第28話 雷鳴の断罪
空間が砕け散った先には、都市の地下深奥に存在する『霧の王』の巨大な魔力核が、青白い光を放ちながら脈動していた。その核を背に、かつての仲間であるゼノス・ヴァルディスが立ちはだかっている。
リセル・フローレンスは背負ったアークの重みと、体内に刻まれた灼熱の「鎖」の負荷に耐えながら、目の前の光景に息を呑んだ。
「ゼノス……なぜ、あなたがここにいるの!?」
リセルの問いかけに対し、ゼノスの表情は冷たく、一切の感情を排していた。彼の全身を覆う雷魔力が火花を散らし、巨大な核の青光と激しく衝突し合っている。
「リセル。ようやく見つけたぞ」ゼノスは憎悪を込めた目で、リセルの背中のアークを睨みつけた。「お前が、古代の術を破壊し、王を解放した異物と共謀していたとはな。見損なったぞ」
「違うわ、ゼノス! 私たちは王を再封印しようと――」
「黙れ!」ゼノスが放つ雷魔力の圧力が通路全体に轟き、リセルの身体が震えた。「言い訳は聞かぬ。この結果を見ろ! 霧は晴れ、外部勢力に都市の存在が露呈した! すべては、お前たち不確実な力を信じた馬鹿な行動のせいだ!」
ゼノスは、自分が古代の封印を破壊した事実を完全に無視し、目の前の二人を断罪することで、自らの行動を正当化しようとしていた。その短絡的な怒りは、リセルにとっては痛いほど理解できた。彼は常に、自身が持つ「確実な力」こそが正義だと信じていたからだ。
「王の核へ近づくことは許さない」ゼノスは右手を掲げた。彼の掌の上で、通路の幅ほどもある巨大な雷撃が収束していく。「ここで、貴様らを正義の鉄槌で叩き潰す!」
リセルの青い光の鎖は、極度の緊張と恐怖で赤黒く変色し始めていた。この通路の幅では、ゼノスの最大出力の攻撃を回避することは不可能だ。
「やめて、ゼノス! 私たちの目的は、この王の核とアークの能力を同期させ、都市の真の危機を食い止めることなのよ!」リセルは必死に叫んだ。
「その虚飾の能力が、何の役に立つというのだ!」
ドオォン!
ゼノスの最大出力の雷撃が、火を噴くようにリセルめがけて放たれた。リセルは反射的にアークを抱き締め、目を閉じた。体内の鎖が燃え上がり、彼女の魔力は一瞬で枯渇しかける。
しかし、痛みと閃光がリセルを貫くことはなかった。
「……何?」
リセルが目を開けると、驚くべき光景が広がっていた。ゼノスの雷撃は、彼女たちの体を避けるように、まるで巨大な水の流れが岩にぶつかったかのように二つに割れ、王の核の左右の壁面へと逸れていったのだ。
雷撃が壁を直撃し、通路が激しく揺れる。ゼノスは信じられないといった様子で叫んだ。
「な……何だと!? 私の雷撃を逸らしたか!」
リセルは背中のアークの青い傘を見た。傘は微かに震えているだけだ。しかし、彼女の意識に、昏睡中のアークから冷たいデータが流れ込んできた。
『――観測。雷魔力ストリーム。外部干渉による過剰収束を、強制、展開(デプロイ)』
アークは、ゼノスの雷撃という「強力なエネルギー流」を、その極微細な流れの段階で「観測」し、傘の展開動作と同じ原理で「散開」させたのだ。
「能力の真価を発揮したようだな、アーク・レインハート」
闇の中から、監視者の冷たい声が響いた。
「驚くことはない、リセル・フローレンス。君が『観測者』として接続されたことで、彼の能力はより高度な情報処理が可能となった。ゼノスの雷撃は、あくまで『エネルギー流』。それを操作することなど、【虚飾の展開者】にとっては、傘の開閉よりも容易い」
リセルは歓喜と驚愕がない交ぜになった表情を浮かべた。ゼノスの最大攻撃を、アークは無意識下で完全に無効化したのだ。
「そして、重要なことを伝えよう」監視者が続けた。「ゼノスが放つ強力な雷魔力は、外部勢力の持つ兵器の出力を高めるための、完璧なエネルギー源だ。彼の破壊的な攻撃は、街を救うどころか、敵の攻撃を誘発させている」
「そんな……!」リセルは顔面を蒼白にした。ゼノスの持つ「確実な力」は、皮肉にも最大の危機を招く起爆剤だったのだ。
「ゼノス! あなたのその力は、街を救うどころか、外部の敵に利用されている! すぐに攻撃をやめなさい!」リセルは叫んだ。
しかし、ゼノスは激しい怒りに理性を奪われていた。彼は自分の攻撃が失敗した理由を、アークの能力によるものだとは夢にも思わず、ただの偶然だと判断した。
「黙れ! 貴様、誰の許可を得て、この街で勝手な行動を! これは私の正義だ!」ゼノスは再び両手に雷撃を収束させ、今度は通路全体を焼き尽くすかのような、広範囲の雷を放とうとした。
「いけない! 今度は範囲攻撃だわ!」リセルはすぐに、螺旋の光の道を駆け上がろうとする。
『――観測。王の核、同期直前。外部エネルギー干渉、飽和。』
アークの無意識の戦略が、新たな指示をリセルに伝えた。この場に留まるのは危険だ。リセルは背中のアークに強く念じた。「アーク、お願い! 王の核まで、この雷魔力を利用して、私たちを誘導して!」
リセルは、ゼノスの雷撃が王の核に激突する瞬間に、アークの能力でそのエネルギー流を逆利用することを思いついた。
彼女は迷わず、螺旋階段を猛スピードで駆け下り始めた。ゼノスの雷撃が、彼女たちの背後を追尾する。
「貴様ら、逃げるな!」ゼノスが叫ぶ。
雷撃がリセルのすぐ後ろまで迫ったその瞬間、リセルは柄の先端を核の方向へ向け、アークの青い傘を強く握りしめた。
「誘引(インダクション)! 私たちの代わりに、この雷を同期に利用させてもらうわ!」
リセルの意思とアークの無意識の能力が融合し、ゼノスの雷魔力が王の核の中心へと強引に引きずり込まれる。雷撃は、核の周囲を鎖のように絡みつく古代の術式を一瞬で焼き払い、そして、王の核へ吸い込まれていった。
キィィィン!という耳鳴りのような高周波が鳴り響く。
王の核の脈動が急激に安定し、通路全体が青白い光に満たされた。リセルの体内の赤黒い「鎖」の光も、一時的に鮮やかな青へと戻る。同期が始まろうとしていた。
リセルは、激しい光の中心で、王の核の表面がまるで液体の金属のように溶け始めているのを見た。
「成功したわ……! 王の核が、アークの力に反応して、接続点を――」
その時、青白い核の表面から、ゼノスの雷撃によって焼き払われたはずの古代の術式の鎖が、黒く変色した状態で再構築され、核の中心から飛び出してきた。
「油断するな、リセル・フローレンス!」監視者が警告する。「術師団の鎖だ! 奴らは、王の核の深部にまで、能力封印の術式を巡らせていた!」
黒い鎖は、同期を始めたばかりのアークの青い傘めがけて、猛烈な速度で襲いかかってきた。ゼノスの雷撃による破壊は、術師団に、王の核の最深部を狙うチャンスを与えてしまったのだ。
「ここで、能力を封印されるわけにはいかない!」リセルは絶叫した。しかし、彼女の身体は制御の鎖の負荷で限界だった。
その瞬間、昏睡状態だったアークの口元が、わずかに動いた。
「……観測。鎖(くさり)。能力、展開(デプロイ)。――全て、観測下へ」
アークの意識が覚醒したかのような、強い意思を宿した声が、通路に響き渡った。そして、リセルが背負っていた青い傘の骨が、核の青白い光を呑み込むように、漆黒に染まり始めた。それは、アークが地下第二層で発見した、もう一本の傘――『黒い傘(鎖の器)』の能力の再現だった。
黒く染まった傘は、迫りくる黒い鎖を迎え撃つのではなく、核の青白い光そのものに対して展開された。
次の瞬間、王の核全体から、これまで観測されたことのない、途方もない量の極微細なエネルギー流が、傘を通じてアークの体内に吸い込まれ始めた。
これは、同期ではない。
「彼は……王の核の魔力全体を、自身の能力の『源流』に収束させているのか!? 能力のオーバーロードだ!」監視者が驚愕に声を震わせた。
アークの身体が、限界を超えたエネルギー流の奔流で激しく脈動し、その光は、王の核の表面を突き破り、通路全体へ放射された。
リセルは、自分の意識が遠のくのを感じた。
その光の中、漆黒の通路の別の亀裂から、象牙色の杖を持つ男――術師団のリーダーが、狂気に満ちた顔で、リセルとアークを見つめていた。
「ようやく見つけたぞ、虚飾の展開者! その力を、我々が永久に封印する!」
リセルは、能力の暴走と、術師団の新たな介入により、視界が白く塗りつぶされるのを感じた。
意識が途切れる直前、彼女は能力の源流の光の中に、数千年にわたる『霧の王』の歴史と、その封印に関わる一つの記憶の断片を見た。
そこには、アークと全く同じ青い傘を持ち、絶望的な状況の中で、その能力の封印を自らに課す、**古代の術師の姿**があった。
「あれは……アークの……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます