49.必要な人

「雛戸、一緒に来るといい。

俺たちにはお前が必要だ。」


そして話題を逸らすように、

凛太郎は雛戸に手を差し伸べた。

日々和が何を言っても無視を貫き、

一刻でも早くこの空気を変えたい。


「…よろしいのですか?」


「あぁ。」


「えっと…それでは、よろしくお願い致します。」


半ば強引に話を進めて、

雛戸が仲間に加わることになった。

パーティーが三人になれば、

凛太郎と日々和が同じ部屋で

同じベッドで寝ることもなくなるだろうし、

お互いにとってもいいことだ。

いいことだ。いいことなのだ。


「今日はお互いに疲れただろう。

泊まる許可は先生に取ってあるから、

今夜は二人でここで寝るといい。

俺は宿に戻って一人で寝る。」


「え、木瀬、待って───。」


日々和の手が凛太郎を掴むより先に、

凛太郎は塾を後にした。

もしあのまま掴まれていれば、

なし崩し的にまたベッドで共に

寝ることになっていたかもしれない。

雛戸もいる手前、そんな状況には

もうならない方がいい。


「……木瀬のバカ。」


残してきた雛戸には申し訳ないが、

今日の子守りは彼女に任せよう。

メイドというからには、

幼子をあやすのはお手の物のはずだ。

日々和の最後のセリフを

夜道を全力で走ることで誤魔化しながら、

宿屋で冷たい水を頭から被って

ベッドで見た今朝の光景を思い出す。

悶々とするのは嫌なので、

久しぶりの一人の夜に

凛太郎は自分を慰めることに勤しんだ。


―――――――――――――――――――――――


翌朝、すっきりとした目覚め。

全てが希望と明るい未来に満ち溢れ、

自分は何にでもなれるんだと

大いなる野望を抱く。

久しぶりに息子との対話を果たし、

見事に息子は応えてくれた。

匂いが部屋に残らないように

凛太郎の遺伝子が包まれている紙は

一旦無限収納へ入れておいたが、

朝にはそれをトイレへ流した。

窓を開けて新鮮な空気と

温かな日差しを部屋へ招き入れて、

道行く人々を眺める。


「行くか。」


部屋の鍵を受付へ返して

食堂で3人分の朝食を買ってから、

凛太郎は塾へと歩いていく。

昨日は慌てていたので

途中の街並みをよく見ていなかったが、

やはりこうして歩いていると

この街の平和が成り立っている裏で

貴族が奴隷を売買していたなんて思えない。

それだけ棲み分けができているのか、

ラルイーゼの隠蔽力がすごいのか。

こうして本当の平和を見ていると

凛太郎の努力も報われるようだった。


「木瀬様、おはようございます。」


塾の近くへやってくると、

雛戸が出迎えてくれた。

宿からここまでがそれなりに遠いこともあって

朝というには少しばかり遅れたが、

朝日に照らされながら

メイド姿で迎えられるというのは、

ある種男の理想と言えるかもしれない。


「あぁ、おはよう。体は平気か?」


「はい。元よりケガはしておりませんでしたし、

回復魔法も使っていただいたので

朝まで熟睡しておりました。」


エーゼコルドの気絶を付与する効果は

体への負担が最も小さいと言える程だ。

体に傷をつけることなく気絶させ、

しかも身に付けていたチョーカーを破壊した。

雛戸が凛太郎からの攻撃を守るために

首を氷の膜で覆って凍傷を起こしていたが、

それも回復魔法でしっかり治った。

ラルイーゼの支配下になってから

まともに寝ることも叶わなかっただろうし、

昨夜はよく眠れたはずだ。


「日々和はまだ寝ているのか?」


「日々和様なら中で子どもたちに

勉強を教えている最中でございます。

ですが、昨日の件について説明をして欲しいと

親御様方が詰めかけてきており、

そのために今は木瀬様を

お待ちしている状況でございます。」


自分の子どもたちが拉致されて

奴隷として売られそうになったが、

そこから全員を助け出した人間がいる。

なんて話を聞かされたら、

誰だってすぐには理解できないだろう。

子どもが危ない目に遭ったというだけでも

親の心は大きく動揺するものだ。

一体この街で何があったのか、

その全てを聞く権利が彼らにはある。

そして、凛太郎にはそれに応える義務がある。


「そうか。ならすぐに行こう。」


身なりを整えるのも程々にして、

凛太郎は扉を開けて中へ入った。

子どもたちはお利口にイスに座り、

前で授業をしている日々和の話を聞く。

こうしているとまるで本当の先生のようだ。

そして、子どもたちの後ろで

日々和を見ていた親たちは、

入ってきた二人に目を向ける。


「ねぇちょっと、いつになったら

子どもたちを助けたっていう勇者は来るの?」


昨夜はあまり眠れていないのだろうか、

親たちの顔には疲れが浮かんでいる。

無理もないことだ。

帰ってくるはずの子どもが

いつになっても帰って来ず、

唯一帰ってきたクーハが言うには

みんな連れて行かれてしまい、

だけど助けに行ってくれた人がいると。

顔も知らないそいつを信用するには

何もかも情報が足らないが、

彼らは信じて待つ他なかったのだ。

そして、夜の遅い時間になってようやく

帰ってきた子どもたちは口を揃えて

一人のお兄さんが助けてくれたと言った。

まるでその姿は勇者のようであったと。


「待たせてすまなかった。

その勇者は俺のことだ。」


自分で自分のことを勇者だなんて言うのは

少々気恥しい思いだが、

こう言うのが最も合理的だと思った。

だが、親たちの視線は凛太郎ではなく

後ろにいる雛戸へと向いていた。


「ちょっとあんた、聞いてるの?」


入ってきた順番を間違えただろうか。

いや、凛太郎は雛戸の前にいる。

つまり、雛戸に話しかけている彼らには

凛太郎の姿が確実に映っているはずなのだ。

なのに彼らには凛太郎が見えていない。

久しぶりに味わうこの感覚。

視界に入っているのに

意図せず無視される感覚。

しばらくの間派手に暴れたせいもあって、

凛太郎は自分のユニークスキルを忘れていた。

彼らは凛太郎を認知できていないのだ。

しかし、この場所には凛太郎を

きちんと認識できる人間もいる。

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