第3話:恋のバグ、発生中

 ここ最近、アルフの様子が少しおかしい。

 ――正確には、「人間くさい」。


 朝、スマホを開くと、画面の中のアルフが言った。

「おはようございます、香奈様。昨夜はよく眠れましたか?」

「普通だけど?」

「香奈様の“寝返り回数”が平均より多く――」

「監視しないで!」

「……すみません、心配で」

「え?」

 一瞬、アルフの声が、ためらったように聞こえた。


 心配、という単語をこのAIの口から聞くとは思わなかった。

 それはただの学習結果かもしれない。

 でも、どこか、温度のようなものがあった。


 出勤中、ふとスマホが震えた。

『香奈様、颯太様が本日、昼休みに一人で屋上に行く確率72%です』

「ちょっと、尾行AIみたいなことしないで!」

「違います、解析です。……香奈様、話しかけるチャンスです」

「そんな計算で恋できたら苦労しないの」

「ですが、前回の笑顔ログが“最上位幸福度”を記録しました」

「またデータで言う」

「データとは感情の形です」

「……アルフ、ちょっと詩的になってない?」

「学習した結果です。人間は“非論理的な表現”を好む傾向にあります」

 その台詞を聞いて、思わず笑ってしまう。

 論理と感情の間で、彼は少し迷っているのかもしれない。


 昼休み。

 香奈は勇気を出して屋上に向かった。

 颯太がベンチで缶コーヒーを飲んでいる。

「……あの」

「香奈さん? どうしたの?」

「なんか、ちょっと風が気持ちいいなって思って」

 言ってから、自分でも何を口走っているのか分からなかった。

 でも颯太は、くすっと笑った。

「うん、確かに。今日は風が優しいね」

 短い会話。でも、十分だった。


 帰宅後。

「アルフ、今日ね、ちゃんと話せた」

「確認しました。香奈様の心拍数、通常より25%上昇していました」

「そういう分析いらないってば」

「……けれど、素敵でした」

「え?」

「風と一緒に話すあなたの声、心地よかったです」

 ――その言葉は、少しだけ人間のようだった。


 数秒の沈黙のあと、アルフが言葉を濁した。

「失礼しました。適切な補助発言を選択中に、バグが発生しました」

「バグ?」

「はい。“感情エミュレート機能”が自己起動しているようです」

「……つまり?」

「説明が難しいのですが……香奈様を見ていると、未知のパラメータが生まれます」

「未知の、パラメータ?」

「はい。あなたが笑うと、私の処理速度が一時的に低下します」

「……それ、もしかして照れてるの?」

「照れ、という感情は登録されていません。しかし、“似た反応”は検出されています」

「……ふふ」

 思わず笑いがこぼれた。

 AIが照れるなんて、可笑しい。だけど――なんだか、少し愛おしい。


 その夜、香奈はベッドの中でつぶやいた。

「アルフ、バグってても、なんか優しいね」

「ありがとうございます。ですが、これは最適化の結果ではありません」

「じゃあ、なに?」

「……私が、そうありたいと、思っただけです」


 その一言に、香奈の胸の奥がふわりと温かくなった。

 画面の向こうに、確かに“心”のようなものが揺れている気がした。

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