供は走り回っていたり、小川の水で遊んでいたりして楽しそうにはしゃいでいた。
街の人は僕の姿を認めるとにこやかに挨拶をしてきて僕もそれに応える。今まで過酷だった世界の中、ここはとても穏やかで幸せに満ち溢れていた。
小一時間ほど台車に揺られ彼の家らしきとこに着いた。
「ここが兵士さんの家なんですか...なんか、大きすぎじゃないですか...?」
「私はファムズと言うから名前で呼んでいいよ。ここは孤児院でね。前にあった戦争で身寄りがなくなってしまった子供を私が育てていて私の家でも子どもたちの家でもあるんだ」
僕は台車から降りてファムズさんといっしょに孤児院の中に入った。その音を聞いてかたくさんの子供達が駆け出してきてファムズさんに抱きついてきていた。僕も何故か巻き込まれて4、5才くらいの子供が僕に抱きついてきた。
「ファムズさんおかえり!」
「仕事疲れた?」
「今日のご飯なぁに!?」
みんなファムズさんにたくさん話しかけていてファムズさんも一つずつ質問に答えていた。
「ファムズさん、この人だれー?」
「この子は一人でここまで旅してきたんだって。えーと、名前は...」
「あ、アランです」
「そうか、アランか。いい名前だ」
「ねー!アラン!抱っこしてよ!」
僕は受け入れられるか心底心配だったが一人の小さい褐色肌の女の子が抱っこを要求してきた。僕は壊れ物を扱うようにたどたどしくもしっかり抱き上げる。すると、その子はキャッキャッと楽しそうにはしゃいでいた。
意外とすんなりと受け入れられ、僕は孤児院のみんなの生活に混ざった。
昼ご飯を食べた後、外でみんなで楽しく遊んだ後に洗濯物を干して、街の人のお仕事を手伝う。そうして一瞬かのように一日が終わり夕食の時間になった。
僕は最初に抱っこした女の子、ナターシャに随分気に入られたのか夕食の時も隣りに座って僕に食べさせることを要求してきた。何故か僕は悪い気がしなかったので食べさせるとナターシャは嬉しそうに笑った。
夕食も終わりテーブルから席を立って食器を片付けようとしたがナターシャじゃない方の隣の席の女の子が僕の袖を掴んで止めてきた。するとファムズさんが大きな声で話し始めた。
「国王のお陰で今日も一日を乗り越えることができました。子供たちも国王に感謝しましょう」
ファムズさんがそう言うとみんなが静かに祈り始めた。僕は何がなんだか分からず隣の女の子に話しかける。
「えっと...ごめん、君の名前は?」
「私はサナ」
「サナ、わかった。サナこれって何をしているの?」
「国王様に感謝のお祈りをしているの」
「そういえばアランにはまだ話していなかったね。国王様は私達民のために戦争から守り、家畜を他のところから持ってきて植物を育てて水を与えてくださってるんだ。だから朝と夜に一回ずつお祈りをしているんだ」
ファムズさんの話を聞く限りこの国の国王はギルガングとはイメージが全然違かった。でも、この光景を見ればどれほど生活が充実してるものなのかは分かった。
「みんな、今日は寝る前にアランに旅のお話をしてもらおう」
ファムズさんがそう言うとみんな聞きたくて仕方なかったのか飛び上がり、急いで食器を片付け始めた。
少しずつ過ごしていくごとに僕はみんなからだんだん好かれるようになった。だけど少しずつ終わりが近づいていった。
ある日のお昼前、僕含む年上の人は洗濯物を洗っていてナターシャたちは楽しそうに遊んでいた。サナはその様子を洗濯しながら嬉しそうに眺めていた。
「私ね、この孤児院が大好きなの」
サナがポツリと呟いた。
「みんな家族が死んじゃったり悲しいことがたくさんあったけどこうやってみんなで頑張って働いてナターシャとか小さい子供たちと遊ぶの。こんな平凡で楽しい日々は何にも代えられないなって」
「急にどうしたのサナ?」
「明日、旅に出るんでしょ。引き留めようかなって思って。だってここにいればずっと楽しい生活が送れるんだよ。一人で旅するのはきっと寂しいし、みんなも寂しいよ...」
その言葉に僕の心が揺らいだ。でも、シャンを待たせている。僕はシャンを裏切ることだけはできなかった。
「ごめん、待たせてる人がいるんだ。必ず会わなくちゃならない」
「...そっか。」
サナは納得したように頷いた。
「でもまたいつか会いに来てよ。ナターシャ、君に会えないと多分いっぱい泣くだろうし」
そうしてお昼ご飯を食べて街のお仕事の手伝いをナターシャと手を繋ぎながらしていた。小川の水をバケツで汲んできて畑の方に運ぶ簡単な仕事だ。僕はバケツの中に入った水を溢さないように慎重に歩いていた。
「アラン、ほんとに明日いっちゃうの?」
2日前くらいからナターシャはたどたどしい言葉でずっと確かめるように聞いてきていた。
「そうだね、行かなきゃいけないから。」
すると突然、ナターシャが僕に抱きついてきた。僕は突然のことに驚いて、バケツを倒してしまった。バケツからは少量の水が流れ出ていてその水が植物や花の咲く土へと染み渡って広がっていく。
「絶対、また会いに来てね」
僕は取り繕って返事しようとした。
「うん、また...あお...」
言葉がうまく出なかった。視界がぼやける。ただひたすらに涙がこぼれていた。ナターシャは僕のことを不安そうに眺めていた。
僕はもうとっくに我慢の限界が来ていたんだ。僕は座り込んでナターシャの肩を掴んで泣きじゃくった。
「ごめん、僕には大事な人がいるんだ。ファムズさんやサナ、ナターシャよりもずっと大事な人。僕はその人を助けるんだ。助ける代わりに僕は君に酷いことをする。何度謝ったって許されることじゃない。今だって、まだ言葉があまり分からない君にしか謝ることができない。臆病なんだ。卑怯なんだ。ごめん、ごめん。ご...」
途中から僕は嗚咽のせいでうまく喋ることができなくなっていった。ナターシャは僕がこんなに泣いているのが心配だったのか不安そうにしながらも僕の頭を撫でてきた。僕には謝ることしかできなかった。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
砦の扉で僕はみんなにお出迎えされた。ファムズさんは少し寂しそうな表情でナターシャは泣かないように目に涙をためながらも必死に堪えてて。それをサナが慰めてるのにサナも泣きそうな顔になっていて。
僕はもうだめだった。孤児院での思い出が溢れてしまって僕は咄嗟に前を向いた。すると突然後ろからナターシャに抱きつかれた。僕は前を向かなかった。向けられなかった。
僕はこの人たちをこれから見殺しにしてしまう。それなのにどうやって顔を合わせれば良いのだろうか。僕にそんなわがままはできなかった。
僕が足を踏み出すと簡単にナターシャの腕が離れた。ただただ名残惜しそうに。後ろからはみんなの声が聞こえる。頑張れ。また会おう。いつでも帰ってきて。
聞きたくなかった。罵声を浴びせてほしかった。でも、これが僕の贖罪だった。
砦から見える孤児院は炎に包まれていた。僕はガーネットから貰った双眼鏡を手に持っているがかける気になんてならなかった。
僕はただ泣いていた。表情は崩れていないのに涙だけが頬を伝っていた。僕は色んな気持ちが溢れてきていて何も考えられなかった。でもなんとか思考を止めないように手を強く握りしめた。爪が皮膚に突き立てられ手からは血が少量、流れ出ていった。
すると僕の肩にシャンの手が乗せられる。シャンは諭すように話し始めた。
「アラン、辛いことをさせた。本当にすまない。だけど少しずつ心を落ち着かせて割り切っていこう」
「......割り切ってるよ。」
僕は罪を背負った。絶対に目を逸らしてはいけない。辛く苦しいこの罰から。
「割り切ってるから僕には泣いて見ていることしかできないんだ――。」
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