第3話 Sランク冒険者ダイハードマン
エルダーから受領サインをもらって、冒険者ギルドへ。
完了手続きを済ませて報酬を受け取ろうとしたのだが。
「ヤマトさん! よかった、早く戻ってきてくれて。
すぐ来てください」
受付嬢は慌てた様子で、ヤマトを2階へ連れて行った。
冒険者ギルドの2階には、資料室や会議室がある。
だが、それらのドアの前は素通りして、突き当りへ。
受付嬢は乱暴にノックすると、返事を待たずにドアを開けた。
「支部長! ヤマトさんです!」
「おお、来たか!」
何かの書類に向かっていた支部長は、パッと顔を上げて跳ねるように立ち上がった。そしてドアまでヤマトを出迎えに行く。
「な、何事ですか?」
異例の対応に、ヤマトはちょっと気圧されながら尋ねた。
すると支部長はヤマトの肩をがっちり掴んだ。
「お前は配送依頼なら受けてくれるんだよな?」
「え、ええ……まあ……」
「なら、お前にギルドから指名依頼を出す。
内容はもちろん配送だ。ただし速達だぞ」
「荷物は何でしょう?」
「Sランク冒険者ダイハードマン。
ダンジョンの中にいる彼の身柄を、地上へ配送してくれ。
期限は、彼が死ぬ前に、だ」
「それは救助依頼なのでは? 対象者より上のランクの仕事でしょう? 私はFランクですよ?」
「いーや! 配送依頼だ! ちょっと荷物が人間で、期限が迫っているだけだ!」
「そんな無茶な……」
「分かってるよ。本当ならSランクを何人か集めて頼む仕事だ。しかし出払っていて誰も確保できないんだ。Sランクが活動するのは、遥か遠くの人外魔境ばかりだからな。ダンジョンから魔物があふれそうになっているという緊急事態に、ダイハードマン1人だけでも確保できたのが幸運だったんだ」
「あー……」
言われてみればその通り。
Sランクの仕事――つまり、それだけ危険な状況――が、人里近くで頻発していたら、そんな場所には住めない。
「しかしダンジョンに満ちた魔物は想定以上の強さで、ダイハードマンが率いるAランク冒険者たちは壊滅した。かろうじて生還した冒険者からの情報で、ダイハードマンが1人で残って戦い続けていると聞いたわけだ」
ゆえに「死ぬ前に」という期限がついた速達依頼だ。
「今ダイハードマンが死ねば、ダンジョンからは魔物が溢れ、この街は滅亡する。この状況でダイハードマンを助けられる可能性があるのは、ドラゴンを倒したこともあるヤマト、君だけなんだ。頼む、ヤマト。ダイハードマンを地上へ配送してくれ」
「おいおい、ちょっと待てよ」
声を上げたのはクロだった。
「確かにヤマトは、過去にドラゴンを倒したことがある。けれども、それは討伐依頼を受けての事ではなかったからっつって、ヤマトのランクは上がらなかった。それ以来、ギルドはヤマトに『討伐依頼を受けてランクを上げろ』と何度も迫っていた。
だが今回のような横紙破りができるなら、討伐依頼を受けていたことにしてランクを上げることもできたはずだ。それをせずに俺達が貧乏生活をしていても知らん顔だったくせに、自分たちが困ったら手のひらを返したように振る舞う。
それじゃあ筋が通らねーんじゃあねーか?」
「その通りだ。すまない。
今回の仕事を引き受けてくれるなら、これまでの討伐実績をすべて『討伐依頼を受けていたことにする』と約束しよう。
それらの報酬は、一律で金貨5枚。20件ぐらい討伐実績があるから、合計100枚ぐらいになるはずだ」
支部長は机の上の書類をペシペシ叩いた。
何の書類かと思えば、ヤマトの討伐記録――素材の売却記録のようだ。
「そして、これらはすでに完了しているので、自動的にランクが上がる。
記録上は、討伐依頼の完了手続きが遅れていたために、ランクアップの手続きも遅れていた、という扱いになる。
戻り次第、ヤマトはEランクだ」
「街を救ってEランクかよ? ケチすぎじゃねーか?」
「ランク制度は冒険者ギルドの信用を形作る根幹部分だ。
ゆえに、適正に運用しなくてはならない。
すまないが、これが限界だ」
「適正に運用っつーならよォ、Sランクの救助に行くんだからSランクにしろよ。
もともとSランクの仕事じゃねーか。『手続きが遅れてただけでSランクになってました』っつーなら、今回の仕事も適正な運用になるじゃあねーか。EランクにSランクを救助させたんじゃあ、具合が悪いぜ?」
「もっともな話だが、それをやるには実績が足りない。
今からでも大量に討伐してくれれば帳尻を合わせてやれるぞ? ところで、ちょうど今ダンジョンには魔物があふれているんだが、どうだ?」
「嫌ですよ。そんな怖いこと。
クロの言う通り、掌返しがひどいですし、そんな都合よく使われて差し上げる筋合いはありませんね。どうぞ困ってください」
「そうだな。さっさと『荷物』だけ回収して戻ろうぜ。このハゲを困らせてやれ」
「まあ、関係ない街の人たちが困るのは可哀想ですからね。さっさと済ませましょう。ダンジョン行くの怖いですし」
「お前、それ、絶対最後のが本音じゃん」
「クロ。人間は建前が大事なんですよ」
言い争うヤマトとクロ。
支部長が頭痛をこらえるようにして言った。
「お前ら、早く仕事してくれ」
すると1人と1匹が眉をひそめた。
「え? 受注手続きがまだですよ?」
「早く仕事しろは、てめーの方じゃねーか」
支部長は、ハッとして、シュンとなった。
「あっ、はい。すいません」
◇
そんなこんなでダンジョン。
中へ入ると同時に、クロが魔法を発動した。
「闇魔法・死の気配」
闇属性の探知魔法だ。
文字通り、死の気配を探知する。死の気配とは、具体的には「死んだもの」「死にそうなもの」「死なせようとするもの」の3つだ。
これによって、血の跡をたどるようにダイハードマンが進んだ道――倒した魔物の位置が見えてくる。
「とりあえず、まっすぐだ。3つ目の分岐路を右」
「了解。急ぎますよ。『Lost in the echo』」
ヤマトは能力を発動して、光の速さで駆け抜ける。
だがクロは幽霊化するのを嫌う。
「おっと。また置いてきぼりだ」
慌ててクロが駆け出した。
その猫特有の素早さは、人間では追いつけない。
ヤマトは断続的に能力を使い、クロが追いつくのを待つ。
そうしてクロの案内で素早く進んでいくと。
「ゴアアアア!」
大量の死体が転がった広間に、巨大なサイのような姿の魔物がいた。
巨人のいびきみたいな鳴き声をあげて突進し、板金鎧に巨大な剣を装備した冒険者へと角を突き上げる。
「うおおおおおっ!」
背丈ほどもある巨大な剣を振り回し、冒険者がサイの魔物を迎え撃つ。
だが圧倒的な体重差は、いかんともしがたく。
冒険者は蹴っ飛ばしたサッカーボールのように飛んでいった。
ちょうど、その先にヤマトがいた。
「ぐあっ! ぐ……がはっ……!」
ダメージを受けつつも冒険者が立ち上がる。
よく見ると、すでに血まみれだ。片腕が妙にプラプラしている。骨が折れているというより、まるで皮1枚でギリギリつながっている感じだ。
意識が朦朧としているのか、ヤマトには気づいていない。
「こんにちは。黒猫ヤマトです」
声を掛けると、ようやく冒険者が気づいて、ちらりと視線を動かした。
視界の端にヤマトの姿を捉え、すぐに魔物へ視線を戻すあたり、戦い慣れている。
「む? 誰か知らんが逃げろ。ここは危ないぞ。
ああ、もしポーションを持っていたら、ゆずってくれないか?」
「残念ですが、ポーションは持っておりません。
あなたがダイハードマンさんですか?」
「ああ。俺がダイハードマンだ」
「冒険者ギルドの支部長から配送依頼を受けております。
あなたを地上へ運ぶようにと」
ダイハードマンを質量ゼロにして、問答無用で地上へ。
というのが、実はできない。
なぜなら「同時に質量ゼロにできるのは1箇所だけ」という制限があるからだ。なお装備を含めて「1箇所」となる。
「俺を地上へ配送? ……つまり救助依頼か。
悪いが今は駄目だ。こいつを外へ出すわけにはいかん。
俺を救助に来るぐらいなら、あんたも強いんだろう? 手伝ってくれないか?」
「いえ、私は戦うほうはからっきしで――」
「ゴアアアア!」
サイの魔物が突進してきた。
先程の突進で、正面から迎撃するのは無理だと分かったダイハードマンは、ひらりと避けて同時に反撃する。
「え?」
ダイハードマンが間抜けな声を漏らした。
ヤマトが全く反応できていないからだ。
「ひいっ!?」
悲鳴を上げて硬直しているではないか。
そのまま突進が直撃して、魔物の角が壁に突き刺さる。
「だ、大丈夫か!?」
ダイハードマンが慌てて呼びかける。
その返事は後ろから聞こえた。
「こっわ! 無理無理無理! あ、あ、あんなのと、たたたた戦うなんて!」
ダイハードマンは混乱した。
振り返るとヤマトは無傷だった。
どう見ても直撃したのに、いつの間に後ろへ?
「ゴアアアア!」
振り向いた魔物が、再び突進の構え。
「ひいいい!」
ヤマトは横へ逃げた。
しかし魔物は、その場に残ったダイハードマンを無視して、ヤマトを追った。
「ぎゃああああ! なんでこっちにィィィ!?」
逃げ回るヤマト。
その動きは、まるきり一般人のそれだ。走るのが速いわけでもない。
すぐに魔物が追いつきそうになるが、直線の突進は得意でも曲がるのは苦手なのか、ギリギリ当たらずに逃げ回っている。
能力を使えば安全に逃げ回れるが、そうなると魔物はダイハードマンを狙うだろう。すでにダイハードマンは満身創痍で、「死ぬ前に地上へ送る」という依頼内容を達成するにはヤマトがこのまま魔物を引き付けるしかない。
「野郎……! こっちだ! お前の相手は!」
ダイハードマンが魔物に斬りかかる。
しかし片腕が使い物にならない。頑丈な外皮に守られ、巨大な剣の一撃は弾き返された。
魔物はダイハードマンの攻撃を、意に介していない。
「ゴアアアアア!」
サイの魔物がヤマトに迫る。
距離は10mほど。
ヤマトが逃げる方向にはクロがいて、しかもクロは戦う気がなく、のんびり見物していた。
「くくくクロ! たったたたた助けてください!」
「自分で何とかしろよ。俺との契約はそういう内容じゃあないんだぜ?
つーか、そのサイをこっちへ連れてくんなよ。巻き込んで戦わせるっつーのは契約違反だぜ?」
「薄情者ぉぉぉ!」
クロの前を通り過ぎて、さらに逃げる。
サイの魔物が追ってくる。クロは無視して素通りだ。
ヤマトは理不尽を感じた。ヤマトは「そこに居ただけ」で標的になったのに、クロはどうしてスルーされたのか。魔物の気まぐれにも困ったものだ。
逃げる。追う。逃げる。追う。
やがてヤマトは、部屋の角へ追い詰められた。
「ゴアアアアア!」
サイの魔物が「これで終わりだ!」とばかりに、いっそう勢い込んで突撃してきた。
逃げ場がない。
「しかし『Lost in the echo』ッ! 壁を幽霊化する!」
ヤマトが壁に触れた。
能力を発動。その射程距離5mの範囲内にある壁の一部が、質量ゼロになって幽霊化する。そして瞬時に光の速度へ加速し、幽霊化した部分だけが物体をすり抜ける。進む方向は、惑星の自転に従って東だ。
質量を感知できるヤマトは、大地の質量を感知して自転の方向を正確に把握できる。つまり狙いはバッチリだ。
そして射程距離5m。その範囲外に飛び出した壁の破片は、能力の効果を失って質量のある実体へ戻る。つまり、ほぼ光の速度で発射される砲弾だ。
ドゴォォォン!
けたたましい爆発音とともに、サイの魔物は粉砕された。
その後方にある壁を貫通して、砲弾が大穴を穿つ。
「ええええええええ!?」
ダイハードマンは、エネル顔だ。
あれだけ苦戦した相手を一撃で。
しかも破壊不能と言われるダンジョンの壁に大穴をあけて。
――どんな攻撃力だよ!?
立つ瀬がない。
Sランク冒険者とは何だったのか。
ポキっと心が折れる音が聞こえた気がした。
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