貴方と見る星空
グルグルグルグル
分からない。理解し難い。
僕は今、非常に深刻な頭の病気を抱えてしまった。
目に映る友人の顔や、耳に入る友達の声が聞こえなくなってしまったのだ。
こんな事、数年前頭の良い親戚の兄さんから永遠と今の政治の問題点について語られた時以来のことだ。
幸い、その時は頭がパンクして風船のように弾けてしまう直前、母が声を掛けて正気を取り戻すことが出来た。
母親という生き物は凄いモノで、自分の息子の神経回路がショートしかけている事を事前に察知することが出来るのだと、新しく学べた日でもあった。
しかし、当然学校に母親は存在せず、代わりに存在するのはむさくるしい中年おじさん教師や鬱陶しく僕に話しかけ続ける友人たちのみ。
僕はあの少女と話してから教室に移動するまでの記憶は殆ど覚えていない。
だけど、途中正気を取り戻さずこの席に座っている事を見るに、僕に声を掛ける友人は少なかったらしい。
授業が始まる直前、友人の赤城拓に声を掛けられて、上の空な状態からやっと地上にまで戻ることが出来た。
中学二年生にしては大柄な肉体に、まるっと刈り上げられた坊主頭。
みるからに野球部所属に見えるが、実際にはサッカー部に所属している。
そんな脳筋そうな彼は、思ったより良いやつであるというのが僕の評価だ。
クラスでいじめの問題があった時やトラブル事があった時に必ずと言っていいほど名前が上がっているが、それらの結果も本人なりの哲学に従った末なのだと思う。
僕に対しては悪い事はしてこないしね。
そんな事を考えていると、授業が始まっていたようだった。
視線に気づかれないよう横目で隣の席を見てみると、いつの間に戻ってきていたのだろうか。
少し古めの辞書を机に置き、いつもの通り姿勢よく先生の授業を聞いている彼女の姿があった。
辞書には図書館のシールが貼ってあることから、あの後図書館まで行って借りてきたのだろう。
僕は正面の黒板に目線を戻し、いつも通り退屈な授業に専念することに決めた。
授業は50分間。先生の話をちゃんと聞き、集中して板書と内容の理解に努めていれば、あっという間に過ぎていく時間だ。
僕はいつも以上に丁寧に、時間をかけてノートに黒板を書き写していった。しかし、この日はやはり、いつもと違い歯に挟まった何かがずっと取れずにいるような。
体と頭が別々に動いている様な、奇妙な違和感があった。
結局、この違和感の正体には授業が終わった後、帰りのホームルームでも家に帰っている途中にも、見つけることが出来なかった。
---
家に帰って、夕ご飯を食べて、お風呂に入って、机に座る。
中学二年生は、想像する以上に忙しいものだ。
部活動に参加していなくてもこんなに忙しいのなら、部活に所属していたならもっと忙しかったのだろう。
今日家に帰って一通りの事を済ませると、体にグッと疲れが押し寄せてきた。
僕は部屋のベットに横たわる。
まん丸なお月様の様な照明に、星柄のカーテン。
部屋が狭いからなのか、ベッドに横たわっていても、すぐ後ろのカーテンが視界に入ってくる。
でも何故だろう。今日はいつもより疲れが多く感じる気がする。
僕はゆっくりと目を閉じる。すると、心に一つ、大きな隕石が衝突したような、ポッカリと開いたクレーターを発見した。
このクレーターが出来た原因の隕石について、僕は目を背けることが出来なかった。
今日彼女に言われたことを、心の中で繰り返してみる。
初めて言われた言葉。
向けられた事の無い眼。
抱いた事の無い感情。
繰り返す度に、僕の中に新しい"何か"が広がっていく。
また、目を開けてみる。
すると、僕の部屋という広大な宇宙に、悠々と浮かぶ月があった。
月を掴んでみようと、手を伸ばしてみる。
しかし、僕が月に向かって幾ら手を伸ばしても手が届くことはない。
手をグーにしたり、パーにしたりして、一生懸命につかんでみようとしても、一片の空気すら掴めずすり抜けていくだけだ。
それには、色々な理由があるはずだと思った。
僕の腕が短い事だったり、この部屋が本当の宇宙みたいに、プカプカ無重力で飛べなかったり。
まだ、僕が子供だったり。
きっと彼女、赤渕凛さんが今日僕に発した言葉も、理由があるんじゃないだろうか。
僕が、月に手が届かない事みたいに、彼女の心に手が届かない事にも、きっと明確な理由がある筈じゃないだろうか。
きっと、そのヒントは今日、彼女から言葉を受け取った時に。
僕の頭が隕石みたいに重くなって、何も考えられなくなった事に、ヒントがあるんじゃないだろうか。
時刻は21時21分
気が付くと、無限かの様に思った宇宙も終わりを見せ始める。
部屋には1人の少年の整った呼吸音だけが残り、一日の幕がおりた。
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次の日学校に行くと、何やら教室が騒がしかった。
教室のドアを開き、一歩踏み入れると教室中央でたむろしている人達が一斉に僕の方に視線を向けてくる。
突然大勢の視線を浴びたので、思わず後ずさりしてしまう。
すると、1人の大柄な少年、赤城拓が手を振りながらこっちに迫ってきた。
「お〜やっときた!おいお前ら優希来たぞ~!」
突如近づいてくる大柄な男に腕を持たれ、なすすべなく彼らの居る席の元まで引きずられる。
何事かと思い、周囲にいる人間に目を向けると、いつも拓とつるんでいる連中だ。
彼らは度々問題を起こして先生に呼び出されているし、なるべく関わり合いにならないようにしている。
しかし、こうも無理やり連れてこられてしまっては、もう僕に抵抗する術はなかった。
あれよあれよと、席につかされると彼らは僕の前に一つの本を取り出した。
彼らでも本を読むのかと驚き、本のタイトルを読み上げようとする
「16タイプ性格診断...」
今巷で流行っている性格診断という本だった。
数十個の質問に答えると、自分の考え方の特徴や癖が分かるらしい。
僕は以前、クラスの女子からこれと全く同じ本を持ってこられて、診断をさせられていた。
僕自身この手の診断テストは好きだったので苦ではなかったが、興味のない人にとって数十問の質問の回答を考えるのは時間が掛かるし、苦痛に感じる人もいるだろう。
もうちょっと、人の意見とかを聞いてほしいものだ。
その時の僕の性格は確か、真摯に物事を考え、多角的な方面から物事を認識できる研究者タイプだったはず。
答えたのは数週間前だし、そうじゃなくてもそう簡単に自分の考え方が変化するとは思いにくい。
今日答えても出てくる診断結果は以前と全く同じものであるだろう。
しかし、彼らは以前僕がこの診断を行っていることを知らない。
ここで僕が断っても、ノリが悪いやつ認定されるだけだろうし、何よりさっきの様子から彼らは僕を待っていたみたいだった。
今日は大人しくまた受けてみる事にした。
にしても、この大きな図体によらず流行りに流されやすいらしい。
なんて事を考えていたら、意外に早く結果が出てしまった。
しかし、出てきた結果は以前とは違うものだった。
「お~!!やっぱりなぁ!!」
「勇猛果敢!明るくて勇気があって、人当たりが良い少年!だってさ!」
「優希くんっぽいよねぇ~」
なんだか拍子抜けだ。
確かに、こういった診断テストはその日の気分やコンディションによって多少結果が変化することは仕方無いと思う。
しかし、こうも正反対の答えが出てくるとは、僕が流されやすいのかこのテストが適当に作られているのか。
「ねぇ拓くんはどんな結果だったの?」
「ん?俺か?俺は、猪突猛進!恐れ知らずの戦国武将!!」
「へ、へぇ~そうなんだ。拓くんっぽいや。」
今度ばっかしは、見た目通りの診断結果で助かった。
確かに、彼ならば10回答えて10回は戦国武将の結果になりそうだ。
大まかであるとしても、意外と正確にその人の思考の癖は読み取れるものなのだろうか
だとしたらどうして僕は以前の診断結果とこんなにも違うのだろう。
そんな事を考えていると、ホームルーム前の朝の時間は終わりを迎えていた。
気付くと担任の先生が教室に入ってきており、クラスの皆も自分の席に座り始めていた。
自分の席に戻らないとと思い、席を立ちあがると、僕が今座っている机の右後ろに一人の女子が立っていた事に気付いた。
さっきまで、周りに男子がいっぱいいて気が付かなかったが、思えばこの席は僕の席ではない。
なので本来この席に座ろうとしていた人が、僕のせいで座れていなかったのだ。
「あ、ごめんね!!今どくから!」
「あ、えっと。だいじょうぶ!!」
そう僕が声を掛けた女子は、以前この性格診断の本を持ってきた女の子だった。
この席はこの子が座っていたのか。
僕は自分の席まで戻り、一限目の理科の準備をする。
ふと右の席に目をやると、いつも通り、背筋を伸ばし静かに本を読む少女がいた。
この日の授業は、何の変化も変哲もない、ただの一日だった。
一時間目に理科の授業を聞いて、二時間目に体育で走って。
三時間目と四時間は美術の時間で絵を描いて。
給食を食べて、また勉強して。
時折、隣の席の彼女を見たけど、相変わらず取っつきにくい完璧さを身にまとっていて。
僕はまだ、昨日の寝る前に自分の部屋で見つけた心のクレーターが、治っていないんだなって、時々思ったりしていた。
僕はまだ、このクレーターが、どうしてこんなにも気にかかるのか、分からないでいる。
「どうしたんだろう、僕」
学校からの帰路で、空に向かってそうつぶやいた。
当然、空からは返事は帰ってこない。
ただ空の向こうまで流れて行って、終わりのない宇宙にまで行ってしまう。
そんな空を、目を点にして見上げていた。
視界全体にただただ広がる晴天
空に海があるんじゃないかと思う晴天っぷりを見て、僕は息を小さく吐き出した。
---
代り映えのない青空から目を逸らし、一直線に帰宅すると、リビングのテーブルの上に一つの大きな箱が置いてあった。
形は長方形だが、全体でみると結構大きく、小柄な人型ロボットとかがすっぽり入りそうな大きさのダンボールだった。
「優希へ。
帰ったらこれを開けてみてください。太一お兄さんからもらったものです。
喜ぶと思います。母より。」
ダンボールの上にそう書いた付箋が張り付けてある。
太一お兄さんとは、頭の良い大学に行っている親戚のお兄さんのことだ。しかし、誕生日でもなければ記念日でもない今日に、何を送ったのだろうか。
頭が良くなるための大量の参考書とかだったら、是非お断りしたいところではあるんだけど...
等と考えながらダンボールを開ける。
すると、中には望遠鏡が入っていた。
「わ、わぁ。まじか。」
柄にもなく何も考えてなさそうな声が漏れだしてしまった。
しかし、それほどまでに突然で、大きくて驚いてしまった。
大きくて長い本体に、それを支える為のものであろう三脚のようなもの。
それに、倍率を変える物だろうか。レンズが数種類入っていた。
僕は一目散に望遠鏡を組み立ててみた。
組み立て自体は意外と簡単で、子供でもできるように大きなねじを回すだけの仕組みになっていた。
大方組み立ててみた後、本体のレンズに傷がつかないようにかぶせてあるカバーを外す。
すると、立派な望遠鏡が完成した。
僕の身長の2/3程度の大きさで、遠くからみてもなかなか迫力があるものだ。
早速、望遠鏡を覗き込んでみると、家の壁が物凄い倍率の高さで映し出された。
最初の内は、どこの壁だか分からなくなった程の倍率の高さに、心の中から湧き上がる衝動を抑えるのが難しくなった。
箱の中に目をやると、一枚手紙が入っていた。
その手紙には、太一お兄さんの文字でこう書いてあった。
「優希へ。
新しい望遠鏡を買ったので、以前使っていた望遠鏡を譲ります。
売ると高くなるだろうけど、売らないで大事にしてくれるとありがたいです。 太一より。」
僕に渡しておいて大事にしれくれ等と言うだなんて、意外と身勝手な事を言うものだなと思った。
しかし、そんな事はどうでもいいと思えるくらい立派な望遠鏡に、僕の心は魅了されていた。
時刻は17:15分。夏なので、まだ外は明るく、日が落ちるまでもう少し時間があった。
一刻も早く星空をこの望遠鏡で眺めてみたかったが、まだまだ見ることは難しいだろう。
さっきの晴天を見るに、今日は絶好の星見日和だと思ったので、僕は早めにお風呂と宿題を済ませて、ご飯を食べた。
心なしか、少し眠気がある。
時刻は19:51分。
部屋の窓から外を見ると、真っ暗な空が広がっていた。
日中はこの空を海みたいだと例えたが、一転、この空の奥には宇宙が広がっていると思わせる程の空模様だった。
空の所々には光の粒が散らばっていて、僕はその星に負けないくらい明るさで笑顔をつくった。
「いってきます!!」
「あんまり遅くなっちゃだめよ!!」
「分かってるよ!!」
まだ中学二年生、この時間に外に出かけさせるのは親としても心配だっただろう。
しかし、興奮する僕の様子をみて、知らぬところで根負けていたのか、何も文句は言ってこなかった。
大きな望遠鏡を担ぎ、ある公園に向かって走り続ける。
僕は望遠鏡を貰った後、どこで星を見るのがベストなのか考え続けていた。
家のベランダか、家の前の道路か、
いいや。どうせ見るなら周囲にあまり明かりがなく、ここよりも高度が高い所が良い。
そう考えた僕は、一つ星を見るのにうってつけの公園を思い出した。
『星空公園』
名前の通り星を見るのにとてもすぐれた公園だ。
遊具が少なく、辺りに住宅街もないため人が来ることは少ないが、それ故に周りに邪魔されず星が良く見える。
なにより、その公園は僕の家から徒歩10分で、比較的行きやすい。
すると、やはりあっという間に公園にまでついた。
だたっ広く広がる公園の入り口は小さく、何やら不思議な突起物が立っていた。
車やバイクの侵入を防ぐ為のものだろうか。
公園に入り、星を見やすいロケーションを探す。
目を凝らして辺りを見渡すと、照明で照らされていない位置に丁度ベンチがあることが分かった。
星を見る際に、光というのは物凄く邪魔になってしまうものだ。
そこのベンチにひとまず荷物を置いて、一旦望遠鏡を組み立てるとしよう。ベンチに向かってゆっくりと歩き出した。
しかし、そのベンチに近づくにつれて、僕の歩みはゆっくりになっていく。
しまいには、そのベンチから5m程の場所で歩みは完全に止まってしまい、先ほどまで鳴っていた土を踏む音が停まり静寂が広がっていた。
「えっと、こんばんは…?凛さん。」
「えぇ。こんばんは。」
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