第4話 同棲初日、一緒にお風呂へ


 なんで、既に目標計画書を用意しているんだ?



「俺が、この提案をすることわかっていたんですか?」

「ふふっ、奏汰くんのことならなんでもわかっちゃうの」



 震える手で優菜さんが持っていた目標計画書を受け取る。

 その紙には、優菜さんが書いた綺麗な文字でびっしりと恐ろしい目標が書かれていた。



「これ、本気なんですか?」



 書かれていた目標は、大きく分けて【勉学】と【家事】に分けられていた。



「ええ、もちろん本気よ。さっき言ったでしょ、奏汰くんが”一人前”になるためのものだって」

「だ、だからって……」



 勉学と家事の項目についての難易度が高すぎる。

 おそらくこれは、優菜さん自身を基準としたものだ。



「学年成績10位以内?」

「それ少し低めに設定したんだけど、もう少し難しくする?」

「いやいや、俺には難しいですって。だって中学の成績だって中間よりも下だったし」

「そこは大丈夫、私がちゃーんと教えてあげるから」



 優菜さんに教えられたら、確かに学年10位以内なら目指せるかもしれないけど。



「もう少し、目標が簡単には……」

「ならないかな。どうする、止めておく? だったらずーっと一緒に暮らせるから、私は嬉しいけど」

「やります! やりますから!」

「ふふっ、頑張ってね。応援してる」



 優菜さんは笑みを浮かべた。

 絶対に無理だと、勝ちを確信した笑みを。














 ♦


















 お互いの荷物を整理し終えたのは20時を過ぎたころだった。

 一人暮らしを想定して選んだ1LDKの部屋は、一人だと十分過ぎるが二人で暮らすとなると少し手狭に感じる。

 それに部屋がリビングの他に一部屋しかないため、その一部屋を優菜さんの部屋にしようと提案したのだが。



「ううん、ここは二人の寝室にしよ」



 と、言われ、優菜さんは有無を言わさずベッドを組み立て始め、そのベッドに二つの枕を並べて置いていた。

 YESとNOは書かれていない。

 だが、シングルベッドなのでお互いの枕の距離は近い。

 これはなんとかしないと。そう思っても、優菜さんは一緒に寝る気満々で何も言えない。


 仕方ない、このことは夜の俺に任せよう。


 そして、遅い夕食を済ませた。

 引っ越しで疲れているだろうから、コンビニ弁当で済ませようと思っていた。 

 だけど優菜さんが料理を作ってくれた。

 


「ごちそうさまでした。優菜さんって本当になんでもできますね」

「今日のは簡単なのだけどね。奏汰くんにも今度作り方を教えてあげるね」



 テーブルに並べられた料理の数々。

 優菜さんの作ってくれた料理は控えめに言って最高だった。

 それに俺の好きな料理とか食材を知ってくれているから、実家の料理よりも美味しいと思ってしまった。


 お皿をキッチンへと運ぶと、



「奏汰くん、お風呂沸いたよ」



 優菜さんに言われた。

 きっと食べ終えた頃にお風呂が沸くようにタイミングを合わせてくれたのだろう。本当に、何でもしてくれる優菜さん。

 俺、このまま優菜さんと暮らしていたら、一人前になるんじゃなくて駄目人間になるんじゃないかな?

 とか思ってしまう。



「先にいいんですか?」

「もちろん。温度が高かったり低かったりしたら教えてね。明日からは調整するから」



 優菜さんはまだお皿洗いしていた。

「手伝いますよ」と言ったのだが「ううん、奏汰くん疲れてるだろうから大丈夫」と言われてしまった。

 優菜さんだって引越してきたんだから疲れてるはずなのに。


 俺は服を脱ぎ、風呂場へ向かう。

 湯船に浸かる前に体をお湯で流すと、



「……家のお風呂の温度と同じだ」



 調整すると言っていたけど、お湯の温度は実家と変わりなかった。

 たぶん前もって母さんから聞いていたのかな。



「ほんと、俺には勿体ないぐらい素敵な人だよな」



 料理もできて、気遣いも完璧で、美人で優しくて……だからこそ、優菜さんが俺に構ってくれる状況が不安で仕方ない。

 そして平凡な俺を、ずっと好きでいてくれるわけがないと思ってしまう。

 月とすっぽん、優菜さんと俺。

 気付いたらため息が漏れ出る。


 ──ガタッ!


 不意に洗面所の扉が開いた。



「奏汰くん、湯加減は大丈夫?」

「あっ、はい、大丈夫です!」



 優菜さんの声がして湯船のお湯が激しく揺れる。

 そして衣服が擦れる音が洗面所から聞こえた。


 もしかして、一緒に入る展開!?

 まさかそんな、とは思いつつも期待する俺がいる。



「ゆ、優菜さん、もう上がりますから! だから、もう少し待っ──」



 必死に止めたのだが、扉が開かれた。



「背中、洗ってあげる」



 バスタオルで体を隠すこともせず、片腕では覆い隠せないほど大きな乳房と秘部を手で隠した優菜さんは少しだけ頬を赤く染めながら微笑む。

 慌てて顔を背けたが、やっぱり優菜さんの裸を見たいから視線だけを向ける。



「別に、いつもみたいに食い入るように見ればいいのに」

「み、見てないですよ! っていうか、バスタオルを巻くとか、その……」

「ん? バスタオルを巻いてお風呂に入ったら洗い物が大変でしょ? これから毎日そんなことしないといけないのは大変だから」

「毎日!?」

「そう、毎日。奏汰くん、一人で体を洗うのできないでしょ?」

「ば、馬鹿にして……。それぐらいできますよ!」

「ふふっ、冗談冗談。でも、私は一人で洗えないからなぁ……ねえ、奏汰くん」



 イスに座った優菜さんに視線を向けられる。

 長い黒髪を頭の後ろで縛った優菜さん。

 普段は目にしない、うなじや肩甲骨に自然と目が吸い寄せられる。

 それだけで、俺の体は異常な変化が起きていた。



「背中、洗ってほしいな」

「い、いや、その……」

「私も奏汰くんの洗ってあげるから。ねっ、洗いっこしよ?」


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