1.2 無限迷宮へ
異世界への冒険――まずは、転生もしくは転移というイベントがあると、僕は思う。小説やアニメそしてゲームを楽しんだ人であれば、そんな前提知識は共通認識というか常識のようなものだろう。もちろん、僕もそのひとりだ。
神様から突出した能力や万能なチートスキル等々、つまりこれさえあれば剣と魔法の異世界を自由に冒険できるといったものを授けてくれる。
そんな力を無条件で与える神ってどうなのよ、という疑問も重々理解している。
最強のモンスターを召喚できる魔法だろうか?
一振りでどんな敵でも屠ることができる伝説級のソードを貰えるのだろうか?
前世の記憶からどんなアイテムでも作成できるスキルを付与されるのだろうか?
「これもあれも、全部ほしい!」そんな欲張りも、少なくないはずだ。
ともかく、どんなスキルにせよ能力にせよ、これから授けられる力に胸を躍らせる瞬間は、見ている側も心が高まるものだ。そうして、未知の世界で冒険を繰り広げていく姿に、誰もが憧れをいだく。
これが王道だと信じていた。そうだろ?当然だろう?
そして今、このイベントを迎えている。夢ではない、現実だ。
真っ白な空間の中に、人間離れした美貌をもつ女神と――なんていう展開ではなかった。
端正な顔立ちとは釣り合わないほどの不気味な笑みを頬に浮かべた青年。
すらっとした長身に漆黒の執事服を装う。人間のような姿をしているが、名は魔神ゲネシスという。
そんな神が自慢げに胸を張り、腕を前に突き出してドヤァッとピースしている。
僕もピースした方がいいかな?あっ身体がなかったんだ。心の中で引きつる表情を無理矢理、笑顔にしてみせる。
”魔神”と言うからには、厳密には神ではないかもしれない。いやもっと邪悪な何かかもしれないが、僕を異世界へ導いてくれる”チャンス”を授けてくれるようなので、とりあえず”神”とした。
たぶん今でも、心の中を覗かれているんだろうなだ……。
「ステータスは確認できました。これからどうなるのでしょうか?」
当然、聞く。嫌な予感しかしないからだ……。
「ふふふ。私が腕によりをかけて”創った世界”に挑み、最奥にある転移門へ辿り着けばゴールです。その門をくぐれば第二の人生の幕開けです!」
「”創った世界”とは何でしょうか?そこと想像している異世界の区別が……」
――神は、創生することができる。
これは前世でも聞いたこともあるし、そう信じられていた。
目の前にいる”神”が創生したのだから、”創った世界”も僕の目指す異世界だろう、と至極当然の疑問を抱く。
パチンッ!
「よくぞ聞いてくれました!」という面持ちで、指を鳴らして完璧なウインクをしてみせた。瞳が一瞬、光が反射した鏡のようにピカッと輝いていたような……。おっと、集中。
「いけないなぁ。ついつい昔の感覚で”創造”という言葉を……。世界の全てといった、そのような壮大なものではありません」
懐かしむような、けれども目の輝きはこれまでの爛々としたものではなくて、どこか虚ろな瞳で、一瞬のことではあったけど僕は見逃さなかった。ただの魔神ではないのだろうか?
そして続いて。
「さまざまな異界に棲む者達をそして周囲の環境を基に、私なりにアレンジを加えた物です。そうですね……無限迷宮インフィニット・ダンジョンが相応しそうですね。そう呼びましょう!」
少し頬を赤らめ、ヒートアップしたご様子で。それに対して、僕はさすがぁ神様2割、まさかそこへ行かせる気なのか悪魔8割。
その無限迷宮インフィニット・ダンジョンの、説明が始まる……。
「安心してください。ふふふ。その無限迷宮インフィニット・ダンジョンの中では貴方は特別です。死んでもすぐに生き返ります……。むしろ死ぬことができないというのが正しいでしょうか」
目を細め、顎に指を当てながら、そう言った。
僕は思わず、口ずさんだ。
「……死なないとはどういうことでしょうか?」
「驚かれましたか?まあ、当然でしょう。無限迷宮インフィニット・ダンジョン内では特別な肉体に宿っていただきます。見た目は人間と変わりません。食事や睡眠もできますし、もちろん傷も負います。そしてその肉体はどんな傷でも、たとえ灰になっても再生し、貴方の魂を離しません――」
さすが神様です!それなら安心できる……痛みとかはどうなるんだ?
感嘆しつつ様々な疑問が頭の中で浮かび上がっている最中。
「コルプス……シネ……アニマ……」
唐突に、神々しい声音が勢いよく響き渡った。
「ぎゃぁぁぁぁあああ!!」
喉があったら潰れるくらい、大声で叫んだ。
そうれも当たり前だ。
……暗闇の中に、突然裸の少年が至近距離で現れたんだ。
短く整えられた灰色の髪が、サラサラとなびいている。
不健康なほど蒼白なシミひとつない肌に、彫刻されたかのように無駄な肉がない、引き締まった筋肉。
1本1本が波のようなウェーブに垂れて下がった睫毛に、眉間からすっと伸びた鼻先、ふっくらとした桃色の唇。これらすべてが、男の僕でも見入ってしまいそうなほど、美しく並べられている。
最高級、でも未完成な美術品――魂という最後のピースでこれは美として完成する。
……まさに神業だ。
なぜ少年、つまり男だって分かったかって?「真っ裸だった」で察してくれ……。
「ふふふ。満足していただけそうですね。技巧を凝らした甲斐はあります。これが新しい身体です」
肉体の肩に輝くダイヤモンドで装飾された両手をのせ、見慣れた笑みを浮かべた顔を真っ白な少年の首もとにそっと近づける。
次の瞬間――。
少年の肉体の周りが淡く光を纏い、目の前が真っ白になるほどの閃光を放った。
ギフト《無限の可能性》を授かりました……。
基本ステータスの全リミッターを解除……成功。
全属性の魔法の適正を付与します……成功。
スキルの上限数を解除します……成功。
ギフト《不滅の肉体》を授かりました……。
その刹那――頭の中で透き通るような声音が響く。
”目”が開いた。
久しぶりな、懐かしいそんな感じの、……本当の目覚めだ。
辺りが、暗闇なのは変わらない。
心臓が鼓動を打っているのを、感じる。
素っ裸だけど……この温かい感触と吐息……?
耳元から、あの不気味な「ふふふ」が鼓膜を伝って脳に響いた。
「新しい肉体に満足されたご様子で……」
……そうだった。神様がこの肉体――もう僕自身か――に身を合わせていたんだ。
「ええ……不思議なほどに馴染みます」
身を震わせ、僕は必死に、引きつった頬に笑顔をつくる。
これが僕の、初めて見せた表情だったのだ。
ともかく、本当に馴染むぞ。
背丈は12、13頃の自分くらいだ。
グイッと腕に力が入る。
歩ける。
ちょっと神様を見やると、まるで無邪気なこどもが公園でケガをしないか心配している親のような眼差しで、僕を観察するように見ていた。
ずんずん走れる。
おー。軽々と飛べる。着地も――わっ!
地面に着地する寸前、身体の動きが止まった。
そして神様の方もとへ、吸い込まれるように、宙を浮かびながら戻った。
すみません。少し夢中になっていました……。
「最後の確認です。これをご決定された後は、もう後戻りはできません」
反射的に姿勢を正してしまった。
神様の顔からは、これまでの不気味な笑みは消え、威厳に満ちた表情へと変わっていた。
僕は、固唾を呑んで耳を澄ませる。
「本来、貴方はここ地獄に居るべきではない。私の力で天国へと戻すことができます。貴方の次元では……魂が輪廻転生されます。前世の記憶は消えて、同じもといた世界で人間として生まれ変わるのです」
元いた世界――生まれ変わってもきっと退屈な人生だろう。僕は前世の自分がきっと嫌いだったんだ。
毎日同じことの繰り返しはもう嫌だ――自分を変えたい。そして世界を自由に羽ばたきたい。
夜遅くまでの仕事に満員電車、そして誰もいないアパート。
趣味はあったが本当に楽しめていたか?……いいや、すべてはただの暇つぶしだったのかもしれない。
本当の自分はもっと自由で非日常な……。
「もう1つは……」、ギラギラと真紅の瞳の奥を地獄の業火のように燃やしながら、僕を指して続ける。
「無限迷宮インフィニット・ダンジョンに挑んで、転移門を目指す。その過程すべてが”無限の可能性”によって、貴方の力となる。決して死ぬことのできない道のりはまさに生き地獄・・となるでしょう」
僕の決意は、最初から決まっている。
無限迷宮インフィニット・ダンジョン――神様が作った狂気に満ちたダンジョン。
異界――きっと、神話上に登場するような怪物だらけの世界だろう。
味方は、いないかもしれない……。
1人で、突き進むしかないかもしれない……。
永遠に、出ることができないかもしれない……。
正直、恐怖で身体が震えている……。
でも、同時に心の中で……じわじわと灼熱の炎のような高揚感が湧き上がってくるのを、感じる。
ここには、いやこれから・・・は、待ち望んでいた世界に飛び込めるんだ。
試練だって?もう僕にはそれですら、冒険なんだ。
”無限の可能性”――僕にはこれがあるから。
何にだってなれるんだ!
職業が《無限迷宮インフィニット・ダンジョンへの挑戦者》になりました……。
「……どうやら決まったみたいですね。本当に貴方は面白い……」
パチンッ!
「うわっ!」
地面が消えた。どんどん神様の姿が小さくなっていく……。
最後に神様を見た時の顔は、我が子を見送る親のようなあたたかい慈愛に満ちた笑顔を浮かべていたような気がする。
…………貴方の活躍を、いつも見させていただきますよ。
そしてシャルル、いつか貴方との再開を楽しみにしています。最後に……。
ようこそ。地獄へ!…………。
頭の中で、あたたかく囁い声が心地よく響いた。
ギフト《名前》が与えられました……。
ギフト《魔神からの贈り物》を入手しました……。
アイテムボックスに収納します…………。
…………。
……。
僕は、シャルル・デウス。
第二の人生では世界を、自由に羽ばたく――。
まずは、地獄からスタートします!
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