第4話 遺品

 ダイハードマンの配送は無事に完了した。

 ライト教会で回復魔法をかけてもらうべきだと言うヤマトに対して、ダイハードマンはそれを拒否し、部屋を取っている宿屋へ向かった。

 そうしてヤマトに手伝わせながら、添え木や包帯で応急処置をすると、次に宿屋の従業員を呼んでルームサービスで食事を始めた。


「大丈夫なんですか?」


 ヤマトは心配になって尋ねた。


「しばらく大丈夫だろう。

 犠牲も多かったが、かなり間引けた。あとは俺1人でも抑え込めるさ」


 そっちじゃない、とヤマトは心の中で突っ込んだ。

 そして口から漏れた。


「そのあなたが、ご覧の有様ですが」


 プラプラしていた片腕は、本当に皮1枚でつながっているだけの状態だった。

 他にも全身傷だらけだ。

 とても、すぐに戦線に復帰できるようには見えない。

 だがダイハードマンは余裕の笑みを浮かべた。


「食って寝れば治るさ。俺には再生能力があるからな。

 ただし治るのは割とゆっくりだ。この腕だと数日かかる」


「回復魔法を常に自分へ?」


「いや、魔法じゃない。

 お前もそうだろう? 能力者だ。教会いわく『神の恩寵を授かりし者』だな」


「なるほど……」


「お前の能力は『Lost in the echo』だったな。見た感じ、物体を超高速で吹っ飛ばす能力か? まさに『残響の中に消える』だな。轟音が聞こえたと思ったら、敵もろとも消え去っていた」


 ほぼ正解だった。

 能力の本質は、質量をゼロにすることだが、その結果として「できること」は、まさにダイハードマンの言う通りだ。

 ヤマトは曖昧に笑っておいた。否定も肯定もできない。能力は切り札だ。

 しかしダイハードマンは、ヤマトが警戒するよりも律儀な男だった。


「助けてもらって俺だけ知っているのは不公平だから教えるぜ。

 俺の能力は『In the end』だ。効果は再生能力。さっきも言った通り、少し時間がかかるのが難点だな。しかし頭をふっとばされようが全人バラバラに刻まれようが、時間さえあれば再生して元通り。名前の通り『最後には』ぜんぶ無駄になる」


 早い話が不死身。

 しかし「再生する」というだけでは――


「封印や追放みたいな事をしてくる相手が厄介そうですね」


 もし封印されれば「ぜんぶ無駄になる」のはダイハードマンのほうである。

 まあ、Sランク冒険者を封印なんて、誰ができるのかって話ではあるが。


「そうだな。再生できるってことは、つまり『死んでも終わらない』ってことだ。復活したとき身動きが取れないんじゃあ、どうしようもねぇ。

 お前の『Lost in the echo』みたいに、どっか遠くへ行けりゃいいんだがな」


 弱点を見抜かれた仕返しとばかりに、ダイハードマンはヤマトの能力の「見せていない使い方」を言い当ててきた。

 ニヤリと笑うダイハードマン。


「この能力の便利なところは、休まず筋トレし続けても、やればやった分だけ強くなれることだ。俺にはオーバーワークってものがねぇんだよ。この怪我も、再生が終わったら前より少しだけ強くなってるだろうぜ」


 がはは、とダイハードマンは豪快に笑った。

 そのあと折れた腕を痛がっていたが。


「治ったらまたダンジョンへ行くんですね。頑張ってください。陰ながら応援しています」


「手伝ってくれないのか?」


「ご冗談を。私はまだFランクですよ?」


 このあと完了報告と同時にEランクになる予定だが。

 驚きすぎて固まってしまったダイハードマンに別れを告げて、ヤマトは出ていった。

 お見舞いを終えて、完了手続きのために冒険者ギルドへ。

 そして金貨100枚ほどの報酬を受け取り、Eランクに昇格。

 ヤマトの懐は暖かくなった。

 なお、サイの魔物は死体を回収していないので、素材売却の利益は無い。当然その討伐に対する評価も無しだ。


「老後の資金として貯金しておきましょう」


 受け取った金貨を、そのまま冒険者ギルドに預ける。

 銀行口座みたいなものだ。


「ちょっとぐらい贅沢してもいいんじゃあねーか?

 たまには良いもの食わせろよ」


 クロが言う。

 クロはグルメなのだ。


「いやぁ……老後にお金が足りなくなると、稼ぐのは難しいでしょうからね。

 怖くて無駄遣いはできませんよ」


「臆病者め」


「堅実と言ってください」


 そんなわけで、贅沢もせずにアパートへ帰った。

 そして翌日、また冒険者ギルドへ出向き、配送依頼を受ける。

 受付嬢は複雑な顔をしていた。


「昨日はありがとうございました。ヤマトさんのおかげでSランク冒険者を失わずにすみました。ですが、Aランク冒険者が何人も犠牲になってしまったのは残念です。

 今回の依頼は、その犠牲者の1人、ジョンさんの遺品をご遺族に配送する内容です。まずは依頼人であるライト教会へ出向き、ジョンさんの遺品を受け取ってください。配送先はヒロカワ村です」


 そういうわけでライト教会へ。

 対応してくれた神父が、台車に乗せて大きな箱を持ってきた。


「こちらが信者ジョンの遺品です」


 そう言って渡されたのは、子供が入れそうなほど大きな箱だった。

 小学校の机ほどの大きさである。


「やけに大きいな。中身は? そもそも冒険者の遺品がなんで教会にあるんだ? 冒険者ギルドじゃなくて」


 クロが尋ねた。


「神父様が『信者ジョン』と言ったでしょう? 冒険者だからではなく、信者だから預かっていたということですよ」


 ヤマトが答えた。

 ライト教会がやっているこのサービスは、いわば死亡保険のようなものだ。

 しかしヤマトもこの大きさには疑問を持っていた。


「それにしても大きいですね。壊れ物や水没厳禁とかは大丈夫でしょうか?」


「ええ、まさにその点は注意が必要です。

 中身は人それぞれですが、信者ジョンの場合はご自分の肖像画と、もしも遺体が回収された場合に着せてもらうための死に装束、それとご遺族へ残すための現金です。

 特に絵画が含まれますので、壊れ物、それに水没も厳禁となります。どうかよろしくお願いします」


「わかりました。では、お預かりします」


 荷物を受け取って、ヒロカワ村へ。

 川沿いに下って、本流へ合流した所で、本流を遡って進み、高原地帯へ。山脈と山脈に挟まれた山間部だが、谷間ではなく平原が広がっている。

 そのため村の名前にある通り、浅くて幅が広い川が流れている。

 見かけた村人に尋ねながら、目的の家族を探した。


「こんにちは。黒猫ヤマトです。

 冒険者ジョンさんのご家族でしょうか?」


「そうですが……?」


 出迎えたのは父親だった。


「ライト教会からの依頼で――」


「やめろ!」


 荷物を差し出しながら言うと、父親は目を見開き、身を縮こまらせた。


「聞きたくない! お前何を言うつもりだ? いや、言うんじゃねえ! 聞かねーぞ俺は!」


 父親はすでに何が起きたのか悟ったようだ。

 ならばヤマトにできる事は、淡々と仕事をこなすのみ。


「――ジョンさんの遺品をお届けにまいりました」


「言うなっつってんだろ! やめろ! 俺は受け取らねえからな!」


「ダンジョンから溢れそうになった魔物を殲滅するため、他の大勢の冒険者たちとともに奮闘され、仲間たちとともに最期まで街を守って力を尽くしてくださいました」


「ううっ……!」


 死んだのが息子だけではないと理解して。

 あるいは息子の死に意味があると理解して。

 父親は泣き出した。


 ヤマトは静かに待った。

 しばらく泣くと、父親は荷物を受け取った。



 ◇



 ヤマトが立ち去り、父親は荷物を家の中へ運び込もうとした。

 しかし、やたらと重く、動かせなかった。

 父親は玄関先でしばし途方に暮れた。

 息子の遺品だ。そのまま捨て置くことはできない。

 しかし今は頑張って家の中まで運び込む気力がない。


「ジョン……親より先に逝くなんて……」


 ――信者ジョンの場合はご自分の肖像画と、もしも遺体が回収された場合に着せてもらうための死に装束、それとご遺族へ残すための現金です。

 箱に入っていたのは、神父が言っていた通りのもの。

 まず最初に肖像画だ。


「遺影のつもりか? バカ息子が……」


 次に死に装束。

 冒険者らしい服装ではなかった。普通こういうのは自分の栄光を誇るための服装にするものだが、箱に入っていた服は、村人そのものといった印象だ。

 しかし父親はそれに見覚えがあった。成人したときに買ってやった服だ。服なんて先祖代々のものを着回して、穴が開けばそのたびにボロ切れを縫い付けて使い続ける。

 だから、服を買ってやれたのは、その時だけだった。ジョンは「服を買えるようになってみせる」と家を出た。


「そうか……」


 ――買えたんだな、ジョン。

 ――よくやった。さすが俺の子だ。

 父親の胸中に、誇らしい気持ちが湧いてきた。

 しかし口から出るのは、別の言葉だ。


「着る本人が帰ってこないんじゃあ、服だけあっても仕方ないじゃないか……」


 父親は服を撫でた。

 ――お前が帰ってこなければ意味がない。

 自然と涙が溢れた。

 しばらくそうしてから、あとは何が入っているのかと箱へ視線を移すと。


「……これは」


 大量の金貨だった。

 なるほど、重いわけだ。

 それと、金貨の上に1通の――


「手紙……?」


 この度はご家族のご不幸を心よりお悔やみ申し上げます。同封した薬は、束の間ひどい悲しみを和らげてくれるものです。この薬を役立てることなく、ご家族がご自身で前を向けることを祈っておりますが、もしどうしても耐えられないときはお役立てください。


 コロン、と。

 1粒の錠剤が入っていた。


 父親は、しばし迷い――


 その薬を飲むことにした。







 それが悪魔の誘惑だとは知らずに。

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