「並び寄り添う影」

人一

「並び寄り添う影」

「すみません、隣いいですか?」

「え?ええ。どうぞ。」

このささやかなやりとりで、世界は激変した。


俺は昔から運が良かった。

いや、良すぎるくらいに良かった。

じゃんけんでは負けなし、くじも特等しか当たったことがない。

周りには「なんか運の良いヤツ」と思われているようだが、正直少し不気味ささえ感じる。

ここまではまだいい。

決定的だったのは、事故に巻き込まれても無傷だったこと。

"奇跡的"に生き残ったことが、

自分の運の良さのせいなのか、本当に奇跡的に助かったのか全く分からないことが恐ろしかった。


そんな日常を送る中、次第に周囲に変化が起き始めた。

まるでツケを払わされているかのように、不運が広がっていた。

別に命に関わることや極端なことは起こらない。

だがそれでも、自分のせいで……という気持ちは強まり俺は友人たちの輪から消えた。

本当なら出かけたくもないが、生活する以上そういうわけにもいかないので今日もバスに乗っていた。


「すみません。隣いいですか?」

「え?ええ。どうぞ。」


隣に色白で綺麗な女性が腰を下ろした。

ほぼ満員なので、たまたま空いていた自分の席を選んだのだろう。

やはりこれが"幸運"の内だとしても美人が隣だと、少し嬉しくなる。

少し騒がしい車内のまま、バスはゆっくりと走り出した。


しばらくは何も無かった。

が、突如ドカン!という音と共に視界が180度回転した。


気絶していたようで、目を覚ますとバスはひっくり返り燃えていた。

どうやらなにかに突っ込まれたようだ。

自分の体をベタベタと触るが、少々の擦り傷以外何もない。

「またか……どうしてこんなにも"運"が良いんだ……」

嘆く中顔を上げると、信じられない光景が目の前に広がっていた。

女性が薪のように燃え燻っている。

事故に巻き込まれたんだ。

それはいい。

だが、焼け焦げた肌は指先から色白の綺麗な肌に再生している。


「え?え、え……?」

あまりにも現実離れした光景に、自分のこともさておき意味の無い言葉が口から漏れる。

しばらく見ていると、すっかり肌も元通りになり指先が動いたかと思えば彼女は目を覚ました。


彼女は周囲を見回し落胆している。

そして呆ける自分に気づいたのか、その顔は驚愕一色になった。


「なっ……あなたなんで無傷……」

「さ、再生?そんなことがありえるのか……?」

「……」

「……」

気まずい沈黙が訪れたが、遠くからサイレンの音が響いきてきた。

このままここにいても、目立つだけで良いことは何もない。

俺は彼女の手を引き、瓦礫の隙間から脱出し路地裏に駆けて行った。


「ちょっと!もういいから離してよ!」

「あぁ、すまない。

……こんなこと聞いていいのか分からないけど、君さっき完全に炭化してなかったか?」

「……まぁあんなまじまじと見られたなら、隠しても仕方ないわね。

えぇ。そうよ。

私は不死身なの。だから燃えてもほら。こんな風に元通りってわけ。」

「し、信じられない……」

「信じられないのはこっちも同じよ。

あなた、どうしてあの事故で無傷なの?」

「……ただ運がめっちゃ良いだけだよ……」


「ふーん……信じ難いけど、不死身が言うんじゃ説得力ないわね。

それより、なにかの縁だしこれからカフェにでも行かない?」

「え?……あぁ喜んで。」


俺たちは薄暗い路地裏を抜けて、人気の多いカフェにやってきた。


店内は程よく賑わっており、俺たちは日当たりのいい窓辺の席に座った。

「あなたさっき自分は運が良いだけって言ってたけど、あれどういうことなの?」

「本当に言葉通りの意味ですよ。

運が良いから"奇跡的に"無傷で済んだんです。

こんなんばっかりですよ。

それより、あなたの不死身ってなんなんですか。」

「さっき見てたんでしょ?

見たままよ。たとえ燃えカスになっても死ねないのが私。」

「そう……ですか……」


「なんたって私300年くらい生きてるからね。」

「えっそれって江戸……」

「まあいいのよ。それは。

にしても、私たち性質は違うけど似通うところはあると思うの。」

「というと?」

「不死身な私と強運すぎて死ねないあなた。

2人とも生に縛られている。」

「た、確かに……」

「ふふっ。私たち2人お似合いじゃない?どう?しばらく一緒にいるってのは。」

目の前の彼女はにこやかにとんでもない提案をしてきた。

俺はこの短いやり取りで彼女にすっかり惹かれていた。


翌日から文字通り人生が変わった。

今まで自分の運に魅せられよってきた女性はいたが、彼女はそんなこと微塵も気にしていないようだった。

等身大の自分を見てくれてる気がする。

ならば自分も彼女を特別扱いせず、ありのままで接するのが礼儀だろう。

まだ少し緊張して敬語が抜けないが、それすら気にしてないようだった。


当然断る理由もなく――

「ええ。こちらこそ喜んで。」

「ふふっ。嬉しいわ。

それじゃあ……今日からよろしくね?」


数ヶ月後、すっかり慣れた俺から敬語は消えていた。


数年後、俺たちは結婚した。

最初彼女は乗り気ではなかったが、時間をかけて口説き落とした。

彼女は根負けした。もう降参だ。

と、言っていたが、自分で掴み取った幸福だ。

これ以上に喜ばしいことはなかった。


数年後、異変は当然だった。

夕食の準備中、彼女は指を切ってしまった。

いつもならすぐさまキズは閉じるのだが、今日は治りはしたがゆっくりと時間をかけてだった。


数日後、似たように異変が俺の身にも起こった。

たまたま買ったクジ、いつもなら特等以外ありえないのだが……今日は4等だった。

当たってはいるが、明らかに運が下降している気がした。


時を重ねるにつれて、緩やかに減衰していく運と遅くなる再生速度。


数十年が経った。

俺はともかく、老いから見限られていたはずの妻はすっかりおばあちゃんになっていた。

2人ともまるで、どこにでもいる普通の老夫婦のようだった。


今でも俺はじゃんけんは負けなし、彼女も軽い擦り傷程度ならそこまで時間をかけずに治すことができていた。


若き日の出会いは眩しく、昨日のように思い出すことができる。

だが、あの時あった気味の悪い強運も不死身の肉体も時の流れにすっかり洗い流されて、残るは残滓だけだった。

だが、彼女と同じ時間を歩める幸運に比べれば安いものだ。


とある日、小春日和のよく晴れた日。

儂たちは縁側で、いつものようにゆっくり話をしていた。

他愛のない話、他人が聞けば取るに足らない話をいつまでも。


「……なぁそうは思わないか?」

「……」

「ん?ばあさん、眠ってしまったのか?」

心地よい陽光に包まれ、眠気は待つことなくやってきた。

「ふわぁ~。儂も少し眠ろうかの。

ばあさん肩を借りるぞ……」

目を閉じるとまもなく眠りに落ちた。


暖かな日差しがとある老夫婦を照らしていた。

どこにでもいる、仲睦まじい夫婦が寄り添い眠っていた。

そして、その目を覚ますことはついになかった。

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「並び寄り添う影」 人一 @hitoHito93

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