第3話 一人前の男の子ではなく大人になる為に
「いや、いやいや、どうして優菜さんがここにいるんですか!?」
「どうしてって、今日から一緒に暮らすことになったからだよ?」
「一緒? 一緒って……」
俺は慌ててスマホを取り出し、電話帳に登録された実家に電話をした。
『もしもし、奏汰? もう着いたの?』
「いや、それどころじゃなくて! どうして優菜さんと一緒に暮らすことになってるんだよ!?」
『あははっ、ビックリしたでしょ。サプライズよ、サプライズ』
「サプライズじゃないって! というより、引越すことは優菜さんには内緒って」
「へえ、内緒にしようとしてたんだ」
「あっ!」
母さんと電話をしながら、優菜さんは後ろから抱き着いてきた。
『だってあんた、自分から話すって言ってたくせに彼女に何の報告もしなかったじゃない!』
「そーだそーだ。……内緒にしていた奏汰くんが悪いんだよ──ふうっ」
「あうっ!?」
肌を密着させながら、俺の右耳に吐息をかける。
その瞬間、全身から力が抜ける。
『だから、お母さんから話したのよ。そしたら優菜ちゃん、あんたが引越すとこの近くの会社に就職するっていうんだもの。こんな偶然あるのね。ラッキーだなって、お父さんと一緒にあんたの面倒を見てもらえないか優菜ちゃんにお願いしたのよ』
「偶然って……」
顔を優菜さんに向けると、彼女は俺の肩にあごを乗せ、グリグリとさせていた。
「偶然だよ、偶然……。ふふっ、嬉しい?」
「うっ」
仕草は子供っぽいのに、俺を捉える大きな瞳や微かに感じる甘い香水の匂い、それに俺を興奮させようと抱き着いている両手が這う動きが、めちゃくちゃエロい。
『どうせあんた一人で暮らすなんて無理なんだから。料理だって洗濯だってろくにしたことないんだし』
「そ、それは、これから」
『だったら子供のときみたいに思う存分、優菜ちゃんに甘えなさいな』
「甘えろって……」
つい、優菜さんを見てしまった。
そして彼女はクスッと笑い、
「ふふっ、これからは24時間、誰の目も気にせず甘えられるね?」
囁くように、小さな声で、問いかけてくる。
どうしてこの人は、俺が興奮する言い方をするのか。
『そういうわけだから、優菜ちゃんによろしくね。じゃあね!』
「ちょ、母さん!? ちょっと!」
ツー、ツー、という電話が切れた音が無情にも響く。
耳に付けていたスマホをぶらんと下ろすと、優菜さんは俺の目の前に立つ。
「と、いうわけだから。よろしくね、奏汰くん」
少し上半身を下ろし同じ目線で、優菜さんは楽しそうに微笑んだ。
「さ、さすがに、同棲は無理ですって!」
「どうして? 家事とかは私がするよ? 奏汰くんは朝のゴミ出しだけ、あっ、これなんだか……ふふっ、新婚さんみたいね?」
「そ、そういう問題じゃなくって!」
俺の理性が堪えられないと叫びたい。
今までは同じ家ではなく隣同士だったから会わない日とかがあってまだ堪えられた。それなのにいきなり同じ家で。しかも一人なら広いと思っていた1LDKの家だ。
部屋が二人分あるならまだしも一つしかない。
ベッドだって一つだけ。このままだと、寝るときは……。
「ねえ、奏汰くん」
優菜さんは視線を下げ、また俺を見て首を傾げた。
「もしかして、エッチなこと想像してない?」
「な、そ、そそ、そんなこと……」
「ん……ん……?」
「ん?」
優菜さんは俺の股間を指差して優しく微笑む。
俺はそれが恥ずかしくて逃げ出した。
トイレへ。優菜さんが来れない個室へ。
「無理だって、こんなの……」
優菜さんとこれから毎日、朝も昼も夜も、24時間ずっと顔を合わせることになる。
「抱き着かれただけで、こうなるのにさ」
優菜さんに指差された部分に目を向け、俺は大きくため息をつく。
「なんとかしないと」
前よりも状況が悪化しているじゃないか。
これじゃあ、何の為に一人暮らしをしたのか。
興奮状態を落ち着かせながら、この状況を打開する策を考える。
「……」
何とかしないと、何とかしないと。
そう焦りながらも、心のどこかで優菜さんと同棲生活を迎えられることを喜んでいる自分がいる。
こんなんじゃあ、いつになっても優菜さん離れができない。
俺はトイレから出ることに。
「あれ、奏汰くん。意外と早かったね?」
「早か……こほん」
段ボールから私物を取り出し、棚に本を並べたり、服なんかをクローゼットにしまう優菜さん。
「優菜さん、お話があります」
彼女の前で正座すると、優菜さんは動かしていた手を止め俺に正対する。
「はい、なんでしょう」
「同棲については了解しました。ただ、期間は一年でどうでしょうか?」
「どう、って言われても困るけど。だってご両親からも、奏汰くんが高校を卒業するまでよろしくねって言われちゃったもの」
俺の両親は優菜さん信者だ。
彼女に絶対的な信頼を持っている。
だからたぶん、優菜さんが俺の面倒を見ると言ったときに、こういう話になったのだろう。
表しか知らない両親からしてみれば、優菜さんに任せれば安心なのだから。
「だ、だけど」
ここで諦めるわけにはいかない。
もし諦めてしまったら、俺のこの体はおかしくなってしまう。
「一年あれば優菜さんも仕事に慣れて、お給料も貰えて、もっと広い新しい家に住みたいと考えるでしょ?」
「んー、どうかな?」
「考えるんです! そ、それに、俺もバイトとかして、一人暮らしできるように料理とかも頑張りますから」
俺の言葉に、優菜さんは少し考え、
「ただ、奏汰くんのご両親も心配してるのよ? 一人で暮らせるのかどうか」
「それは大丈夫です、頑張りますから!」
「そうは言っても……じゃあ、こうしよっか」
パンッと手を叩く優菜さん。
嫌な予感がした。こういう、少し子供っぽい笑顔を浮かべたときは、いつも悪いことを考えているときが多いからだ。
「一年後までに、奏汰くんが達成しないといけない目標計画書を作るの」
「目標計画書?」
「そうそう、奏汰くんが一人前になる為のね。それが達成できたら、私が奏汰くんのご両親に『もう奏汰くんは一人暮らしできます』って報告してあげる」
要するに俺がその目標を無事にクリアできれば、優菜さんからも両親に一人暮らしできると報告してくれるわけか。
「……何か、裏はありませんか?」
「ううん、ないよ」
優菜さんのこの子供っぽい笑顔、何か嘘を付いている気がする。だけどこれに応じなければ、俺が一人暮らしできる未来はない。
「わかりました、それでいきましょう」
俺がそう答えると、優菜さんの表情がパアッと明るくなる。
「じゃあ交渉成立ね」
「ええ、それで目標についてなんですが──」
なるべく簡単なものを目標にしたい。
そう思ったのだが、
「──はい、これが目標計画書ね」
優菜さんは実家から持ってきた段ボールの中から、一枚のファイルされた紙を取り出した。
「えっと、これ、なんですか……?」
「ん、これ?」
紙にはびっしりと50近くまでの数字と、その横には文字が記されていた。
「きっと奏汰くん、すんなり同棲を認めないだろうなって思っていたから私が前もって作ってきたの」
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