緋色の瞳 part6
薄く閉じられていた瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
「……ん」
長い睫毛が震え、オルトリンデが薄らと目を開ける。
その瞬間、張り詰めていた糸が切れ、クルーエルは大きく息を吐いた。隣でラキシュも同じように、安堵の吐息を零している。
「言うたやろ? 死ななきゃ何とかしたるって」
頭上から能天気な声。
視線を上げると、モニカが肩を竦めて笑っていた。
「まあ、ちょーっと心臓止まってたから危なかったけど」
「えええええええっ!?」
思わず裏返った声が出た。
ラキシュが顔を蒼くし、オルトリンデはまだ半ば夢の中のように瞬きを繰り返している。
「冗談や、冗談。ホンマに死んでたらシャレになれへんやろ」
「笑えるか!」
怒鳴ると、モニカはケタケタと腹を抱えた……まったく、心臓に悪い。
しかし実際のところ、その腕は確かだった。雷撃でついた火傷はおろか、全身にあった擦過や打撲、裂傷まで跡形もなく消えている。
魔法だけではない、救護術師としての技量を兼ね備えているのだろう。
やがてオルトリンデが上体を起こし、しばし虚空を見つめた後、ぽつりと呟いた。
「……負けたのね」
その声には、いっそ清々しさすら滲んでいた。
「勝てると思ったんだけどね……やっぱ、正魔導師ってのは甘くないわ」
肩を竦めるオルトリンデを前に、クルーエルは胸中で複雑に思う。
どうだろう。観客席から見ていた限りでは、彼女の力は充分、正魔導師に届いていたはずだ。
だが、相手が悪すぎた。
混沌断片を持ち、少なくとも四系統を自在に操る魔導師など、ただの正魔導師に括れるはずもないのだから。
「そういえば、アイツは?」
オルトリンデが辺りを見回す。
その問いに応じるより先、鋭い叱声が場に響いた。
「ネイト先生! いくらなんでもやりすぎです!」
離れた位置からグラディスの怒鳴り声。
続いて苛烈な言葉が矢継ぎ早に飛ぶ。
「あそこまでやらずとも決着はついていたでしょう! あなたは生徒を殺すおつもりか!?」
「いえ……ただ、彼女の心意気に応えたというか……」
「施設まで破壊しておいて、そんな子供じみた言い訳が通りますか!」
クルーエルは思わず顔を上げた。視線の先――訓練場の天蓋には、ぽっかりと大穴が開いている。
雷神の槌が穿った、恐るべき爪痕。
「修繕費は魔法庁に請求しておきますね」
涼しい声音。エルヴィラがさらりと言う。
「そういう問題じゃないでしょう! どうするんですか学院長!? 外の生徒たちにも確実に『何かあった』と気付かれますよ!」
「どの道、チーム・アスタロトに臨時講師を付けることは隠し通せるものでもありません。むしろ存分に注目してもらいましょう。その上で見事、本試験を通過すれば、彼女たちを見る目も変わる」
で? と学院長が視線を投げる。
「あなたの目から見て、どうでした? ネイト先生は」
「……実力は充分。魔法に関する造詣も深い。人格面では不安が残る」
率直に答え、グラディスはネイトを見やる。
その目には、苛立ちと同時に、僅かな敬意が宿っているように見えた。
「ただ……私は、オルトリンデの“本気”を引き出せていなかった。それは認めましょう。実力の上でも、気持ちの上でも」
そう言って小さく息を吐き、ネイトへと一礼した。
「彼女たちを……頼みます」
「はい。短い間ですが」
やりとりを遠くから眺めながら、クルーエルは小声で呟いた。
「……何か、話がまとまったみたいね」
その傍らで、オルトリンデがぽつりと口を開く。
「っていうか、アンタたちはいいの? アイツが教官で」
驚くほど殊勝な声音だった。
「アタシが騒いだだけで、そういえばアンタらの意見は聞いてなかったなって」
彼女の問いかけに、先に答えたのはラキシュだ。
小さな声で、それでもはっきりと告げる。
「わ、私は……受けてみたい。先生の指導……何か、変われるかもって……」
珍しい。普段は他人の後ろに隠れてしまう彼女が、自分の意思を表明するなんて。
「私は、元々いいかなって思ってたし……正直言うと、ちょっと怖いけど、あの子」
クルーエルも口を開く。
けれど、それ以上に――心の奥底で、何かを期待している。
「そうなん? アタシは、結構おもろい子やんって思ったけど」
モニカが口を挟む。
「は?」
「だって最後のアレって、思わずテンション上がって格好いい魔法を使いたくなった感じやろ? ガキんちょ丸出しやん」
「それで殺されかけたんじゃ、たまんないんだけど……」
オルトリンデが呆れ顔を浮かべる。
モニカの解釈は、少し独特すぎるような気もする。
けれど、
(あの子に教えてもらうのは、ちょっと楽しみかも……)
自分の胸の内に芽生えているのは、確かな期待だ。
厳しい鍛錬になるのか、それともただの苦難か――今はまだ分からない。
けれど少なくとも、このままでは終わらない。きっと、自分たちは変われる。
見上げれば、割れた天蓋から光が降り注いでいた。
その光が、未来への道を祝福するかのように、彼女たちを照らしていた。
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