第四話 講義の開始

講義の開始 part1

 エルファンド魔導女学院。

 年頃の子女たちが集うこの学び舎では、勉学や鍛錬の合間に飛び交う噂話こそが、最大の娯楽だ。


 その日は廊下でも、教室でも、中庭でも、そして昼下がりの食堂でも――どこもかしこも同じ話題で持ちきりだった。


「ねえ聞いた? チーム・アスタロトに臨時講師がつくらしいよ」


「臨時講師? え、それってただの補習指導とかじゃなくて?」


「違う違う。魔法庁から派遣された、国家準一級魔導師なんだって」


「国家……え、準一級なんて資格あったっけ?」


「あるんだってさ。詳しくは知らないけど、要するに滅茶苦茶すごい人なんでしょ?」


 教室の窓際では、生徒たちが顔を寄せ合い、興奮を隠せない。

 だが、中には眉をひそめる者もいる。


「でも、変じゃない? アスタロトって連敗続きの落ちこぼれチームでしょ。どうしてそんな大物が?」


「しかも噂の先生って、子供みたいに小柄らしいよ。本当に講師なのかな?」


「えぇ? 何それ……生徒と間違えてない?」


 中庭のベンチに腰掛けた二人組が笑い合う。

 けれど、すぐに次の噂が重ねられる。


「すっごい魔法で訓練場を壊したって話も聞いたわ」


「デマでしょ? どうせまた、クルーエルの魔法が暴走しただけじゃないの?」


「うーん……でも国家準一級なら、あり得るかもよ?」


 どの言葉にも真実味はなく、尾ひれがつき、また飛び立っていく。

 けれど、結論はどこも同じだった。


「どの道、二週間足らずでどうにかなるはずないじゃん」


「どうせ留年よね~。ご愁傷様って感じ」


 冷めた声が交じると、噂は皮肉な笑いを伴って広がっていった。


 ――そして、

 食堂の扉が開き、澄んだ声がざわめきを切り裂いた。


「浮ついていますわね」


 一斉に振り返った視線の先には、一人の女生徒の姿があった。

 イールギット・イーサンハント。侯爵家令嬢にして、元素科トップの成績を有する才人。


 煌めく銀髪をなびかせ、数名の少女たちを従えて歩み入る。ただそれだけで、ざわめきは一気にしぼみ、場の空気が張りつめる。


「アスタロトの件でしょうね。皆、気になるのでしょう」


 取り巻きの一人がそう言って気を利かせると、もう一人がすぐに続けた。


「今更努力しても無駄なのに。見苦しいですよねー」


 その言葉に、イールギットの扇子が音を立てて閉じられた。


「無駄な努力などありませんわ」


 ぴしゃりと言い放つイールギット。


 言葉を失う少女たちに向け、彼女は冷ややかに続ける。


「そもそも、他人を気にかけている余裕などありまして? 本試験目前なのは、わたくしたちも同じですのよ」


「も、申し訳ありません……」


 萎縮する声を背に、イールギットは歩みを止めない。

 その横顔には揺らぎのない気品があった。


 ――そして、誰にも聞かれぬよう小さく微笑む。


「足掻きますのね、クルーエルさん。それでこそ、ですわ……」


 含みを持った呟きは、食堂のざわめきに紛れ、空気へと溶けていった。

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