第四話「悪徳領主と無謀な賭け」

 ノーブル村が活気を取り戻し始めた頃、招かれざる客がやってきた。立派な馬にまたがり高価な鎧を身につけた数人の騎士。その中心にいたのはふてぶてしい顔つきで、贅肉のついた中年男だった。この一帯を治める領主、バルドルである。


 バルドルは年に一度の税の徴収のために村を訪れたのだ。これまでのノーブル村はまともな税も納められない貧しい村だったため、バルドルもほとんど関心を示さなかった。しかし行商人のマルクスを通じて村が豊かになったという噂が、彼の耳にも届いていたのだ。


「ほう。ずいぶんと小綺麗になったではないか、この肥溜めのような村も」


 バルドルは馬の上から村を見下ろし、嫌味たっぷりに言った。村長が恐縮しながら前に進み出る。


「バルドル様、ようこそお越しくださいました。今年の税ですが――」


「税の話は後だ」


 バルドルは村長の言葉を遮り、ぎろりとした目で畑に実る見事な野菜を睨んだ。


「良い作物が育っているようだな。聞けばよそ者の差配で見違えたとか。……そのよそ者とやらはどこにいる?」


 俺は前に進み出た。バルドルの目は獲物を見つけた肉食獣のようにいやらしく光っていた。


「お前がダイチか。良い腕をしているそうではないか」


「お褒めにあずかり光栄です、領主様」


「うむ。その腕、気に入った。私のために働け。私の直轄領に来てこの村でやったことと同じことをするのだ。そうすれば相応の暮らしをさせてやろう」


 それは一見魅力的な誘いに聞こえた。だが彼の言葉の裏にある傲慢さと強欲が透けて見えた。彼は俺の技術を独り占めし、村を再び元の貧しい状態に戻そうとしているのだ。


「お断りします」俺はきっぱりと答えた。「俺はこの村の皆さんと一緒にこの土地を豊かにしていくと決めました」


 その瞬間、バルドルの顔から笑みが消えた。


「……何だと? この私の命令に逆らうというのか、平民風情が」


 地を這うような低い声に村人たちの顔が恐怖に引きつる。


「ならば力づくで土地ごと奪ってくれるまでだ。この村の土地はもとより私のもの。気に入らない小作人どもを追い出し、新たな人間を入れることなど造作もない」


 なんという理不尽。村人たちが必死の思いで耕した土地を、彼は自分の所有物だと言い放った。恐怖と怒りで俺の体の血が逆流するのを感じた。ここで引き下がればすべてが終わる。村人たちの希望も笑顔もすべてが奪われてしまう。


 俺は一世一代の賭けに出ることにした。


「お待ちください、バルドル様!」俺は声を張り上げた。「ならば一つご提案があります。賭けをしませんか?」


「賭けだと?」


 怪訝な顔をするバルドルに俺は宣言した。


「今から一年。一年後にこのノーブル村の年間の収穫量を現在の三倍にしてみせます。もし達成できればこの村の土地の所有権を我々に認め、今後の過度な干渉はしないと約束していただきたい。もしできなければ俺はこの身一つであなたに従いましょう。この村の土地も作物もすべてあなたの思いのままに」


 俺の言葉に村中が騒然となった。


「な、何を言ってるんだダイチさん!」


「三倍だなんて無茶だ!」


 村長やリリアが悲鳴のような声を上げる。確かにそれは無謀としか言いようのない目標だった。すでに一度奇跡を起こした後なのだ。それをさらに三倍にするなど常識では考えられない。


 しかしバルドルは目を細め、面白そうに口の端を吊り上げた。


「収穫量を三倍だと? 面白い! いいだろう、その賭け乗ってやる!」


 彼にとって損のない賭けだった。成功すれば俺という有能な駒が手に入り、失敗しても村を手に入れられる。どちらに転んでも彼に利がある。


「だが覚えておけ。もし達成できなければお前だけでなく、この村の者ども全員を奴隷として売り飛ばしてやるわ!」


 高笑いを残しバルドルは騎士たちと共に去っていった。


 後に残されたのは絶望的な沈黙だけだった。


「どうしてあんな約束を……。我々はもうおしまいです……」


 村長は地面にへたり込んだ。村人たちの顔からもせっかく灯った希望の光が消えかけている。


 俺はそんな彼らに向かって力強く言った。


「皆さん、顔を上げてください! 俺には勝算があります!」


 俺の勝算。それは二つあった。


 一つは『灌漑(かんがい)』。この村には近くを流れる川がある。そこから水路を引いて畑に安定的に水を供給できれば、天候に左右されずに作物を育てられる。収穫量は飛躍的に増えるはずだ。


 そしてもう一つは『新種の作物』の導入だ。


 マルクスとの取引で俺は彼に一つの頼み事をしていた。


「収穫量が多くて痩せた土地でも育ちやすく、保存のきく作物はないだろうか?」


 その問いにマルクスは一つの芋をくれた。『ジャガイモ』に酷似した『大地のリンゴ』と呼ばれる作物だった。この世界では毒があるという迷信から誰も食べたがらず、家畜の餌にすらならない厄介者として扱われているらしい。だが俺は知っている。ジャガイモがどれほど偉大な作物であるかを。


「みんなでやり遂げましょう! 水路を掘りこの『大地のリンゴ』を育てるんです! 俺たちなら絶対にできます!」


 俺の熱意が伝わったのか、絶望していた村人たちの目に再び闘志の火が宿った。


 こうしてノーブル村の存亡を懸けた一年間の戦いが始まった。男たちはクワを手に取り、川から畑へと続く長い水路を掘り始めた。女子供は俺の指導のもと「大地のリンゴ」の芽出し作業や畑の準備を進める。リリアは誰よりも熱心に俺の補佐をしてくれた。


 それは過酷な日々の始まりだった。しかし誰一人として弱音を吐く者はいなかった。未来を自分たちの手で掴み取るために。俺たちは泥にまみれながら無謀な賭けに勝利するための道を、一歩一歩切り拓いていった。

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