第2話 スライムの恋と勇者の胃痛

俺の名はユウト・ナガセ。

 異世界に転生して勇者になった……のだが、攻撃力は5、防御力は3。

 最弱である。どのくらい最弱かというと、木の枝で叩いてもスライムにダメージを与えられないレベルだ。

 だが、俺には唯一のスキル「モンスター思考読取(?)」がある。

 つまり、モンスターの心の声が全部聞こえる。これが、便利なようで、地獄のようで。



「ねぇユウト、その木の枝、なんか呪われてね?」


『なんか弱そうな棒だな……』


「ゴルド、お前の心の声と口が連動してるぞ。」


『え、あれ? もうわけわかんねえ。』


 相棒のゴブリン・ゴルドと旅を続けて早二週間。

 村人たちは俺を“ドラゴン退けし勇者”と呼び、ゴルドは“改心したモンスター”と呼ばれている。

 現実はどっちも誤解なのだが、まあ悪い気はしない。


 そんなある日のことだ。

 川辺で休憩していた俺たちの前に、ぷるんと丸い影が現れた。


「お、スライムじゃねえか。」


『うふふ、また人間……今回は……いけるかも……』


 なんか妖しい声だな。


「こんにちは。俺はユウト、勇者だ。一応。」


『勇者!? きゃっ……! 本物だ……!』


「ん? なんか反応おかしくね?」


 スライムは体をぷるぷる震わせ、なぜか赤く(?)なっている。

 液体が照れるな。


『あの、その……わ、わたし、ユウトさんのファンで……』


「は?」


『だって! ドラゴンを退けたって聞いて! もう勇ましくて! 素敵で!』


「……誤報が独り歩きしてる……」


『あれ? このスライム、雌だったのか?』ゴルドがつぶやく。

『そうよ! 失礼ねゴブリンさん!』


「名前、あるのか?」


『ピリィです! ピリィ・スライム!』


「なんで名字あるの!?」


『だって、かっこいいでしょ!?』


 ……なにこのテンション高いスライム。

 ピリィはまるでアイドルファンのように俺を見つめている。

 その目(というか体の中央の泡)には、ハートが浮かんでいた。


『ユウトさんと、旅がしたいですっ!』


「いやいやいや、仲間はもう足りて——」


『お願いしますっ!! がんばりますっ!!』


 涙目(?)で頼まれると断れない俺は、結局こう言ってしまった。


「……しょうがない、少しだけな。」


『やったあああああ!!』


『おいユウト、これ絶対面倒なやつだぞ……』


「わかってる。でも放っておけねえだろ。」



 それから数日。

 俺、ゴルド、ピリィの三人で旅を続けていた。


 ピリィは荷物持ちを買って出たが、

 荷物を吸収して溶かすという致命的な欠点を持っていた。


「うわっ! パンが消えた!!」


『だって……美味しそうだったから……』


『パン食うスライムてなんだよ!』


「胃が痛え……」


 だがピリィには意外な才能があった。

 夜、焚き火の代わりに自ら発光し、暖かい空気を出すのだ。


『スライムは体内の魔素を燃やして温度を調整できるのです♪』


「めちゃくちゃ便利じゃねーか!」


『でしょ? ユウトさんの役に立ちたくて♡』


「胃が……二重に痛い……」


『おい、完全に惚れられてるぞ。』ゴルドがニヤつく。


「やめろ、そういうフラグいらねえ。」



 その夜、ピリィが少し離れた場所で光っていた。

 どうやら一人で何か考えているようだ。

 ……心の声が、自然と入ってくる。


『……ユウトさん、やっぱり人間の女の子の方が好きなのかな……』


 俺は反射的に声をかけてしまった。


「いや、別にそんなこと——」


『えっ!? 聞こえてたの!?!?』


「うっ……ごめん、スキルのせいでつい……」


『もうやだ! 心の中まで聞くなんて、エッチ!!』


「違うから!!」


『ユウト……最低だな……』とゴルド。


「誤解だって!!」


 夜空に俺の悲鳴が響く。

 勇者の尊厳、地に落ちる音がした。



 翌朝。気まずい空気の中、俺たちは小さな村にたどり着いた。

 そこで出会ったのは、商人風の男だった。


「おお、勇者様ではございませんか! 実は困っておりまして……」


「またか……」


 男の話によると、最近村の近くに“スライム盗賊団”が出るらしい。

 人の荷物を奪って逃げる凶悪スライムたちだという。


『スライムが盗賊? 珍しいな。』とゴルド。


『……それ、もしかして……』とピリィが小さく震える。


「どうした?」


『……それ、わたしの……兄たちです。』


「え?」


 ピリィの声が沈んだ。

 どうやら、スライム族の中でも暴走した連中がいるらしい。

 ピリィは元はその一味だったが、人間を襲うのが嫌で逃げ出したという。


『止めなきゃ……ユウトさん、お願い。』


 その瞳は真剣だった。

 ……こんな顔をされたら、断れない。


「行こう。ピリィの家族、助けに行くぞ。」


『ありがと……ユウトさん。』



 夜。森の奥。

 そこには大小さまざまなスライムが集まっていた。


『兄さん! もうやめて!』


『ピリィ!? 裏切り者が何を言う! 俺たちは生きるためにやってるんだ!』


「話を聞け! 人を傷つけなくても生きていける道はある!」


『勇者……? 人間の味方をするとはな!』


 ピリィの兄が怒りで体を黒く変化させる。

 闇スライム。魔素を吸って凶暴化した個体だ。


『なら、力づくでわからせる!』


「うわっ、きたっ!」


 俺はとっさに木の枝を構えた。

 が、攻撃力5。どうしようもない。


『ユウトさん、下がって!』


 ピリィが前に出た。

 彼女の体が強く輝く。まるで炎のように。


『お兄ちゃん、わたし……勇者さんと出会って、知ったの。

 優しさは、弱さじゃない。守るための強さなんだって!』


『ピリィ……!?』


 光が爆ぜ、闇スライムがのけぞる。

 ピリィは全力で彼を包み込み、体内の魔素を浄化した。


『ぐあっ……やめろっ……ピリィ……っ!』


 眩い光のあと、そこには、ただの透明なスライムが残っていた。


『……ありがとう。』


 兄の声が静かに響いた。



 翌朝。村に平和が戻った。

 スライム盗賊団は改心し、森の掃除を手伝うようになったという。

 ピリィは疲れ切って眠っていたが、穏やかな顔をしていた。


『なあユウト。お前、また一つ伝説を作っちまったな。』


「いや、俺なにもしてねえけどな。」


『そういうとこが勇者なんだよ。』


「……褒められてる気がしない。」


 朝日が昇る。

 新しい日が始まる。

 最弱勇者と、ゴブリンと、スライム。

 奇妙な三人の旅は、まだ始まったばかりだった。

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