理不尽
影森 蒼
理不尽
朝目覚めて、出社して、帰宅する。
無趣味な私は余暇を過ごすのにも困惑している。
私はある意味、理不尽とも言えるような社会の理に疑問を感じていた。
この世界は静かに狂っている。
本能的に嫌と感じる行為を生を受けてから、ただの有機物になるまで続けるのだから。
そして、誰一人として声を上げないのだ。
そうしなければ社会という整備された道から淘汰されてしまう。
誰かが代弁しなければならない。
私はこの日をもって、社会という閉鎖された理から外れた。
「おっはようごっざいま〜す!」
出社と同時に腰を振り回しながらした挨拶は日本人の生まれ持った受け流す能力によって無かった事になった。
会議で使う資料は虹色にしてみたり、社内に世界一臭いの強い食べ物を持ち込んだりもした。
それでも彼らは何も言わない。
「後藤さん。明日から来なくていいよ」
私は淘汰された。
いや、これは解脱だ。仕事という私を理不尽に縛り付ける枷からまた一つ解放されたといっていいだろう。
「おっけ〜」
軽い挨拶とともに私は社員証を課長に投げつけて会社を後にする。
外に出て一息ついてみたは良いものの、心地よさや爽快さといったものは特に感じられなかった。
理不尽から解脱してしばらく経った私は全てを失った。
家も、富も、人望も。
それで良かった。解脱した私の手から離れていったものはきっと理不尽を呼び起こすもの。
家は税に食い荒らされ、富は人を狂わせる。人望など諸悪の根源である。他人が存在するから理不尽が生まれるのだ。
私は公園のベンチに座り込み、子供たちに説法を説く様にぶつぶつと繰り返し理不尽を唱えるのだった。
彼らに話を聞いて貰うには230円のお菓子を買う他無いというのに。
呼び寄せた彼らは、樽に開いた穴にプラスチックの剣を刺して人形を射出してしまった者が負けという遊びを提案してきた。
10年以上社会人をやっていた私が、子供の遊びで遅れを取るわけがない。
しかし、待ち受けていたのは小さく、確かな理不尽。
人形が射出される穴の位置が変わらないという。
結局、どの穴が外れか想像する遊びから、どの穴が外れだったかを記憶する遊びに帰結してしまった。
さらに、全員が記憶してしまったが最後、刺す順番を決めるだけで勝敗が決まってしまう極めて短絡的な遊びへと変貌してしまったのだ。
この時、人類が理不尽に声を上げない理由が分かった。
きっと、幼い頃から多くの理不尽に遭遇しているのだ。
理不尽中毒とでも言おうか。
私は五回連続で確定で外れの穴を刺す順番となってしまったため、前転で感謝の意を表しながらその場を後にした。
私は放浪した。
残飯を拾い食いしたり、アスファルトに溜まった泥を啜ったりもした。
今もなお、理不尽からは逃げることは出来ずにいる。
それでも健康で文化的な最低限度の暮らしを保証する制度には頼りたくない。
これでさえ観る視点が変わったら理不尽なのだ。
空に浮かぶ灼熱は私の身を焼き焦がさんばかりに熱線を送ってくる。
不尽の如く湧き出る理不尽は、すでに私の中に巣食っていたのだった。
理不尽 影森 蒼 @Ao_kagemori
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