第6話 おやすみ、そして、おはよう
「優菜さん、一つ提案があります」
「ん、なに?」
電気機器に付いた電源ランプの明かりしか光るものがない真っ暗な部屋の中で、真横に寝ている優菜さんは変わらず俺の方をジッと見つめていた。
「もう少し、枕を離してみてはいかがでしょう?」
「理由は?」
「ベッドを有効活用すべきかと思ったんです」
「寒いから却下」
そう言うと、優菜さんは俺の足に自分の足を触れる。
「冷たい」
「ねっ、だから無理なの」
確かに暖房を切っているから部屋の中は少し寒い。足が冷えてるのも仕方ない。仕方ないんだけど、
「どうして、ずっとこっちを見てるんですか?」
「どうして? 私はいつも横向きで寝てるのよ」
「そ、そうなんですか……」
嘘だとわかっていても言えない。それにパジャマのボタンを開け、谷間が見えていることも言えない。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
優菜さんは目蓋を閉じて眠りにつく。
静かな部屋だからこそ、優菜さんの寝息は小さくても聞こえてしまう。
もしかして誘っているのか?
とか思ったけど、優菜さんはすやすやと寝息を立て始めた。
一人残された俺。
こんな状況で眠れるわけがない。
それでも隣で優菜さんが寝てることを意識しないように、俺も目蓋を閉じた。
♦
「……奏汰くん、起きて」
トントン、と胸元を優しく叩かれて目を開ける。
カーテンは開けられ、部屋の中には太陽の温かい光が差し込む。
「え、ああ……おはようございます」
「おはよう。もう朝ごはんできるから、顔洗ってきて」
エプロン姿の優菜さんに起こされ、寝ぼけたまま洗面台へ。
ピシャッと顔に冷たい水をかけると「ああ」という声が勝手に漏れ出る。
「あんま寝れなかった」
優菜さんが隣で寝ている状況で眠れるわけがない。
離れようとしても、右足が俺に絡まってくるから逃れられない。
「……こんなことなら触ればよかったな」
寝息が微かに聞こえたから、先に眠りについたのは優菜さんだった。
それなら間違いがあって触ってしまったとか、言い訳をつけて触れば良かった。だって目の前には、無防備に開放された大きな胸があったんだから。
今さらになって後悔してしまう。
「何を触れば良かったなの?」
「うわっ!」
鏡越しに優菜さんと目が合う。
「いや、なんでもないです!」
「そう? 鼻の下が伸びてたから、またいやらしいことでも考えていたのかと思っちゃった」
クスッと笑う優菜さん。
おそらく俺の考えは筒抜けなのだろう。
俺がリビングへと戻ると、朝ごはんはテーブルに並べられていた。
「いただきます」
トーストに目玉焼き、そしてサラダにヨーグルトと、用意された朝ご飯はシンプルなものだった。
だけど、テーブルに用意されていた朝ご飯は俺のだけだった。
「あれ、優菜さんは食べないんですか?」
「ん、私はこれ」
優菜さんが手に持っていたのは、二本入りのカロリーメイトだった。
「えっ、それだけですか?」
「うん、今日は仕事があるの」
「仕事ですか? でも、入社するのって4月からじゃなかったでしたっけ?」
昨日の夜にした雑談で、優菜さんは医療関係の会社に勤めると言っていた。その入社式が4月からだということも聞いた。
研修があるのだろうか、そう思ったが。
「それとは別のね。友達から誘われてるコスプレの仕事」
「コスプレ?」
コスプレって、あのアニメのキャラとかの衣装を着たりするあのコスプレか?
「そんなに何度もしないかなって思っていたから言ってなかったけど、大学生の時に友達に誘われてね。ほら、去年うちと奏汰くんのご家族でクリスマスパーティーしたの覚えてる?」
「ええ、あれは忘れもしませんよ。うちの父さんと優菜さんのお父さんが酔っぱらって大変でしたから」
「ふふ、本当にね。それであの時、奏汰くんに似合うかなって思ったジャケットを見つけてプレゼント用に買ったのだけど、意外と高くて」
「えっ、あれ安物だから気にしないでって……」
「そう言わないと、奏汰くん受け取ってくれないでしょ?」
「だって俺が優菜さんにプレゼントしたのなんて、三千円の香水ですから。値段、釣り合ってないですよ」
「別にそんなこと気にしなくていいのに。それでまあ、その時、バイトとかしていなかったからお金がなくてね。友達に誘われてコスプレのバイトをしていたのよ」
そして苦笑いを浮かべる優菜さん。
「その日限りのバイトだと思っていたのだけど、意外と”その界隈”で好評だったみたいでね。また空いている時にお願いって言われちゃったのよ」
「それで、それ以降もしているって感じですか?」
「急なお願いを聞いてくれた友達の頼みだから、断るのも気が引けてね。たまに受けちゃうのよ」
「そうだったんですか……コスプレ、コスプレですか……」
初めて聞いたに驚いた。
今まで俺に言わなかったのは恥ずかしかったからなのか、それとも単純に聞かれなかったからなのか。
まあそれはいいか。
それにしてもコスプレか。
どんな格好をするのかなって想像してしまった。
「ちなみに、前回の写真とかってあったり?」
「うん、あるよ。見たい?」
コクコクと頷くと、優菜さんは自分のスマホを操作して、
「はい、この右の」
一枚の画像を見せてくれた。
画像に映っていたのは椅子に座った三人の女性。
何かのアニメや漫画のキャラなのか、詳しい人なら見てすぐわかるのかもしれないが、俺はこういうジャンルに疎いからわからない。
髪の色は金とか赤とか銀とか、おそらく染めた髪ではなくウィッグだ。
そして画像を見て、何も意識していなかったのに「わあ」という間抜けな声が出てしまった。
三人共、本当に綺麗だった。
だけど優菜さんの姿は特に魅力的だった。
それは容姿もだけど、何より背景や衣装が相まってどこか幻想的な美しさがあったからだ。
「そんなに舐め回すように見られると恥ずかしいのだけど?」
「あ、ああ、すみません」
スマホを返すと、
「だから朝はあまり食べないで行こうかなって」
そして優菜さんは時間を気にする。
「もう少ししたら家を出ないといけないの」
「そうなんですか」
ということは、今日は俺一人か。
「あ、そうだ、もしよかったら見学に来る?」
「えっ、俺がですか?」
「うん」
「いや、仕事の邪魔になるから俺は……」
「そう、残念。今回の撮影は、奏汰くん好みのちょっとエッチな衣装なんだけどなあ」
「え!?」
いきなり言われて、俺は固まる。
その話、もっと詳しく聞かせてください。
「友達が言うにはね、『狂暴なオークとお姫様が出てくるゲーム』なんだって。どんなゲームなのかな?」
「それは……」
オークとお姫様をかけ合わせて生まれる作品なんて、一つしか想像できない。
ゴクリと唾を飲むと、優菜さんは何かのスイッチが入ってしまったのか、小悪魔のような笑みを浮かべながら俺をジッと見つめる。
「私ね、そのお姫様のコスプレするんだって……。狂暴なオークと一緒に」
「ど、どうでしょうか」
「ちなみに、カメラマンも”一応”男性でね、すっごく筋肉質な人なの」
「え……?」
テーブルに肘をつき、上目遣いで俺を見る優菜さん。
狂暴でいやらしく筋肉ムキムキのオークとカメラマンが、こんなにも綺麗でエッチな体型をしたお姫様の優菜さんと一緒に。
僕が、僕が……守らないと!
「俺も行きましょう、決して下心とかはありませんから」
「ふふん、下心しかなさそうだけど、ありがと」
♦
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