第5話 『修羅場、再び』

「え、それはこっちのセリフです。あなたこそ誰ですか?」


エリーが真っすぐな目で言った。


「…………あれ、部屋間違った?ここ私の家だよね?」


予想外の返事を食らったのか、ゆかりがこちらに聞いてくる。

取り敢えず頷ずく。


「だよね……ちょっと拓也が説明して」


「あー、さっき話したエリーって言って伝わるかな」


「エリー?さっきのってあの異世界の?」


「そうそう。なんか追いかけてきた」


来ました!と得意げに胸を張るエリー。

何がとは言わないがはちきれそうだ。


「いや、いやいやいや。え、夢だと思うって言ったけどさ、コスプレイヤーさん呼んでまで証明しようとするのは駄目よ」


「これ、コスプレじゃないから!俺もびっくりしてるんだけど本当にさっきそこから出てきたんだよ」


そう言ってさっき避けた空間を指さす。


「何もないじゃない」


「うん、まあ空間魔法だし?」


俺の返答にゆかりは大きくため息をついた。

眉間にしわを寄せ、指でぐりぐりしている。


「えーっとタクヤさん。今ってどういう状況?」


耳元に口を寄せ、エリーが聞いてくる。


「俺の同居人がエリーが異世界から来たって信じてない状況」


名前は七瀬ゆかりね、と補足する。

エリーはその名前を聞いて、ハッとした表情を見せた。そういえば、異世界で名前出して話したことあったな、元カノだって。


「あー、じゃパパっと信じてもらいますね!」


そう言うと、エリーは何もない空間に手をかざし、ロッドを取り出した。


「え」


ゆかりの目が点になる。


「うーん、信じてもらうだけでいいですし……取り敢えずほいっ!」


エリーはロッドをリビングにある観葉植物に向けた。

すると一瞬、植物が消え、ゆかりの隣に再度現れた。


「取り敢えず引き寄せの魔法使ってみました!どうですか?これで信じてもらえます?」


満足そうに笑うエリー。そんな姿に俺とゆかりは呆然と立ち尽くすのみだった。


***


「なんか、あれ見せられたら信じるしかないんだけど」


買ってきたコーヒーを飲みながら、釈然としない様子でゆかりは言った。

あれから、色々補足説明して、お互いの一応の理解は得た。

ただ、ゆかりは、突然の異世界に納得いってないようだ。


対して、エリーはというと。


「これがぺっとぼとるですか!噂には聞いていたけど不思議なものですね~」


エリーは10年間、俺から多々聞いていたからか、興味津々といった様子だ。


「……取り敢えずこの子はほっとくとして、これからどうするの?異世界から来た人間なんて取り扱い分からないわよ」


「うーん、でも元の世界に送り返すわけにはいかないしな」


さっき、エリーからこの魔法は片道通行だということは聞いている。どうするにもこの世界で対処するしかないのだ。


「えーっと、ゆかりさんでしたっけ。心配しなくていいですよ!私、タクヤさんに嫁ぎに来たので!」


「あ、ちょエリー?」


今その話題は駄目なんだって!


「どういうことか説明して」


ゆかりの言葉に部屋の空気が一気に凍りつく。


マイナス100度の太陽、そんな歌詞が頭をちらつくような姿、この緊張感は、魔王城に足を踏み入れた時以来、2年ぶり2回目だ。


「どういうことも何もただ私がついて来ただけですよ?ね~タクヤさん」


対して、エリーはのほほんとした表情で佇んでいる。

あ、こいつ腕絡めてきやがった。


「エリーさん?今くっついてきたら火に油を――」


「何目の前で浮気してんのよ!バカじゃないの?」


俺に抱き着いてきたエリーを引きはがし、ゆかりは叫んだ。

ほら!言わんこっちゃない、ゆかりのボルテージ上がってんじゃん!


「浮気?あれれ、おっかしいな~。私、タクヤさんから彼女とは別れたって聞いたんですけど。違うですか?」


エリーもやめて?それ煽ってるようにしか聞こえない!


「そ、それは……」


ゆかりの語気が弱まった。

やばい。エリーが不吉な笑みを浮かべてる。


「あ、もしかしてゆかりさん未練があるんですか?も~駄目ですよ。一回自分で振ったんですから諦めないと」


「………くっ」


一瞬、ゆかりと目が合った。

どこか重たく悲しい色に言葉が詰まる。


「重たい女だって思われちゃうよ?元カノさん」


『重たい、元カノ』その単語にゆかりの方がピクリと震えた。

刹那、目に生気が戻った。


「それを言ったらアンタもそうでしょう?!他の世界からわざわざ追いかけて来て!しかも拓也に何回も振られてるってもう知ってるからね!」


「なっ!それ誰から?!」


「拓也」


「タクヤさん?!」


エリーがひるんだのを見て、ゆかりが一歩前に出る。

ここに、胸が寂しいから迫力がないなんてツッコミは必要ない。


「残念でしたー。拓也はね、一回私を選んでるの。あなたはまだ選ばれてもない。スタート地点にも立ててないなんて哀れね!」


「あわ、あわ、哀れって!今時哀れなんて使いませんよ!」


「この世界に来たばっかりでなんで今時がわかんのよ」


「私の世界の話です!」


論点すり替わってるよってツッコミたいが口を噤む。

ここで口をはさんでも絶対相手にしてもらえないのは分かっているのでね。

俺に出来るのは、静観、それだけだ。


「そもそも!私が拓也のお母さんから一緒に住んでってお願いされたの!だからこうやって大学の近くに同棲できる部屋を借りてるんじゃない」


「残念でしたー。私は前の世界でタクヤさんとずっと一緒にいるって約束してるんです~」


「は?拓也、どういうことか説明して」


ゆかりの敵意が俺に向けられた。

俺、静観も出来ないのかよ。


「いや、それは戦争中で状況が違うというか。そうしないと聖女にならないって言うからしょうがなくというか」


「え、あの約束しょうがなくだったの……?」


俺の言葉に今度はエリーの目が曇った。

いや、曇るという表現じゃ足りない、完全に光が無くなっている。


「いやそれは言葉の綾というか!」


「残念だったわね!やっぱりスタートラインにも立ててなかったじゃない!」


対照的にゆかりは目をキラキラ光らせ煽っている。

容赦ないじゃん……俺の元カノ、魔王よりヤバいかも。


「…………」


エリーは、ゆかりの煽りを聞いていないのか目を合わせようとしない。


「なによ、もう反論できなくなった?それならとっとと自分の世界に帰りなさい」


「……………」


意識ここにあらずといった様子のエリーに一瞬、あの時の記憶がよみがえる。

冷や汗が背中を伝った。


「エリー?どうした?」


「………おかしい」


「「え?」」


先ほどまでとは違う、冷たく透き通った声。

ただその声色には確実に狂気が紛れていた。


「おかしいおかしいおかしいおかしい。私はタクヤさんに選ばれてずっと一緒にいるはずなのに、こんな状況有っちゃダメ、ダメダメダメ……そうだ全部燃やしてしまえばいいんだ。燃やそう燃やしてしまえ」


やばい!目のハイライトが完全になくなってる!

こいつ、この世界であの魔法使う気だ。


「エリー、それは駄目だ!落ち着いてくれ!」


エリーの腕を引っ張りこちらに抱き寄せ、耳元で呼びかける。あ、目が合った。これならまだ間に合うそうだ!


「ちょ、なに抱き着いてんのよ!離れなさいよ!」


あーもうゆかり!今それどころじゃないんだよ!

ゆかりが来たことで、俺の腕が少し緩まった。その瞬間、部屋全体を異様な熱気が包み込む。


「暑?!え、なにこれ」


「魔法だよ!エリーが魔法を――」


ポツン、何かが頭の上に落ちた気がした。

それは徐々に勢いを増し、大粒の雨のように降り注ぐ。


「え……?私なにを、?」


エリーもその雨に意識を取り戻す。

俺は頭上を見上げた。


「スプリンクラーかぁ」

ナイスだ、文明の利器!


***


スプリンクラーは、数分ほどで止まり部屋には、ずぶ濡れの俺とエリー、そして呆然立ち尽くすゆかりが残された。


「ごめん、心配かけて。でも何とか大丈夫みたい」


震えるエリーを抱きしめながら、俺はゆかりに声をかけた。

その姿を見て、ゆかりはそっと視線を外した。


「ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」


「え、ちょ!」


追いかけようと手を伸ばす。

が、その手はエリーに掴まれ、ゆかりに届くことはなかった。


「タクヤさん、寒い」

「…………」


ガチャンとドアが閉まる音がした。

どっちだ、俺はどっちを優先すべきだ。

一難去ってまた一難、究極の二択が目の前に現れた。


【あとがき】

読んで頂きありがとうございます。

次話は、『七瀬ゆかりの独白』になります!


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