第22話 最初の一歩
「やめておこっかな」
優菜さんの返答を受け、健吾さんは少し息を吐き、背もたれに体重を乗せる。
「どうして?」
「別に、私はコスプレイヤーとして何かしたいとかないから。ただケンさんと麻耶にお願いされて、それで喜んでいるからしているだけだもの」
本当にコスプレイヤーに興味がないんだな。
企業から依頼されるって、たぶん普通のことじゃないよな。
もしかしたらこれをきっかけにもっと有名になって、他にもたくさん、それも大きな企業からオファーが来るかもしれない。
そう考えるのは俺が凡人だからなのかな。
「そう。まあ、ゆうなちゃんならそういうと思ったけど」
「それにこれ、ケンさんが撮影するわけじゃないでしょ?」
「……」
「そもそもこれって、アトリエアロマに依頼が来たの? それとも、ケンさんがやっているのは代理人みたいなこと?」
優菜さんはアトリエアロマに所属しているわけではない。
アトリエアロマが依頼している、言い方を業界っぽくすれば”フリーのコスプレイヤー”だ。
こうして説明してくれたが、健吾さんは代理人ではなくカメラマンだ。
それにここまでの話を聞くかぎり、オファーを貰ったのはアトリエアロマという団体ではなく、YUNAという単体のような気もする。
健吾さんは苦笑いを浮かべた。
「……ふぅ。ほんと、嫌なとこ突くわね」
「ごめんね。だけど後者なら、なおさら出たくないかな」
わからないけど、あまり明るい雰囲気じゃなくなった。
唾を飲むのも、足を動かして音を鳴らすのも気が引ける。
「わかった。今はNOってことで返答を受けておくわね」
健吾さんは俺を見る。
「それじゃあ、ここからはかなたちゃんと話し合い」
「俺ですか?」
そういえば、男性側はオーディションで決めるとか言っていたな。
でも優菜さんが出ないなら、俺が出る必要はない気が。
「男同士の話し合いだから、ゆうなちゃんは先に帰っていてもいいわよ?」
「……それじゃあ、買い物して帰ろっと」
「え?」
どうしてかとかも聞かず、あっさりと立ちあがって帰り支度をする優菜さん。
「じゃあ奏汰くん、夜ご飯の支度して待ってるからね」
「え、ああ、はい……」
優菜さんが帰って健吾さんと二人っきり。
別にそこまで話したことがあるわけじゃないから、間に入ってくれる優菜さんがいなくなると一気に気まずくなる。
「悪いわね、一人だけ残して」
「いえ、別に。でもどうして?」
「まあ、お互いゆうなちゃんに聞かれたくないこともあるかなって」
首を傾げると、健吾さんはコーヒーを一口してから話をする。
「薄々わかってたと思うけど、この話はうちに来た話じゃなくてゆうなちゃんに届いた話なの」
「今回の依頼がってことですか?」
「そう。先方から来た最初の依頼は『YUNAを紹介してくれ』だった。でもあの子がコスプレイヤーに熱があるわけではないことを知っていたから『たぶん断られるだろう』って伝えたの。そうしたら、うちに少しだけ仕事の依頼をしてきたの」
「それって……」
「あの子の言う通り、今回の件でのうちの立場はただの代理人。まるで子役に仕事を依頼する時にまず親を口説くように、ゆうなちゃんが引き受けてくれるようにうちに簡単な仕事を依頼してきたの」
まあ、確かに優菜さん単体でのオファーなら引き受けなかっただろうけど、アトリエアロマとセットでのオファーなら優菜さんも引き受ける可能性はあった。
だからやっていることは、仕事としては正しいんだけど。
「なんか、嫌な感じですね」
「まあね。でも企業としてはそれが正しい選択なの。だってあの子に仕事の依頼が来たことって、これが初めてじゃないから」
「そうだったんですか?」
「うち経由もあるけど、あの子宛に何度も直接オファーもあったの。だけどあの子はいつも話も聞かず全部お断り。それをどっかから聞いたのか、今回こういう手段を使ってきたんだと思うの」
「なるほど」
「まあ、あの子はどこから仕事の依頼が来たとか一言も自慢しないだろうけど。……はあ、すっごく性格悪いと思わない? 企業からたくさんオファーを受けているのに、ろくに話しも聞かず断るって。今の時代、どれだけのコスプレイヤーがくすぶっていると思ってんだか」
笑った健吾さんだが、その表情がどこか悲し気だった。
「やっぱり、健吾さんは嫌ですか?」
「ん?」
「えっと、その……なんていったらいいんだろ、その、優菜さんの」
「ご機嫌取りの付属品みたいな扱いってこと?」
俺が言葉を選んでいると、俺が言おうとした言葉を健吾さんが代わりに言ってくれた。
「まあ、ムカつくわね。ゆうなちゃんを最初に世に出したのはうち、あの子を最初に綺麗に撮ったのもうち。なのにゆうなちゃんのご機嫌を取る為、仕方なく軽い仕事を依頼してくるなんて。ほんと、うちのこと舐めてるとしか言いようがないわね」
でも。
健吾さんは覚悟が決まったように頷く。
「これはチャンスだから。今回の一件で名前を売れば、カメラマンとして道が開けるかもしれないから。だからあたしは引き受けたいと思ってる」
だからこんな扱いをされても、一度は内容を聞いて俺と優菜さんに声をかけたのか。
「そして、変わるチャンスはあなたもじゃない?」
「俺、ですか……?」
「ゆうなちゃんの隣に立つの怖いんでしょ?」
その意味は隣を歩くとかそういうことではなく恋人として立候補することを恐れている──自分に自信がないことを見透かしてのことだろう。
「だって、あの優菜さんですから。俺なんて、その、普通の……ただの高校生で」
「でも、今回のオーディションで合格したら彼女の隣に立てる。単純だけどこれは、他者が認めた評価って言っていいんじゃない?」
健吾さんの言葉に、俺は無意識に頷いていた。
「そもそも、あの子に釣り合う男なんてこの世のどこを探しても滅多にいないわよ」
「えぇ……」
「一緒に仕事をした女性コスプレイヤーが口々に『あの人の隣に立ちたくない』って言って、指示してもいないのに離れようとするのよ? そんな女の隣が似合う男なんていないでしょ」
それは、まあ、納得してしまった。
「だけど」
健吾さんは腕を組み、息を吐いた。
「あの子が隣にいてほしいと思っている男なら、一人だけなら心当たりはある」
「……」
「自分に自信を持てない気持ちはよくわかる。あたしだって、あの子がいなければ今こうしてカメラマンとして仕事を振られることもない、あの子のお陰で今の自分があるってことは痛いほど理解しているの。だけど今回の一件で少しでも自信を持ってみない? お互いに」
その言葉は俺の背中を押すのに十分な口説き文句だった。
もしオーディションで合格して、他者からも優菜さんの隣に立つことが認められれば、俺は自分に自信が持てるかもしれない。
ずっと宝石から逃げてきた鉄くずも、もしかしたら一緒に輝けるかもしれない。
それにこの機会を逃せば、俺はこれかもずっと何か言い訳をつけて優菜さんから逃げようとする。
別に合コンがしたいわけじゃない。
別に他の女性と本気で付き合いたいわけじゃない。
ただ俺は、優菜さんに不釣り合いだからと勝手に決めつけて逃げ道を探しているだけだ。
そんな逃げ道を探す俺を、もしかしたら優菜さんは優しく引き留めてくれるんじゃないかと……そう期待しているだけだ。
そんな甘えた俺を、優菜さんが好きになってくれるわけないのに。
「俺は……」
言葉を吐き出してすぐ頭に浮かぶ。
もし駄目だったら、もし隣に立つ資格が無いと言われたら。
そんな”もしも”を払拭するよう顔を振った。
「やってみたいです!」
言葉を吐き出すと、なぜだかとても気持ちがよかった。
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