第27話 制御の鎖と王の核
リセルの体に浮かび上がった青い光の文字は、急速に赤黒く変色していた。それは、彼女の魔力が、アークの能力の『源流』から流れ込む途方もないエネルギー流の奔流に耐えきれず、焼き尽くされそうになっている証拠だった。
「嘘……こんなの、聞いてないわよ、ノア!」
リセルは激しい痛みと魔力枯渇の恐怖に顔を歪ませ、闇の通路の何処かに潜む『監視者』に向かって叫んだ。
「代償だよ、リセル・フローレンス」
監視者の声は、冷たい霧のように周囲に響き渡る。
「能力の源流に触れた者は、その能力の**『観測者』**として、強制的にその制御を担わされる。君は今、彼の力と一つになった。そして、その『観測者』が、能力の暴走を食い止める唯一の『鎖』だ」
リセルは歯を食いしばる。彼女の身体は、アークの膨大な力を捌くための「回路」として使われていた。このままでは、彼女自身の命が、暴走する能力を繋ぎ止めるための燃料となってしまう。
しかし、その極限の状況下で、背中のアークの青い傘(真なる器)が、微かに振動した。アークは昏睡状態だが、彼の生存本能が、リセルの危機に反応していた。
『――誘引。自身の魔力枯渇は、許容できない。周囲のエネルギー流を……収束(アブソープション)』
アークの能力が、彼の無意識下で発動した。漆黒の通路を満たす、能力の『源流』そのものの膨大な魔力から、まるで水を吸い上げるように、極微細なエネルギー流が奪われ始めたのだ。
急速に吸い上げられていたリセルの魔力が、一瞬だけ落ち着きを取り戻す。
「これでも、一時的な対応しかできないわ! どこへ向かえば、この源流を制御できるの!?」リセルは、アークの無意識の戦略的行動に驚きつつも、さらに声を張り上げた。
「制御か。それは簡単だ。君のいる場所は、都市の地下、魔力体の『王』の核の、真下に位置する」監視者は淡々と告げる。「君たちが、霧都(エセリア・ゲート)の地下で王を再封印した術式。アークの能力はその術式を限界まで『展開』し、王の魔力を呑み込んだ。その結果、王の核と彼の能力の源流は、今、直接繋がっている」
リセルの思考が追いつかない。
「王の核と、繋がっている……?」
「そうだ。彼の能力を真に安定させるには、その『王』の核と、君の能力を**『同期(シンクロ)』**させる必要がある」監視者の声に、微かな期待が混じる。「王の核は、数千年の時を経て安定した、巨大な魔力貯蔵庫だ。彼の暴走する力を、その貯蔵庫に誘導し、その安定した魔力の流れと同調させるのだ」
「そんな……私たちが、あの『王』を制御するための依代だというの!?」リセルは絶望的な事実に戦慄した。彼女が逃げ込んだ第零通路は、王の核とアークの力を同期させるための、罠のような最短経路だったのだ。
「罠ではない。観測された、最適な解だ。王の核にたどり着けば、君の体にかかっている『鎖』の負荷も軽減される」
リセルは、ノアの言葉を思い出した。「君の能力の全てがある」――それは、能力の暴走を引き起こすことと、制御するための『鎖』=リセルを強制的に起動させることを意味していたのだ。
「ノアは……このことを知っていて、私をここへ誘導したのね!」リセルの声に、激しい怒りが混じった。
「ドクター・ノアは真理の探求者。結果として君たちがこの道を選び、能力の解析が進むのであれば、彼にとっては些細な代償だ。さあ、時間はない。術師団の封印術式が、間もなくこの通路の外部に到達する」
青い光の文字が再び赤みを増し始めた。リセルは選択肢がないことを悟った。アークを救うためには、王の核へ向かうしかない。
「分かったわ……! その同期、どうすればいいの!」
監視者は、リセルの覚悟を待っていたかのように、静かに指示を出す。
「簡単だ。『観測者』である君が、アークの能力と王の魔力の**流れ(ストリーム)**を認識し、青い傘にそれを『誘引』すればいい。そして今、君の体は既に同期の準備を始めている」
「私の体……?」
リセルは自身の腕を見る。魔力によって浮かび上がっていた古代の文字は、ただの光ではなく、皮膚の奥深くまで浸透し、彼女の血管や神経に沿って定着しようとしていた。
「君の魔力回路を、アークの能力が書き換えている。それが観測者としての代償であり、証明だ」
「物理的に、私を彼の能力の制御装置にしている……!」
リセルは吐き気を催すほどの衝撃を受けたが、今は立ち止まるわけにはいかない。
「アーク、私に力を貸して。あなたの力を制御し、私たち自身を救うわ!」
リセルが強く決意した瞬間、彼女の背負った青い傘が、まるで意思を持つかのように、柄の先端を通路の床に触れさせた。
次の瞬間、漆黒の『第零通路』の中央に、垂直な螺旋階段のような青白い光の道が、突然出現した。光の道は、はるか地下深部へ向かい、灼熱のマグマか、あるいは巨大な魔力の塊のように、激しく脈動する中心核へと繋がっているのが見えた。
「それが王の核への道。急げ。同期は、核に近づくほど容易になる」監視者が急かす。
リセルは、アークを背負い、覚悟を決めてその螺旋状の光の道へと足を踏み出した。
しかし、その時、螺旋の道が開かれたことで、王の核とは別の場所から、巨大なエネルギーの奔流が、逆流して通路に吹き込んできた。それは、青い鎖の魔力と、機械的な熱線の残滓が混じり合った、強烈な圧力だった。
「これは……! 術師団と回収部隊が、この通路の存在を感知し、外部から干渉を始めている!?」
監視者の声が、初めて焦りの色を帯びた。
「能力の源流が、奴らを内部へ引き込もうとしている。急速に、通路が不安定化しているぞ!」
リセルは、螺旋階段を駆け下りながら、背後で起きている異変を察知した。激しい魔力流の逆流に乗って、象牙の杖を持つ術師団のリーダーの姿と、赤い機械装甲の一部が、漆黒の亀裂の中に無理やり侵入しようとしていた。
「いけない! 王の核へ向かう前に、追手に捕捉されてしまう!」
リセルの手が、アークの青い傘の骨を握りしめ、能力の飽和状態にあるアークの体が、更なる『強制展開』の兆候を見せ始めた。
『――観測。外部干渉。鎖(くさり)……断つ』
アークの意識が、外部からの魔力的な干渉(術師団の鎖)を認識し、それを遮断しようと能力を無意識に集中させていた。しかし、その力は、制御の鎖を失った今、あまりにも強大すぎた。
次の瞬間、リセルとアークの周囲の非在の空間が、物理的に歪み始めた。それは、局所的な現実改変の始まりだった。通路の壁が、ゼリーのように波打ち、追手たちの姿が一瞬で、空間の亀裂の奥深くに消え去る。
だが、その直後、リセルの目の前の空間が、まるで薄いガラスのように砕け散った。
その向こう側には、途方もない強大な魔力の塊――『霧の王』の、青白く輝く巨大な核が、初めて姿を現した。
核の周囲には、数千年前のものと思われる、巨大な魔法陣の残骸が鎖のように絡みついている。その鎖の、ほんの一角に、リセルがよく知る、ある人物の姿があった。
「ゼノス……なぜ、あなたがここにいるの!?」
ゼノス・ヴァルディスは、王の核の封印の残骸を背にし、全身から強力な雷魔力を噴出させながら、信じられないほど静かに、リセルを見下ろしていた。
「リセル。ようやく見つけたぞ。お前が、古代の術を破壊し、王を解放した異物と共謀していたとはな」
ゼノスは憎悪に満ちた目でアークを睨みつけると、その手には、すべてを焼き尽くすほどの、巨大な雷撃が収束されていた。彼の目は、正義の執行者としての冷たい怒りに燃えていた。
「王の核へ近づくことは許さない。ここで、貴様らを正義の鉄槌で叩き潰す!」
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