第二幕 ストーン・コールド・クレイジー
第8話 〝キラー・クイーン〟サーシャ
どうやら、サーシャは巷で〝キラー・クイーン〟と呼ばれ始めているらしい。
殺しの女王? 殺人は極力控えるようにしているのに、ひどい言われようだと思う。
とはいえ、クール・ファミリーに肩入れし、ネクサス・ファミリーという敵対組織の取引を次々台無しにしていったのも事実。いよいよ連中も、〝見た目は〟8歳児のサーシャが普通ではないことに気が付いたのであろう。
まぁ、気が付かれたところでなにか支障が出るわけでもないが。
「髪の毛、伸びたなぁ~」
ツヤのある金髪が、目元を隠すくらいに伸びてしまった。シャワーの際に髪を洗うのが面倒なのは、もはやロングヘアを通り越した長髪の所為だ。
「切ってきたら? アンタ、無頓着すぎ」
洗濯物を畳んでいる、最近それとなく名前を聞いた姉リンは、いつまで経っても髪の毛を切ろうとしないサーシャに呆れているようだった。
「そうだね。リンお姉ちゃんの言う通りだよ。切ってくるか~」
「裏社会の薄汚れたお金でね」リンは嫌味を言う。
「そんな言い方もないでしょ。この見た目でお金稼ぎなんて、売春と裏稼業くらいしかないんだからさ」
「アンタ、変わったね」
「なにが?」
「〝祝福〟を受けてから、アンタは目つきも変わった。いつでも獲物に飢えてる獣みたいな目つきしてる」
「なら、祝福がいけなかったと? それしか手段がなかったのに?」サーシャは姉に向き直す。「大丈夫。これでも、自分の制御方法くらい理解している。そして殺されることもない、ってここで約束する。お姉ちゃんは安心して、家のことをやっていれば良い」
「……、」リンはサーシャを睨む。
サーシャは意にも介さない。「んじゃ、私は髪切ってくる」
相変わらず小汚い街、相も変わらぬ発砲音、薬物依存者、空気の質が悪すぎて見えない太陽。こんなところに暮らしていたら、いつかうつ病になってしまう。
というわけで、
(たまには、イーストAsから出てみようかな)
考えてみると、仕事や普段の生活をしている中で、サーシャは一度もイーストAsから出たことがない。この〝アンゲルス連邦共和国〟は、東西南北の4大都市に〝アーサー・シティ〟という首都で構成されている。なら、たまにはノースAsに向かってみよう。
そう思ったサーシャはスマホでタクシーを呼び、到着した途端「ノースAsの……運転手さんおすすめの美容院まで」と無茶振りした。
「そもそもお嬢ちゃん、お金あるのかい? ここからノースAsとなれば、200メニーは必要だよ」
「はい」サーシャは100メニー札を3枚、運転手に渡す。
「イーストAsの住民とは思えないねぇ……。まぁ良いや。美容院まで案内するよ」
「お願いします~」
*
ぴったり200メニーで、サーシャはノースAsに足を踏み入れた。とりあえずチップ代わりに100メニー札を渡して、サーシャは摩天楼の建ち並ぶ街を一瞥する。
(良い街だ。ニューヨークみてぇだな)
発展した街並みに、少し感動を覚える。空気もそれなりに澄んでいて、太陽が見えるほどだ。
またイーストAsには教会はひとつしかなかったが、ここには目視できる範囲で3つはある。異能力を授けてくれて、ありがたい説法を解いてくれる教会も、結局ヒトが訪れなければ意味がない。そう考えると、明らかに人口密度の高いノースAs市にそれなりの教会が設置されているのも妥当だろう。
(治安もイーストAsよりだいぶ良い。少なくとも、発砲音は聞こえないし)
もはや銃声音が聞こえないだけで感動してしまう始末だった。イーストAsがそれだけ歪んだ街である、と再認識させられる。
(まぁ良いや。髪切り行くか)
サーシャは目の前にある美容院へと入っていく。料金は、看板を見る限り『小学生以下:200メニー』。随分強気な価格設定である。とはいえ、それだけの技術があるのであろうと、サーシャは予約もしていないのに建物の中へ入っていく。
「いらっしゃいませ。ご予約は?」
「していないです」
「でしたら、少しお待ちになりますがよろしいですか?」
「はい」
「では、そちらへどうぞ」
待ち合い席には、ふたりの女性がいた。年代はともに似通っているように見える。おそらく30代前半だろう。仲良く席を隣にしている割には、ふたりともスマホに夢中なのか会話すらしていない。
しかし、たとえこのふたりが険悪だろうとサーシャには関係ないため、ひとつ席を空けて座り、雑誌を読み始める。
そんな最中、サーシャはなにか悪寒を感じた。睨まれているような、そういう感覚。美容師は髪を切るのに集中しているので、そもそもこちらを見ていない。となれば、
(……どうも、このふたりが睨んでいるようだな)
直感なので確証はないが、いつ戦闘態勢に移ってもおかしくないくらい殺気のような気配を飛ばされている。こんな〝いたいけ〟な子どもを睨んでどうするのか。
されど、サーシャは涼しい顔をしながら女性のトレンドの髪型を見続ける。殺気を飛ばされようが、なんだろうが、店内で絡んでくることもあるまい、と。
「━━〝キラー・クイーン〟サーシャだな?」
サーシャは「はぁ」と溜め息をつき、
「そう言われているみたいですね。貴方のお名前は?」
と飄々とした態度で返す。
サーシャは彼女をチラッと見る。
白い髪は、白髪というわけではなく地毛のようだ。モジャモジャした髪質で、メガネをかけている。身長は目視範囲で170センチ弱。目の下にはクマがあり、高級美容院に来ているというのに白衣をまとっていた。
「私はクレーバー。近々、君を逮捕しようと思っている者だ」
「あぁ、そうですか」
美容師たちの手が一瞬止まった。当然だろう。こんな8歳程度の幼女を逮捕する? 一体なにをしでかした? と。
「なに言ってるんですか、博士。キラー・クイーン、というか……クール・ファミリーの無力化はあたしの管轄ですよ」
そう反論した女性は、サーシャと同じく金髪━━ただしだいぶオレンジ色に近い色合いだ。髪の毛はセミロングヘアくらいで、目は青い。こちらは〝クレーバー〟という女性より、身長が幾分か高い。175センチくらいか。
「ま、そういう話は髪を切り終わってからでも良いじゃないですか。ここだとカタギもいますし」
サーシャは、そう言ってふたりを落ち着かせようとする。一方、このふたりは政府側の人間なのにも気が付いていた。確かに一般人にも逮捕権はあるが、サーシャが〝キラー・クイーン〟の異名を持っていること、そしてサーシャという8歳の幼女がキラー。クイーンだと断定できる時点で、結構な情報を握っている━━すなわち、政府の狗なのだ。
(ッたく、イーストAsからリオとかを応援に呼べないし、こりゃあ喧嘩かね)
後ろ盾になっているクール・ファミリーに今連絡したところで、更にいえばこんなジロジロ監視されている中で、応援を呼べるわけもない。サーシャはあくびして、身体を伸ばすのだった。
*
「あ、ありがとうございました。あの、お気をつけて」
「あのふたりのことですか?」
「は、はい。あの方たちは〝この国の最高戦力〟。貴方がどんなことをしでかしたか知りませんが、覚悟しておいたほうが良いですよ……」
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