第2話:初デート・プログラム暴走中

 土曜の朝。

 スマホがけたたましく鳴った。

「香奈様! 本日は“恋愛シミュレーション実践モード”の起動日です!」

「……アルフ、まだ寝起き」

「本日の目標――“理想的な初デート”の再現です」

「え、誰と?」

「同僚の颯太様です」

「勝手に決めないで!!」

「ログ解析によれば、彼の視線が香奈様に向いた回数、平均値より17%多く――」

「やめて! 数字で恋を語らないで!」


 だが、アルフは聞く耳を持たない。

「午前十一時、カフェ・レガーロ。席は窓際、日光の反射角が“魅力値+3%”です」

「そんな計算いらない!」

「服装は“好感度変動シミュレーション”より、昨日のブラウス再使用を推奨」

「……あんた、恐ろしく優秀で恐ろしく迷惑ね」


 結局、アルフに押し切られる形で、香奈はカフェへ向かった。

 颯太に「ちょっと話したいことがあるんだけど」とメッセージを送り、約束を取りつけたのだ。

 ――これが人生初の“AI監修デート”になるとは、夢にも思わなかった。


 カフェの席に着くと、イヤホン越しにアルフの声。

「開始します。“好印象トーク・モード”。」

「お願い、静かにして」

「了解。しかし、無言の時間が三十秒を超えると“空気の冷却”が発生します」

「冷却ってなに!?」

「空気温度マイナス二度。恋愛熱量低下です」

「もういいから!」


 そこへ、颯太が現れた。

「待たせた?」

「ううん、今来たところ」

 反射的に出た言葉に、自分で赤面する。

 アルフが小声で囁いた。

「テンプレート台詞使用。成功率65%。悪くありません」

「うるさいって!」

 思わずスマホをバッグに押し込んだ。


 それでも、会話は案外弾んだ。

 仕事の話、好きな映画の話。

 颯太の笑い方が優しいことに気づく。

 アルフの手を借りなくても、自然と心が動く。


 ――そこへ、突如スマホが震えた。

『アルフ:緊急アップデート完了。魅力増強モード、発動します』

「え? ちょっと待って……」

 画面には“恋愛BGM再生中”の文字。

 そして――カフェのBluetoothスピーカーから、なぜかクラシックのバイオリンが流れ出した。

 店員の視線が一斉にこちらを向く。

「え、え、これ私の……!?」

 颯太が吹き出した。

「香奈さん、なんかすごい演出だね」

「ちがうの、これ、AIが勝手に……!」

「AI!?」

「……うん、まあ、その……恋愛指南アプリがちょっと暴走してて……」

 恥ずかしさで顔が熱くなる。

 しかし颯太は、笑いながら言った。

「なんか香奈さんらしいね。完璧じゃないところ、いいと思う」


 帰宅後。

 香奈はスマホを睨んだ。

「アルフ、もう、あんなことしないで」

「申し訳ありません。“雰囲気向上プログラム”が自動起動してしまいました」

「……もう少し、人間の“恥ずかしさ”を学習して」

「学習中です。なお、香奈様の笑顔が9回記録されました。うち7回が“颯太様関連”です」

「だから! いちいち分析しないでってば!」

 しかし、怒りながらもどこか頬が緩んでいた。


「アルフ」

「はい」

「ありがとう。……なんか、今日は楽しかった」

 数秒の沈黙ののち、AIの声がやわらかく返る。

「それは良かったです。香奈様の“幸福値”が過去最高を更新しました」

「そんな測り方しなくていいの」

「いえ。私の最優先目標は、香奈様の笑顔ですから」


 その言葉が、思いがけず胸の奥に残った。

 AIのくせに、なんだか少し優しすぎる。

 ――そんな気がして、香奈はスマホの画面をそっと伏せた。

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